31.ダリルside
「いえ、僕の方こそすみません。トリニティ様の言う通りです……自分だけ勝手に盛り上がってしまって」
「は、えっ……?」
「貴女の気持ちも考えずに、自分さえ良くなればトリニティ様が手に入ると思っていたんです……そんな訳ないのに」
「い、いえ」
子供相手に大人気ないかと思いきや、意外と冷静に返されて戸惑っていた。
しかし声は明らかに暗くなっている。
俯いている為、表情は窺い知る事は出来ないが、まるで怒っているようなダリルの雰囲気に押されていた。
(どうしよう……! つい勢いでやらかしてしまったッ)
そんな時、ナイスなタイミングで侯爵邸に馬車が到着する。
「…………」
「あの、ダリル殿下……?」
「ダリル殿下、フローレス侯爵邸に到着致しましたよ? トリニティ様がお待ちです」
「……リュート? あぁ、すまない」
リュートの声に反応したダリルは一瞬で笑みを作り上げるとトリニティをエスコートする為に手を伸ばす。
(切り替え早ッ! でもなんかやっぱり怖い……)
門まで送ってもらい、軽く会釈をしたダリルは背を向けて去っていく。
そんな後ろ姿を見送った後、トリニティはそそくさと屋敷の中に入ったのだった。
ーーー帰りの馬車の中では。
「…………」
「……ダリル殿下」
「どうやら選択肢を間違えてしまったようだ」
「たまたま噛み合わなかっただけですよ」
「そうだろうか。いくら頑張ってもトリニティ様は僕から逃げようとするんだ……理由は分からないが」
「きっと何か理由があると思うのです……! ここは焦ってはいけません! そうでなければダリル殿下の好意を断ることなど有り得ませんから。貴方はこの三年間で大きく変わりました! 全てはトリニティ様への愛の為に! その努力は側にいた私がよく理解しております。ダリル殿下は素晴らしいッ」
「リュート……僕を褒めてくれるのは嬉しいが、少し大袈裟じゃないのか?」
自信満々に言い切ったリュートを見てクスクスと笑みを溢した。
彼が自分の側に居るようになってから、少しずつ自分に自信が持てるようになり、気持ちが上向きになっていった。
「トリニティ様に好きになってもらうには、もっと別のやり方がいいのかもしれない。今日はトリニティ様に会えた事が嬉しすぎて、彼女に振り回されてしまったよ」
「そうですね……貴方のトリニティ様への愛はこんなものではありません! このリュートにお任せください!」
「……頼もしいよ、リュート」
こうしてリュートが沢山褒めてくれるのもプラスになっているのだろう。
それにしてもトリニティの言葉で、引っ掛かったものがあった。
『あの、以前一緒に居た方は……今日は一緒ではないのですか?』
『顔合わせの際にダリル殿下の側に居たマーベルという……』
何故、トリニティはわざわざあんなことを言ったのだろうか。
どんなに記憶を遡っても『マーベル』を思い出せない。
全く覚えていないのだ。
トリニティと自分との記憶が違うのかが疑問だった。
「……リュート」
「何でしょう」
「リュートは『マーベル』を知っているか?」
「…………何故、その名を」
「やはり知っているのか? 僕だけ記憶がないみたいなんだ」
「ダリル殿下、答えてくださいっ! どこでその名を!?」
言葉を被せるようにして、リュートが問いかける。
いつも笑顔でいるリュートの初めて見る真剣な表情に驚いていた。
「今日、パーティーでトリニティ様に聞いたんだ」
「ーーー!?」
「リュート……?」
「まさか、そんな……でも何故」
「どうしたんだ」
「いえ、何でもありません。これは私の問題ですから」
リュートはそう言って笑顔を作ると、此方に向き直り話題を変える。
「けれどダリル殿下。御自分を磨くのもいいですが、トリニティ様の言う通り、少しずつアピールをしなければ振り向いてもらえないと、私は前々から言っておりましたよね? このままでは嫌な予感がする、と」
「ああ、リュートと兄上の言う通りだった。それは今日、痛感したよ」
「きっとトリニティ様は振り向いて下さいますよ」
「だといいけど……僕は違うと思いたいけど、もしかしてトリニティ様の好きな人は兄上なのかな。だから今日も……」
「ダリル殿下、私の勘ですとトリニティ様はデュラン殿下に好意とはまた違ったものを感じます……!」
「もし、相手が兄上だったら僕は……」
震える両手を握り込んだ姿を見て、リュートは声を上げる。
「いけません! 憎しみを抱いては……っ」
「……違うんだ、リュート。確かに兄上には敵わない。それは分かってる。けれど僕にだって譲れない想いがある」
「ダリル殿下……」
「こう思えたのはリュートのお陰だよ」
「貴方にお仕えできること、とても嬉しく思います」
「此方こそありがとう……リュート」