サロン
そもそも先程の展開はレオルートが確定した時に、颯爽と現れてシャルロッテに対するわたくしからの嫌がらせを阻止して助け出すというイベントだった筈である。
昨日の狼型の魔物限定の小規模スタンピードと言い先程の早すぎるイベント回収と言い何が何でも運命とやらはわたくしを殺したいという強い気持ちが伝わって来るような気がしてならない。
しかし、しかしである。
運命とやらは少しわたくしの事を少し見くびってらっしゃるのではないのかしら?
そう思うとわたくしは実に悪役令嬢らしいニヒルな笑みを浮かべる。
三原則を無視して、恐怖心を押しのけヒロインであるシャルロッテに近付いて得た物はそのリスクに見合ったものであったと言えよう。
そう、先程のイベントは本来であればレオルートが確定した時に起こるイベントであるのだ。
それは即ち、レオルートに突入していないまでもレオはシャルロッテに既に惚れていると考えて良いだろう。
となると現段階で一番気を付けなければならない相手はノア・ル・マルギスからレオ・クロスフィードへと変更する。
はっきり言ってこの、レオが既にシャルロッテに惚れているという情報が有るのは、その情報が無いのとでは大分違う為非常にありがたい。
神とやらがいるのならばみすみす相手に大事な情報を与えてしまうその、わたくしを舐め腐った対応をしてしまった事を絶対に後悔させて見せてやると強く思いながら制服に着いた土をはたき落とすのであった。
◆
「何をしている。行くぞ」
現在終ホームも終わって放課後。
わたくしは帰宅部ですので帰る準備をいそいそと始める。
これからやらなければならない事が沢山あるのである。
一秒でも早く帰宅してレオの件で変更しなければならないわたくしの立ち回りや、奴隷を大量に手に入れる為の作戦を粛々と進めるべく少しの時間も無駄には出来ない。
「おいっ」
もう少しで奴隷を大量に手に入る事ができる。
そうすればわたくしの動ける範囲も格段に広くなる。
そう考えれば今から既に心が躍るというものであろう。
「フランっ!」
「ふぁいっ!?」
いきなり声をかけられて思わず噛んでしまい、その恥ずかしさから顔が真っ赤になって行くのが分かる。
せっかくこれからの事について気分良く練り上げていたにも関わらず一体誰がわたくしの邪魔をしてくださったのかし………ら……え?
声の主へと振り向くとそこにはノア様が少し苛立った表情をして立っていた。
「こ、コホンッ………いきなり名前を呼ばないで下さいまし」
「いくら誤魔化してもお前が噛んだ事は俺の耳がしっかりと聞いているからな。それに先程から何度も呼んでいたにも関わらず気付けなかったお前が悪い」
「して、わたくしに何か用でしょうか?」
なんだこれは?わたくしが何をした?こんなイベントはゲームにはなかった筈である。
しかしいくら考えてもこの王子の考えを読み取る事が出来ない。
「何か用だと?」
「………っ」
少し怒気の篭ったノア様の言葉に思わず、あまりの恐怖により萎縮してしまう。
その瞬間ノア様の表情が若干曇って見えたのは恐らく気のせいであろう。
「はぁ、ほら行くぞ」
「だからどこへ向かうのかおっしゃって下さい。わたくしテレパシーで相手の考えが分かるといった様な能力はございませんの。動詞だけではなく主語を言って下さいまし。あとわたくしを連れて行く理由も教えて頂ければ有り難く思いますわ」
嘘である。
どこに行くのかなんて言われなくとも分かりきっている。
だからこそこの俺様王子もどこに行くかはわざわざ言わなかったのであろう。
その行く先は十中八九サロンで間違い無いだろう。
それも上位階級爵位、そして王族しか使用が許されないサロンである。
はっきり言って行く訳が無い。
何故敵の本拠地へ単身のこのこと向かわないといけないのか。
死にに行く様なもんである。
非常に大事な事なのでもう一度言います。
何故そんな場所に行かなければいけないのか。
「どこに行くかだと……そんなのサロンに決まっておろうっ!それにお前は昨日何故来なかったっ!?昨日来なかった理由を先に言えっ!言えないのならば行くぞっ!」
若い頃は俺様な、その引っ張ってくれる男らしいノア王子に惹かれてしまうだろう。
しかし結婚を考える年齢になると話は別である。
この様な、相手の意見も尊重せず自我を貫こうとするその性格に前世合わせて三十歳をとうに超えているわたくしは引いてしまう。
最早ノア様に対しては攻略対象キャラクターという時点でマイナス評価なのだが、既に地に落ちているその評価はここに来て勢い良く地中へと掘り進んで行く。
「すいませんがわたくしはサロンには今後行きませんし、今日レオ様よりレオ様に近付くなと言われたのでレオ様と鉢合う可能性の高いサロンへは行けませんわ」
本当の事を言うとレオではなくてシャルロッテに近付くなと言われたのだがこの際多少の嘘は許容の範囲内であろう。
むしろ相手の言葉の裏も読み取り、そして汲み取ったに過ぎない為嘘では無い。
この時ばかりはレオに感謝である。
「はぁっ!?」
「ですのでわたくしをサロンに連れて行きたいと申したいのでしたらまず初めにレオ様から許可を頂いて下さいまし。それにわたくし、こう見えて暇ではないのですの。それではノア様、御機嫌よう」