運命の矯正力
「ほら、お父様もお兄様もこう言ってますわ。ね?いいでしょう、お母様」
お父様とお兄様が肯定してきたのでそれに同調する形でお母様に再度お願いする。
側から見れば母親に欲しいものをねだる娘とそれを微笑ましく眺めている兄と父親と言うなんとも微笑ましい家族団欒の光景なのだがその傍らに立つメイド達のその目は化け物達が会話している風景にしか映っていない。
考える事はその無邪気な好奇心が自分に向きません様にと願うのみ。
ここに来たメイド達は最初に自分達の雇い主に人間として見られていないという事を否が応でも刻み込まれる。
それは他のメイドがミスをした時、それは雇い主の気まぐれにメイドが捕まった時、それは雇い主の機嫌が悪かった時、それは雇い主と目があった時───その時の状況に応じてこの家族が異常であると目で、肌で、痛みで、音で、心で感じ取ってしまうからである。
しかし、その光景に少しでも疑問を持つ事が出来たのならば娘フランの声が若干、それこそ集中して聞かないと分からない程度に震えている事に気付く事が出来たであろう。
自分の計画は決してバレてはいけない。
バレたその先は自分の死である。
生きる為ならわたくしはいくらだって道化を演じてみせる。
実際は数秒程度の開きなのだが、その程度の時間お母さまからの返事が返って来ないというだけでバレてしまったのではないかと緊張で呼吸は荒くなり心拍数は跳ね上がって行く。
「全く、仕方がないわね。今回だけですよ?」
「お母様っ!大好きですわっ!!」
「全く、貴女は女の子なのですからこんな男の子がする様な遊びではなくてもっと女の子らしい遊びをして欲しいものね」
「善処致しますわお母様っ!」
家族のアットホームな雰囲気とは対照的に粗相をしてしまったメイドはあまりの絶望に声を上げる事すら忘れてただ涙を流し崩れ落ちる。
何とか今回のイベント最大の山場を越えてホッとするが気を緩めるにはまだ早い。
山場は両親からの許可だがメインはここからである。
今回の計画だが、このメイドをこちらサイドに引き入れる事である。
このメイドの人間性は早朝のウル、メイとのミーティングで折り紙つきを頂いている。
あとはイレギュラーがない事を祈るばかりである。
「では早速この生き物へ罰を与えに少し外へ行きますわね」
「全く、我慢の出来ない子供じゃ無いのですから。外も暗くなって来てますから気を付けるのですよ」
「もう、わたくしももう十五歳の大人ですわよ。いつまでも子供じゃありませんわ。それでは行ってまいります。………ウル、メイ、そこの物を連れて来なさい」
「「はい。お嬢様」」
そしてわたくしは家族の温かな視線とメイド達の冷めた目線、その両方を浴びて家の裏に広がる雑木林へと奴隷二人とメイドを連れて入って行くのであった。
◆
「はぁ……っ、はぁ………っ、さっ、流石に小一時間も歩くのは疲れましたわ」
いくら家族や他の使用人達に見られてはいけないからと行って小一時間も歩く必要は無かったのでは無いかと少し疑問に思うも、賭けているのは自分の命である為念には念をである。
「流石にここまで来れば大丈夫ですわよね。では、始めましょうか」
少し乱れた呼吸を整えてそう言葉を発すると今まで表情が抜け落ちていたメイドの顔に恐怖の色が一瞬にして広がり、ガタガタと震え始める。
「わ、私はこれからどの様な殺され方をするのでしょうか?わ、我儘を承知でお願い致します。せめて一瞬で殺して下さい」
そう言うとメイドは膝から崩れ落ち手で顔を覆い泣き始める。
「そうですわね、まず貴女は最大の勘違いをして………っ!?こんな時にっ!!」
「ひぃいっ!?」
そんなメイドの勘違いを解く為にまず語りかけようとしたその時、辺りを無数の狼型の魔獣に包囲されている事に気付く。
そのタイミングの悪さに頭を掻きむしって叫びたい程である。
「この状況はウルとメイをこちらサイドに引き入れた事により歪み始めた運命の矯正力とでも言うのかしらっ!?クソッタレがっ!!貴女も死にたく無ければわたくしとわたくしの奴隷達の側から離れない事ねっ!!」
そう叫びながらわたくしは次々と襲いかかってくる狼の魔獣をウルとメイと共に魔術で作った日本刀の様な氷の剣で切り倒して行く。
ゲームで得た魔術の知識が無ければと思うとゾッとする。
そもそもの話、君恋で狼の魔獣に噛み殺されるバッドエンドは確かに十回程あったがそれら全て終盤に起こる話である。
と言うのもその経緯がドミナリア家に雇われている執事が愛する者をフランに殺された怒りで魔獣を扱う能力に目覚め、そしてまだ未熟な能力でもって自分諸共フランを狼の魔獣の餌にしてしまうという話であった筈である。
現時点でわたくしは彼の愛するメイドに手をかけてはいない為彼の能力は目覚めていない筈では無いのか?
