68.急なファンタジー要素を入れるんじゃないわよ!
バリバリと音を立てながら、地面が捲れ上がっていく。
草花や木が激しく揺れ始めた。
どこからともなく感じる威圧感と圧力に息を呑んだ。
カクカクと動きながら立ち上がったマロリーの、あまりにも不自然な動き方に思わず口元を押さえた。
美しい唇が大きく弧を描く。
すると、何処からともなく男の笑い声が響き渡った。
『ハハッ…………やっと堕ちたか』
自分の頭をトントンと指で小突いたマロリーが口を開いた。
くつくつと喉を鳴らして笑っているのは、聞き覚えのある男の声だった。
(マロリーじゃない……!?)
目の前にいるマロリーの雰囲気がガラリと変わった。
明らかに今まで話していた『マロリー』ではない事だけは確かだ。
『はぁ…………トリニティ・フローレス、またお前か』
「え……?」
『しかし今度はダリルのようには、いかなかったみたいだなぁ?』
「……貴方はまさかっ!?」
『異物の癖に邪魔ばかりしやがって……まぁいいだろう。体は手に入ったからな』
「……マーベル」
『ふん、やはり覚えていたか……だが仕方ない。役に立たなそうだったが天使擬きが側にいたからな』
天使擬きは明らかにケリーの事を指しているのだろう。
そして、マロリーの言葉を聞いて頭の中に浮かんだ一つの答え。
それは『悪魔マーベル』の存在だった。
デュランと予想していた通り、マーベルは姿形を変えてマロリーの近くに忍びこんでいたのだろう。
「……何をしたの!?」
『はっ……見て分からないのか? 中から壊したんだ。時間は掛かったが、まぁ……いいだろう』
ぐっと手を握り感覚を確かめているマーベルは機嫌が良さそうに話し始めた。
『こいつは本当に最高だった! 常に嫉妬の炎を燃やし、愛情に飢えて、孤独に怯えていた……劣等感を刺激してやれば簡単に手の中に落ちたよ』
「……!」
『ダリルの時よりもずっとずっと楽だったなぁ? 全て俺の思い通りになった……弱い人間ほど、いい餌になる。ハハッ、馬鹿な女だ』
マロリーは薄ら笑いを浮かべて、こちらを見ている。
ダリルの側から離れたマーベルは、いつの間にかマロリーにターゲットを変えて、じわじわと破滅に追い込んでいたのだろう。
「マロリーを追い詰めてどうするつもり!?」
『我々の目的はただ一つ……デュラン様を魔王様が欲しがっているのだ』
「ーーー魔王!?」
「……!」
マーベルはそう言った後、嬉しそうにデュランを見つめた後に綺麗に腰を折った。
デュランは目を見開いて、マーベルを見ている。
瞳が微かに揺らいで動揺しているように思えた。
何かよくない予感を感じて無意識にデュランを庇うように手を広げた。
『その前には、憎き女神を消さなくちゃならなかったんだが……』
「トリニティ……?」
「……デュランは下がっていて」
『しかし、お前のせいで俺様の計画はめちゃめちゃだ』
「貴方が何をしても無駄よ。思い通りにはさせないわ」
そう言うと、マーベルは妖しく喉を鳴らした後に此方に向かって手を伸ばす。
『……まずはお前だ。トリニティ・フローレス』
「!?」
『この世界から消えるがいいッ!』
マロリーの手には黒々とした光がどんどんと溜まっていくと、凄い勢いで此方を目掛けて飛んでくる。
(急なファンタジー要素を入れるんじゃないわよ!)
そんな心の突っ込みはバチバチと音を立てて飛んでくる黒い光に消されていく。
悪魔の攻撃に抗う術を持っていない。
(こんな事ならもっと悪魔について勉強しとくんだったッ)
衝撃に備えてギュッと目を瞑った時だった。
「ーーーさせませんッ!!!」
そんな声が聞こえたのと同時に、衝撃や痛みが来ないことを不思議に思い、薄っすらと目を開ける。
「……ッ、ローラ!?」
まさかのまさか、ローラが前に出て手を伸ばして防御壁のようなものを張ってマーベルから放たれる黒い雷を防いでいる。
『ーーっ!? まさか、お前は……!』
「悪魔めっ……! やっぱり学園に潜んでいたのね! 絶対に許さないんだからッ」
「ローラ!」
「トリニティ様は私が守る!」
ローラは「後ろに下がって下さい」と言うと、軽々と黒い雷を避けて、反撃とばかりに眩い光の玉をマーベルへと飛ばす。
目の前で激しい戦闘が繰り広げられていた。
白と黒い光が激しくぶつかり合う様を見ている事しかできない事を歯痒く思った。




