47.結構有名な話
そんな話をしている時だった。
「トリニティ様……! 兄上ッ!」
現れたのはダリルだった。
慌てた様子でフローレス邸にやってきたダリルは、どうやらデュランとリュートがフローレス侯爵邸に向かったことを知って居ても立っても居られなかったようだ。
しかし、いつもとは違うリュートとデュランの様子。
ケリーに抱きついているトリニティの姿を見て、ダリルは直ぐに違和感に気付いたのだろう。
「…………何か、あったのですか?」
デュランと話し合った結果、ダリルに再びマーベルが近づいた時に身を守れるようにと、今まであった事を説明することとなった。
流石に自分が『マーベル』という悪魔に取り憑かれたことは、記憶がないために信じられないといった様子だったが、デュランの側に女神メーティスがいることと、リュートとケリーが天使である事はアッサリと信じたようだ。
理由を聞けば、この世界では結構有名な話なのだそうだ。
歴代の国王や偉人は大抵、天使の加護を受けていると言われている。
実際に悪魔祓いを生業としている貴族も居るそうだ。
そんな話を聞きながらも、ケリーの手を離さなかった。
「まさか、そんな事があったなんて……」
「……はい」
「リュート、僕にあった事を詳しく教えてください」
「おい、ダリル……! 危ないことは」
「大丈夫ですよ、兄上。それに僕は知りたいんです」
真剣な顔をしたダリルは「今日は失礼します。また……」と言って、手の甲に口付けて去って行った。
(本当に子供……? 大人っぽいわ)
暫く驚きで固まったまま動けずにいると、ケリーは隣で「きゃー! 素敵」と言いながらぴょんぴょんとその場で飛び跳ねながら喜んでいる。
リュートはいつまでもいつまでもケリーを見て名残惜しそうに見ているところをデュランに引き摺られながら去って行く。
ケリーも何か思うことがあったのだろう。
部屋に戻ってからも、ボーっとして何かを考えているようだった。
「ケリーが天使だなんて本当に驚いたわね」
「でも記憶が無いんです。それにケリーは、ずっとお嬢様のお側に居たいと思っています」
「…………ありがとう、ケリー」
ケリーの気持ちと言葉はとても嬉しいが、それはケリーの幸せに繋がるのだろうか。
ケリーの悲しげな顔を見ていると『リュートと共に天界に帰った方がケリーは幸せになれるんじゃないか』とは言えなかった。
自分が幸せになりたいのと同時に、ケリーにも幸せになって欲しいからだ。
それにリュートの話によれば、ケリーの天使としての力は、とても弱くなっているそうだ。
先程のリュートとデュランのように、瞳の色が変わったり、淡く輝いていたりすることが力を使っている状態なのだというが、一応ケリーも頑張って力を込めてみたものの、天使としての力は発現しなかった。
「……私は、本当に天使なのでしょうか?」
「きっとリュートが側にいれば、思い出せるわよ」
「はい……」
「でも凄いわね。何年も何年も、ずっとケリーを探していたなんて」
「そう、ですね」
「大丈夫よ、ケリー」
「お嬢様……」
その次の日からダリルとリュートは、フローレス侯爵邸に訪れるようになった。
「もっと僕の事を知って下さい」と言ったダリルは、積極的にアピールを開始した。
トリニティも約束通りダリルを避ける事なく接しているが……。
(うっ……! とってもピュアで可愛いじゃない! ダリル、何て良い子なのッ)
此方の汚れが浮き彫りになるくらいの純粋さに思わず腰がひけてしまう。
ニタリと黒い笑みを浮かべるダリルが作戦を変えてきた事に気付かないまま、キュンとする胸を押さえていた。
そしてリュート……もといケリーの恋人であるイデアリュートもケリーナルディの記憶を取り戻す為にケリーに思い出話をしていた。
リュートはケリーのペースに合わせるように歩み寄っている。
笑い合う二人を見ていると嬉しくなった。
何故ならば大富豪に嫁ぐよりもリュートといた方がケリーを大切にしてくれると分かっているからかもしれない。
そんなリュートの優しさが心地よいのか、ケリーは少しずつ警戒心を解いて、徐々に心を許しているように思えた。
デュランも暇さえあればフローレス邸で寛いでいた。
コンラッドとダリルを相手にカードゲームやチェスをしつつ、色々とよからぬ知恵を授けているようだ。
デュランはコンラッドを自分の弟であるダリルと同じように可愛がるようになっていった。
最近、デュランにコンラッドを取られているせいで、寂しさにハンカチをびしょびしょに濡らしている……ところに、上手く入り込んでくるダリルのあざとい可愛さ。
ダメだと分かっていても手を取ってしまう。
(ーーーだって可愛いんだもんッ!)
どうやら女神メーティスはダリルもコンラッドも気に入っているらしく、コンラッドの元に行きたいと煩いのだという。
フローレス邸は以前よりずっと賑わっていた。




