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チャラ男が失恋中の女の子にどしたん?話聞こうか? と優しく声をかける話

作者: 末風呂

タイトル詐欺

「おっ、夏樹ちゃんじゃーん! こんな昼間から何してんの? 買い物?」

「……気安く下の名前で呼ばないでよ」


 桜はとうに散り終えて、梅雨明けの爽やかな風を肌で感じる休日の大通り、俺は秘かに狙っていた同級生の夏野夏樹に声をかけた。


 見かけたのは偶然だった。とんだラッキーイベント。俺が街に行くのはデートの時がほとんどだが、偶には一人で来てみるものである。


「今暇? 良かったらデートとかどう? バイト代入ったから奢るよ!」

「うるさい、静かにして、というかあっち行ってよ」


 はて? 断られるのは彼女の直情的で勝気な性格から予測することは出来ていたが、何故こんなコソコソと人目を憚りながら街を歩いているんだ? ……ははーん、合点がいった、成程ね。


 彼女の視線の先には仲の良さそうな男女が居た。両方とも同じクラスの友達だから三人の関係性も勿論知っている。つまり。


「夏樹ちゃんは達郎の事が好きで、雪子ちゃんとは親友だもんね、そりゃ二人がデートしてたら気になって尾行もしたくなるか」

「は、はぁ!? 何言ってんの!? べ、別に私は達郎の事何とも思って無いし、あいつが雪子に不埒な事しないかどうか、幼馴染として監視してるだけだから!」

「はいはい、テンプレテンプレ、そういうことにしとくよ」

「何よその自分は全部分かってますって顔! やめてよね、本当そういうのじゃないんだから!」


 静かにしてとか言っといて、大声で喚きながらぽかぽか殴りかかってきた。そして全然痛く無い。実家の方で飼ってる猫のパンチの方がまだ痛いような気がする。

  

 にしてもこの令和の時代によくぞこんな絶滅危惧種みたいな性格に育ったな、親御さんの教育方針が見てみたいわ。


「痛いって、ごめんごめん謝るよ! あ、ほらほら、二人が映画館入ってくよ、早くついて行かなきゃ!」

「え!? わ、ほんとだ!」


 俺の言う通り、うら若き男女は映画館に入って行った。初々しくて良いね、個人的にはデートに映画館って中学生くらいまでだろうと思う。


「夏樹ちゃん後ろの席取っとくよ、あいつら真ん中らへんの席だったの見えたし」

「ありがと! ……じゃないっ、何で私があんたと二人で映画見なきゃならないのよ!」

「まーまー、もうチケット二枚買っちゃたし、ね?」

「ぐぬぬ……、言っとくけどこれは監視だから、デートじゃないから、間違えないでねそこのところ、はいお金」

「いや奢るよ。俺女の子に金を払わせたこと一度も無いから」

「あんたの自慢風軽薄男エピソードはどうでもいい、私があんたに奢ってもらうのが嫌なの、受け取らなかったらまた殴るわよ!」

「ならお言葉に甘えて、痛いのは嫌なので」


 映画は約三時間に及んだ、呼吸も出来ないくらいの怒涛の展開の連続、ジェットコースターのような緩急溢れるエピソードに俺のハートはブロークンだった。まるでスッポン鍋を初めて食べた時の様に、全身が熱くなり身体も魂も、ただただ震えた。頬を伝うこの冷たさは涙、お、俺は泣いているのか!?


 名作だ。圧巻のスペクタクルファンタジー超大作だった。


 スタッフロールが流れる中、ふと隣を見ると夏樹ちゃんがハンカチで涙を拭きながらすすり泣いていた。こいつめ、この映画の良さが分かるとは中々センス良いじゃないか、褒めてつかわす。


 そんな訳で観終わった。感動の余韻を感じている中、相変わらず監視という名の尾行は続き、次は大衆食事処に入った二人を見届けつつ、やや遅れて俺達も店内へと入って行く。


「いい加減に帰りなさいよ。何で休日にあんたの顔見ながら食事しなきゃなんないのよ……」

「俺は夏樹ちゃんの可愛い顔見ながら飯食えて凄い嬉しいけどね」

「うわっ、夏なのに寒っ、誰にでもそんな事言ってんの? そういう口だけ軽い男って私嫌い」

「誰にでもじゃないよ。本当に俺が可愛いと思った女の子にしか言わない。夏樹ちゃんは誰よりも可愛いからつい口から出ちゃっただけ」

「寒い寒いっ! やめてよ背中がぞわぞわするっ!」


 うーん、反応が芳しくない。普通の女の子は手放しでも顔をベタ褒めされたらそこそこ喜ぶ筈なんだがなぁ、心理学でいう所のなんとか効果ってやつ、覚えてねーわ。あ、ちなみに俺みたいな超絶顔が良い男限定だけどね。


