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第1話 (レンの悪夢)

 母は恋多き女だった。

 僕にとっての一人目の父親は、母にとっては三人目の夫だった。僕は一人目の夫の子供らしい。全く覚えてないけど。

 母はよく僕の髪を褒めた。父親譲りらしい珍しい色の白い髪が、母は好きだった。

 兄弟は多かったように思う。あんまり覚えてないけど。「あなたが一番かわいいわ」と言われたことが、いつまでも頭の隅に引っかかっている。

 僕の髪の色が珍しいものだから、兄弟たちの中でもちょっと浮いていたし、近隣の住人たちからも奇異の目で見られることが多かった。この髪を嫌いにならずに済んだのは、母が褒めてくれたからに他ならない。

 結婚したり離婚したり駆け落ちしたり捨てたり捨てられたりを母が繰り返すものだから、生活は安定しなかった。引っ越しはしょっちゅうだったし、よく知らない人が家にいるのが普通だったし、生活の水準は絶えず上下していたし、揉め事は日常茶飯事だった。

「好きな人のためならなんでもできるの」

 それが母の口癖だった。

 ある時、何人目だったか忘れたけど母が恋に落ちた。結婚式をあげようって話になったけれど、お金が足りなかった。

「あなたが一番かわいいから、きっと一番高く売れるわね」

 こうして僕は人買いに売られた。

 逃げるチャンスは何度かあった。でも、脱走するたびに捕まえられて、拷問じみた折檻を受けた。この容姿では目立ってしまってすぐに見つかるし、子供の足で長距離を走るのは難しかった。

 一度だけ、うまく逃げおおせることができた。必死に走って、家の前に帰り着いた。僕を売った家族だったけれど、そこしか帰る場所は思いつかなかった。

 ドアを叩くと、知らない人が顔を出した。家族はすでに引っ越していて、その家には知らない一家が住んでいた。その一家は僕を迷子だと思って町の自警団に預けた。僕の持ち主から「子供が迷子になった」と問い合わせが来ていたようで、自警団は僕を持ち主の家に送り返した。

 いろんなところを転々とした。僕を買うのはいつも、白い髪を珍しがって愛玩用に欲しがる趣味の悪い奴だった。

 一人目の持ち主が死んだのは偶然だった。

 僕の首を締めてきたので、苦し紛れに目玉を指で突き刺した。子供だと思って油断したらしい。驚いてよろけた拍子に机で頭を打って、そのまま動かなくなった。

 二人目の持ち主は、自分の意思で殺した。

 一人目の時の経験から僕は、自分に危害を加える奴を殺せば身の安全を確保できると判断した。これがあればいつでもお前を殺せるぞ、と見せびらかされた毒物をそいつの食事に混ぜた。簡単だった。事故や自殺に見せかければ、糾弾されずに済むと学んだ。

 三人目の持ち主は、自分の手を汚さずに殺した。

 夜な夜な屋敷を抜け出して、近くの村に姿を表すだけでよかった。見慣れない、それも痩せこけた白髪の少年を、村の者は不気味がった。幽霊だの吸血鬼だの悪魔だの、たくさんの噂が立った。どこから来たのかと問われて、僕は黙って持ち主の屋敷を指差した。すぐに武器を持った人間たちが屋敷に押しかけてきて、僕の持ち主とその家族を皆殺しにした。

 そこから先は何人殺したか覚えていない。家にいた頃と変わらず、僕の周囲には揉め事が多かった。

 持ち主がいなくなると、どこからともなく人買いの業者がやってきて、僕を次の客のところに連れて行った。

 次から次に持ち主が死ぬものだから、じきに僕は「不幸を呼ぶ悪魔」とラベルを貼られ、さらに趣味の悪い客を相手に売られるようになった。悪魔を飼いたがるオカルト趣味の物好きは、どいつもこいつもクソみたいな奴だった。

 そういうことを繰り返しているうちに、人から好まれるのが嫌いになった。好き好んで僕を手元に置きたがる奴に、ロクなのはいない。

 十四の時、僕は学者に買われた。その人がなんの研究をしていたのかは知らないけど、そこでなんでも教えてくれる学院が西の渓谷の向こうにあることを知った。

 僕は学者を殺して金を持ち逃げし、学院へ向かった。

 広く門戸を開いている学院だったので、まともに勉学に触れたことなんかなかった僕でも入ることができたのは幸いだった。

 一年生の時に広くいろんな分野の基本に触れて、二年生に上がる時に専門分野を決めることになっていた。

 占星術、降霊術、魔術、医術、精霊学、薬学と、いろんなものに触れたけど、どれかに特別興味が湧くことはなかった。生きていくための糧になればなんでもよかったから、変に何かに没頭することはなかった。

「なあ、お前名前なんていうの? 俺シュウ」

 ある時、図書館で本を読んでいたら、声をかけてきた奴がいた。

「好きに呼んだらいいよ。初めて会った人は、いつも最初に僕に名前をつけるんだ」

「あだ名つけて欲しいってことか? 思ったより社交的だな」

 違うけど、訂正するのも面倒だった。

「うーん。じゃあ、レン。お前レンな」

「わかった」

「お前今まで友達いなかっただろ」

「うん」

「会話が下手すぎるだろ。こういう時は由来聞いたりとかした方が、話が盛り上がるじゃんか」

「わかった。なんでレンなの?」

「……まあ、いいか。お前錬金術得意じゃん? それでレン」

 今までで一番安易な名前だった。

 それよりも、彼の言うことが気になった。

「僕、錬金術が得意なの?」

「はあ? 嫌味か? 俺よりうまい奴初めて見たぞ。こっちは小さい頃から錬金術師になりたくて勉強してきたってのにさ」

 こうして僕の専門分野が決まった。


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