51.それなのに、今まで何してたの?
「はぁ……良い子でいるのも疲れるわ」
マロリーは栗色の毛を指でクルクルと巻いて遊んでいる。
「転生者同士なんだし、気楽に行きましょう? ヒロインが出てこないとゲームも進まないし、こんな生活をあと二年も続けなきゃいけないなんて憂鬱よねぇ」
「…………」
先程は天使のように振る舞っていたマロリーは気怠そうに溜息を吐いている。
突然、変わった雰囲気に口をあんぐりと開けた。
「それにしてもさっき一緒にいた人って誰? 凄く素敵だったわ! トリニティ様の彼氏?」
「違うけど」
「やったぁ! なら私が狙っちゃおうかなぁ」
「…………」
ちゃんとデュランの中身を見てから決めた方が良いのでは?と言おうとして口を閉じた。
あのデュランを恋愛的に落とせる人間がいるのなら、是非この目で見てみたいものである。
それこそヒロインクラスではないと無理なのではないのだろうか。
両頬を手のひらで挟んで、くねっと腰を動かしてから、うるうると目を輝かせているマロリーを見て目を細めた。
同じ仕草でもケリーの方が絶対可愛いと思うのは、自分がケリーを大好きだからだろうか。
(女の子らしい仕草。眩しい限りだわ……わたくしは絶対に出来ないけど)
マロリーはゲームではストレートだった髪を、ふわっと緩まきにしている。
柔らかいメイクもしているせいか、雰囲気は随分と違うような気がした。
「ところで、トリニティ様は誰を狙ってるの?」
「狙う……?」
「だから、トリニティ様はコンラッドとダリル様担当よね? もう攻略した?」
「……」
「えー嘘でしょう? 悪役令嬢に転生したら、ヒロインよりも先に攻略対象者を落とすのって当たり前の話だと思ってた!」
「ああ…………そうかもね」
「でも私たちって本当にラッキーよね! だってヒロインよりも先に攻略対象者達を攻略しちゃえば断罪されないでしょう?」
「……」
「…………それなのに、今まで何してたの?」
マロリーの言葉が胸にグサグサと棘の様に突き刺さる。
王太子であるダリルを攻略すれば王妃になってしまう。
コンラッドを落とすのは問題外だ。
ある意味、シスコンなので落ちているといえるのかもしれないが、自分とマロリーの目的は全く違うといえるだろう。
それに何をしてたのかと問われれば、ダリルと婚約しないように最短ルートを突き進んでいた……つもりだった。
他の金持ちの婚約者を見つける為に奔走していたら、知らないところで道は逸れていた。
そしてキャラは崩壊して、天使と悪魔と女神まで現れて……今に至る。
「攻略しようとしたけど……」
「したけど?」
「…………失敗したわ」
「アハハ、うける! 初心者かよ」
乙女ゲームは初心者ではないが、現実世界での恋愛経験は確かに乏しいと言えるだろう。
マロリーは馬鹿にするように腹を抱えて笑っている。
「トリニティの見た目が原作と全然違って地味だし、ダリルに婚約者が居ないって聞いてビックリしたの! で、もしかしたらトリニティは転生者じゃないかもって思って速攻確認しに来たんだぁ」
「へぇ……」
「トリニティって確かに可愛いけど、なんか馬鹿だったもんね」
「…………」
「それに今も頭回らなすぎじゃない? あ、今の冗談だから間に受けないでね、アハハ」
正直に言おう。
マロリーのノリがよく分からない。
それにトリニティは十分頭を回していたが、それ以上に敵が上手だっただけである。
話す間も無く次々と喋るマロリーに知的な要素は今のところ一切見当たらない。
「誰も攻略してないとか嘘でしょう? パッと見た限り、前に居た取り巻きも全くいないじゃん。本当、今まで何してたの?」