 中々美味かった食事の後は、彼らはショッピングへと足を運んだ。まー基本的なデートプランって感じだね。


 しかしレディースである。鈍感朴念仁の達郎君には試練だと思う。ほら案の定あたふたしてるもの、可哀相に。


「あ、このスカートとか夏樹ちゃん良いんじゃない? 値段もお手ごろだし、買いだと思うな」

「悔しいけど確かにちょっと良い……、にしてもあんた慣れ過ぎじゃない?」

「まーほら俺って女の子の笑顔が好き系男子だし? 必然こういうとこはよく来るわけよ」

「はいはい、軽い軽い、まるでヘリウムガス」


 その後メンズの方も回り、しばらく街を散策した二人は、行きついた公園のベンチでゆっくりと休みながらクレープを食っていた。


「もう良いんじゃない? 天気も悪くなってきたし撤退ってことで。ありゃ完全に相思相愛の仲良しカップルにしか見えないし、これ以上は無粋ってものでは?」

「……うるさい」

「あの様子じゃ達郎も別に無体なことはしないでしょ、そのへん付き合いが長い夏樹ちゃんが一番分かってるんじゃないの?」


 尾行にあやかって夏樹ちゃんと初デート出来たのは嬉しいが、そろそろ俺も辟易してきた。あんまね気分が良いもんじゃないのよ、楽しそうな男女の様子を盗み見るって。


「うるさいってのよ! あんたみたいな軽薄男には分かんないでしょうけどね! 私はずっと前からあいつのことが――」

「あ……」

「え……?」


 視線の先、仲睦まじい男女二人は重なった。端的に言えばキスしていた。往来の場だが通行人が居なかった絶妙のタイミングである。


 うわ、同級生が肉体的接触込みでいちゃついてるとこ見るのって思ったより結構嫌なもんだな。変な罪悪感と生々しさが在るわ。


「……っっ!」

「あ、ちょっと!? 夏樹ちゃんどこ行くの!」


 苦々しい顔で、一目散に駆けだす彼女を俺は一応追いかけた。


 ま、ショックだったのだろう。完全に一撃KOって感じだ。青春漫画みたいな恋愛三角関係、誰かが勝てば、誰かが負ける。今回の敗北者はそれが目の前でポニーテールを左右に揺らす全力疾走彼女だったわけだ。てか足クソ速っ、伊達にアスリート系女子じゃ無いな。


 空は完全に黒く染まり、彼女の悲しみに呼応するように、雨まで振って来た。勘弁してくりくり~(唐突なクリボー召喚)。


 傍目から見ると、追われる少女と追いかける少年に見えることだろう。間違ってはいないが通行人諸君、通報は止めてね。


 彼女の足が止まる、気付けば街を一周した模様、だって着いたのはさっきの公園だもん。疲れました。


 雨のせいだろう、あの二人はもうここに居ない、俺は折り畳み傘を取り出すと彼女の頭の上にそっと差し出した。


 擬音がそこかしこに奏でられている。ざーざーとか、ぴちょぴちょとか、げこげことか、そのへん。


「はっ、笑える。そりゃそっか、誰だって私より雪子を選ぶわ、そりゃそーよね」


 なんか一人で語り始めた。いやそれは流石に冷たいかな、この場には俺しかいないし、半分くらいは俺に言ってるのだろう、もう半分は自嘲してるのかな?


「そんなこと無いよ、達郎にとって夏樹ちゃんが近すぎて見えなかっただけだろ。傍目から見てると世話焼きの姉と、優しい弟って感じだったもの」

「相変わらず口が上手いわね、そんな風に慰められても……、べ、別に……ぅくっ……」

「えーと、取りあえずここで雨に濡れてるのもあれだし、俺の家直ぐ近くだからさ、着換え貸すよ」

「ひ……っ、べ、……別にっ……ぅぅ……要らない、電車で、ひっく……帰るもんっ……!」

「いやそんなびしょ濡れで電車入ったら乗客が迷惑だろ、おまけに泣いてる女の子を放っておける男じゃないの俺は、はい論破。とっとと行くよ」


 そう言って、彼女の手を引いて歩いていく。もちろんこれ以上彼女が濡れないように傘は差しだしてだ。心が弱っている彼女は反論もすること無く、黙って俺と共に歩きだした。


 しかし、なんだな、あれだよ。


 キターーーーーーーー!!!


