61.教室内に冷たい風が吹き荒れる
逆にダリルに鋭く睨まれたマロリーはピクリと肩を揺らす。
助けを求めるような視線が向けられたケールとサイモンがバッと、音が聞こえるほどに首を回してマロリーを視界に入れないようにしている。
関わりたくないという態度がありありと見てとれる。
トリニティ達の学年が上がってから、ひと月後に入学式が行われている。
一ヶ月前は、いつも通りにトリニティに敵意を向けていたのだが、日が経つにつれて顔が青ざめていったケールとサイモン。
一週間ほど前からマロリーの側にいるところも、話をするところも全く見かけなくなってしまった。
今では、あらゆる言い訳を駆使してマロリーから逃げ回っているようだった。
マロリーが令嬢達を連れてAクラスにやってきても、用事があるからと席を立ち、何処かへと消えてしまう。
熱々の恋は、知らない間に冷めてしまったようだ。
盲信的に慕っていたマロリーとクラスが離れた事がきっかけで、ケールとサイモンは一転して常識的な態度に戻っていった。
そしてトリニティに対しては、罪悪感があるのか遠慮気味である。
しかし同じクラスだと自然と関わる機会も多くなる。
用事がある時にしか話しかけることはないが、ケールとサイモンはいつも申し訳無さそうにしている。
デュランのチクリとした嫌味が飛ぶと、更に体を小さくさせるのだ。
そしてダリルが『トリニティ』を溺愛する姿を目の当たりにしたことで、自分達のミスに気付いたのだろう。
姫を守る為に荒ぶっていた騎士たちは、今ではすっかりと大人しいものである。
ダリルはケールとサイモンと言葉を交わすこともなく存在を無視しており、声を掛ける事もない。
一応『側近候補』という名目ではあるが、ケールとサイモンにとっては、良い状況ではないようだ。
首の皮一枚で繋がっており、一歩間違えれば候補から外されるとあって慎重に動かなければならない。
そんな二人を見ているとスカッとする気持ちもありつつ、少し可哀想な気分になる。
まだ悪魔のせいかどうかは分からないが、ずっと苛々させられていたので、暫くは放っておいてもいいだろう。
マロリーはハッとしてからすぐに、柔らかい笑顔を浮かべた。
「はじめまして!私はマロリー・ニリーナです」
「…………」
「あの……っダリル殿下ですよね?」
「…………」
「良かったら、私とお話しませんか? 分からないことがあったら何でも聞いてくださいっ! 私がいますから!」
「…………」
「それから私、お弁当作りすぎちゃって! 少し失敗しちゃって味に自信はないんですけど……!」
何も反応を示さずに冷ややかな視線を送り続けるダリル。
教室内に冷たい風が吹き荒れる。
どうやらマロリーは貴族の令嬢らしからぬ行動をとる事で、そんなギャップから令息達を落としてきたらしい。
確かにヒロインもクッキーを作って渡したりしていた。
それは元平民であるからして、わざわざお抱えのシェフがいるニリーナ家で、マロリーの手作り弁当がダリルとコンラッドにとって需要があるのかは微妙なところである。
そしていつ見ても、マロリーは綺麗でさっぱりした格好の方が似合うような気がするのだが、今日も気合十分にフリフリしている。
(……心が痛いわ)
それでもマロリーの猛攻は続いていた。
「ケールとサイモンにも私のお弁当はとても評判がよかったんですよ! そうよね、二人とも」
「「…………」」
ゴリ押しの手作り弁当。
マロリーの言葉に僅かに首をカクカクと動かすケールとサイモン。
ついには耐えきれなくなったのか、教室を出て行ってしまった。
コンラッドとダリルは厳しい表情を浮かべつつ、何故無視しているのに話しかけてくるのかと、若干困惑しているようにも見えた。