であるならばこれは狼型の魔獣限定で自然発生した小規模のスタンピードだとでも言うのかっ!?
神のクソ野郎め、バッドエンドに合わせる為に実に器用な事をして来やがるっ!!
「いや、嫌っ、嫌ぁっ!!」
そんな事を考えているとメイドが死の恐怖に耐えきれなくなったのかテンパってしまい、叫びながら走り出してしまった。
「あ、こらっ!!この場から離れるなって言ってんでしょっ!!……っあぐぅ!?」
「お、お嬢様………肩が……っ!」
「肩一つ、腕の一本で貴女の命を護れるのでしたら安いものですわっ!!わたくしの心配をするのでしたらそこから動くんじゃありませんっ!!」
メイドを庇ったせいで私は左肩を噛まれ、そこから赤い血が腕を伝って流れ落ちてくる。
あぁ、痛い。
悔しい痛い悔しい。
そしてわたくしは氷の刀を振るう。
ひたすら振るう。
このクソッタレた世界に自分の思いの丈を罵詈雑言に乗せて、ただただ刀を振るう。
「「お嬢様、魔獣を殺し尽くしました」」
ウルとメイに声をかけてもらって狼の魔獣を借り尽くした事に気き、そして狼の魔獣の死骸の山と護り切る事が出来たメイドが視界に入る。
たったの一回、されど一回。
あぁ、死亡エンドイベントを一つ回避できた………悪役令嬢であるわたくしでも人を護るという事が出来た………。
そう思うと自然と涙が出てきた。
なんだか昨日から夜は泣いてばかりだなと自分の事ながら思う。
「お、お嬢様………傷、肩……その……その、あの……さぞ今までお辛かった事でしょう。うぅっ!」
「一体何の事でしょう。狼擬きの唸り声などは聴こえて来ましたがそれ以外に何か耳にしましたか?」
「いいえ、いいえ、決して私は何も聴こえておりません。お嬢様の汚い言葉使いも、心の叫び声も、何も聴いてはおりません。ですが、その肩をそのままにするのは衛生面でも如何なものかと思いますので応急処置程度では御座いますがやらないよりマシですので回復魔術を施させて頂きます」
そしてメイドは泣きながら微笑むという実に器用な表情でわたくしの肩に回復魔術を施し、わたくしと奴隷契約を結ぶのであった。
一人の執事は立ち尽くしていた。
この家に執事として仕えて早二十年。
それはお嬢様が産まれた時から見てきた事になる。
しかし、私はお嬢様の事を見ていただけで何も見ていなかった。
いや、初めから決めつけて見ようとしなかった。
それだけでは無く自ら忌み嫌う、半分だけ入っている魔族の血の力を制御も上手く出来ないにも関わらずお嬢様を殺す為に使用した。
護衛も付けず雑木林へ入って行く光景を見てチャンスだと思った。
私は、私は………一体どこで間違ったのでしょうか?
そして一人の執事は自ら行った行動、その事の大きさに悩み、苦しむと共に決意するのであった。
タイトルの変更、そして四部の誤字脱字を修正致しました。
ほかに誤字や脱字が御座いましたらお気軽にご連絡を頂けると有り難いです。^ ^