 半日以上も潰した甲斐があったというものである。まさかこんなに早く夏樹ちゃんを頂く機会が回ってくるとは、思いもよらなんだ。


 普段ガード力100%を誇るくらい固い彼女の城壁、それが今、失恋のショックでめっちゃ弱ってますよ。完全にヤれる。彼女は俺の家という単語を聞いて、多分一軒家&休日だから他の家族も居て安心だと考えた可能性はあるが、馬鹿めと言ってさしあげますわ。俺はペット可のマンションに一人暮らしなのさっ! 割と女の子を連れ込む機会が多い為、常にそういうことが出来るように準備も完璧である。


 というわけで、ものの数分でマンションへ到着。オートロック式の正面玄関から入り、エレベーターを経由し、未だすすり泣いている彼女を傍らに俺は最上階の部屋の玄関へと降り立った。


「ごめん、湯を沸かしたいとこだけど、シャワー浴びて貰っていい? あと終わったら俺も使いたい」

「ひっく……、ひっく……、分かった……ありがと……」


 しゃくりあげながら彼女はシャワー室へと入って行った。


 さて、ワンポイントレッスンの時間だ。ここで女の子を先にシャワー室へ入れるのはとても大事である。


 まず長風呂をさせては絶対にいけない、今の彼女は失恋ショックで前後不覚中、自分ではまともに思考出来ない状態である。これは時間が経てば経つほど平常時に戻ってしまう。冷静になった頭で考えたら、こんなクソみたいな軽薄男の家にいることの危険性を考え、すぐ帰ってしまう可能性がある。美味しく頂くつもりなら取れたての魚以上に鮮度が大事ってことだ。


 ここで、俺も濡れてて早くシャワー室入りたいけど紳士的に女性が先にどーぞ、等と気を利かせることによって、彼女は家主である俺の気に使ってなるべく早く出てくる筈だ。勿論理由はそれだけではないがそこはいつか説明しよう。


 微妙に生地の薄いジャージを脱衣所に置いた後、空調で部屋の温度を下げつつ俺はやかんで湯を沸かした。ココアを作っているのである!


 ココアは優秀である、まず温かい飲み物というのは出した人間の印象も良くする。早めのシャワー上がりで心も体も冷えている時に、例えばコーラ等のジュースなんて出すのは悪手じゃろ蟻ん子。


 そしてこの色と味の濃さ、何か盛っても全く気取られないのは本当に優秀である。ちなみに入れるのはアダルトコーナーにならどこにでも売っている様な魔法の粉、媚薬である。効果は身体が熱くなるだけの健全なものだ。


 昔某大学でカルーアミルクに目薬に使われてる薬品のアレ入れたりして、無理矢理泥酔させた女性をお持ち帰りする事件があったが、それに比べたらよほど健全だ。別に感度3000倍とかそういうファンタジーなわけでもない程度の効果だし、全く気付かれないというのは非常に良い。


 そんな準備を整えていたら、彼女はシャワー室を出た。5分程度か、相当早い。やはり俺に気を使ったのだろう。


「ここにココア置いとくから、じゃ俺もシャワー浴びるわ」

「……うん、ありがと」

「いえいえ」


 お礼は言葉じゃなくて身体で貰うから別にええで。


 しゃわわ~。(※擬音)


 はい、水浴び終了。彼女の頭の片隅には二人っきりの男女、部屋、シャワー上がりのキーワードで警戒心が多少上がっている筈である。


 ここで俺が上半身裸で登場なんてしたら、これはマズい! っとダチョウの様に逃げられてしまうのできちんと服は着ますよ。何故ダチョウ? と思った方は自分で調べろ。


 俺はテーブルの前でカーペットに座りながら、くぴくぴとココアを飲んでいる彼女の正面へ腰を落とした。よしよし、半分は飲んでいるな。


「落ち着いた?」

「……うん、さっきはごめん」

「え、どれのこと?」


 該当項目めっちゃあるんですけど。


「その……あんたみたいな軽薄男って、怒鳴りながらやつ当たりしちゃったことよ」

「そんなん言ってたっけ?」

「ふふっ、いいならいいわ、忘れて」


 ごめん。気を利かせたとかじゃなくてマジで記憶に無い。


「はー……、10年よ10年! こんな美少女が傍にいるのに、他の女の子になびくか普通? ほんと見る目が無いわ」


 さっきと言ってること違うなぁ、持ち直したんだろう。愚痴りだした。


「失恋の経験は初めて?」

「そうよ。胸が張り裂けそう、てか私ってやっぱり達郎に恋してたんだ、終わってから気付くなんてどうしようもないわね」

「案外そんなもんだよ。俺もそうだったし」

「え?」

「昔、ずっと好きだった子が居たけど、失恋しちゃってね。恋愛はそれ一回こっきり、そっからはもう全部どーでも良くなって、ナンパばっかするようになったんだ。おかげでこんな軽薄男になっちゃった。後の祭り」

「そ、そうだったんだ、人に歴史ありなのね」


 まぁ大ウソだけどな。共感性なんちゃらってやつだ。人は自分と似た体験談語られると親近感湧くからね。

 

 見事、下半身に正直な軽薄野郎のイメージを、過去に傷を負った少年のイメージにすり替えられたと思う。


 シロナガスクジラの一日の食事量が40トンで、コアラの一日の睡眠時間が22時間な事を考えると、俺が中学校卒業までにチョメチョメした女の子の人数が三桁以上なのも些細なことである。


「私も、なんか全部どーでも良くなってきた。あーあ、こんなことならせめて伝えれば良かった。後悔しか無いわ」

「ドンマイ、次の恋が見つかるよ。意外とすぐそばに転がってるかもよ」

「何それ。相手は自分だって言いたいの? ほんと軽い奴」

「てへへ」

「褒めて無いわよ、でも今日は本当にありがと、一人でいるよりいくらか救われたわ」


 穏やかな時間、カップの中身は既に空だ。彼女の身体の方は多少熱っぽくはなってると思うので、無理矢理に迫ればなし崩し的に関係に至れそうだが、なんとなくそういう事はしたくなかった。正直彼女との会話はどこか心地良い、恐らく彼女が分かりやすく俺に対する敵対心が段々薄くなっていって、言葉の棘が取れていく様を見るのが楽しいからだと思う。


「結局さ、あんたが私に優しくするのって、本当は身体目当てなんでしょ?」


 鋭い指摘が飛んできた。事実ではあるのだが、その問いかけはどこかぶっきらぼうだ。


「別に、好きにすればいいわ、なんかほんと、どーでもいい」


 返答を考える前に彼女の了承の言葉が飛んできた。自暴自棄、破滅願望、今の彼女に当てはまる言葉だった。


 ま、こんな打ちひしがれた女の子が目の前にいたらチャラ男のやることは一つである。


「ていっ」

「あ、痛っ!」


 ぺしっと頭を叩いてからの説教タイム。もっと自分の身体を大切にしなさいだとか、好きでも無い男の前で無防備に肌を晒すなとか、ありきたりな言葉を並び立てる。


「なんであんたにそんなこと言われなきゃなんないのよ。……ほんと意味分かんない」

「ナンパ道は女の子が考えるより奥が深いの、奥の細道なの、泣いている女の子を慰めるのは大事だけど、捨て鉢の子を笑顔に導くのはもっと大事なの」


 そんな訳で俺は据え膳を食わなかった。というより、ここで一回シてそれっきりの関係になるのはもったいないと思った。身体だけでなく心も欲しいと、そう思うくらいには、昨今珍しい絶滅危惧種系彼女に好印象を持ったのである。


 ともあれ、彼女はやがて冷静さを取り戻し「さっきのはあんたを試しただけ! やっぱ無し!」などと顔を赤くしながらのたまった。


 その後、落ち着いた彼女を駅まで送り届け、見事俺の休日はほぼ全部潰れた割には成果無しという恥ずべき結果に落ち着いたのである。ちゃんちゃん。



◇◇◇



 電車の中、夏樹は自身の心臓の鼓動が高鳴るのを感じていた。身体が熱い。思い当たるのは校内一の軟派男と噂されるあいつの顔である。


(な、なんでこんなドキドキしてるの!? ま、まさか嘘でしょ!?)


 彼女は自身の胸のときめきを、もしや自分はあいつに恋愛感情を抱いたのかと誤認しつつあった。実際はココアの中に入れた媚薬の効果が後から効いてきただけである。


 戸惑う彼女の心とは裏腹に、電車は進んでいく。ノンストップトレイン。彼女の恋の各駅停車は今スタートした。なんだそりゃ。



需要あるなら続き書く

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