名推理、
「それはそうと悲しいお知らせがあるんだが?聞いてくれるかい?フランさん」
「いいえ、遠慮致します。結構ですわ」
「ははっ、つれないね。嫌われてしまったかな?」
そう言うとアレックスはわたくしの手を取り軽く握りながらキラキラと輝く様な笑みを向けて来る。
普通の女性ならばあの笑顔で一撃なのだろうがそうは問屋が御さない。
わたくしの男性であった頃の感情が拒否反応を起こしぞぞぞぞぞぞと寒気が襲う。
兎に角その女慣れした立ち振る舞いにわたくしの寒気が止まらない。
「今我が王国は元騎士団団長殺害事件と国王陛下襲撃事件が立て続けに起きてね、防衛面を見直すのと元騎士団団長殺害事件の犯人を探しだなくちゃいけなくなってね……しばらくは会えなくなってしまう」
結構と断ったにも関わらずアレックスは悲しい御知らせとやらを語り出し、まるでお前が犯人じゃないのか?と言わんばかりにわたくしの目を覗き込んで来る。
そのアレックスの瞳にわたくしは先程とはまた別の寒気と緊張感に襲われるも、ここで目線を逸らせばわたくしが犯人であると肯定する様なものである為目線を逸らさずやり過ごす。
こ、これはわたくしが犯人の可能性があると睨まれているのではないか?
そう思えばこんな小娘の為にわざわざ帝国帝都までこの忙しい中足を運ぶだけでは無くわたくしの在籍している学園にまで顔を出すという行為に納得がいくというものである。
先程の立ち振る舞いからして女慣れしている様な大人の男性がわたくしみたいなまだケツの青い女性を口説こうとする事自体が違和感ありまくりでおかしな話なのである。
どうせわたくしの様な経験値の少ない未婚貴族の女性ならばその甘いルックスと立ち振る舞いで簡単に落とせると思ったのであろうが残念でしたわね。
その手法は以前のわたくしならばいざ知らず、今のわたくしには悪手も悪手でしてよ。
「それは残念ですわね。ではアレックスさんはもう王都で新たに婚約者をお探しになるのですか?」
「そんなまさか。俺は君の事を諦めるつもりなど毛頭無い。君程の出来た女性はそうそう居るもんじゃないからな」
成る程、成る程、これはあれですわね。
キザな台詞で誤魔化してはいるがアレックスさん、貴方の思考がダダ漏れでしてよ。
先程の台詞、その本当の意味は『今現在犯人として君が一番怪しい人物である為このままやすやすと逃しはしない』と言ったところであろう。
少ない情報からのこの名推理……あぁ、わたくしの頭脳が恐ろしいですわねっ!
◆
今日この日の為に俺は帝国帝都までの道中王国大書店で購入した女性の口説き方、異性のキュンと来るツボ、女性はこうやって落とせ!百の方法、etc、etc、などを買い漁り馬車の中で穴が空くほど読んできた甲斐があった。
もしもこれらを読んでいなかったらと思うと想像するだけで恐ろしい。
思い出すは忘れもしない、俺がまだ十代の時にしたお見合いである。
俺は女性と男性で好む会話の内容は異なるという事も知らなかったし、女性と男性との会話の流れの違いも相手が自分に望む役割も知らなかったのである。
もしあの頃にこれらの事を知っていたのならばもしかしたら今違った人生を送っていたのかもしれない。
しかし、あの頃知らなかったからこそ俺は今フランさんに出会ったのである。
そして俺はフランさんに元王国騎士団団長殺害事件と国王陛下襲撃事件の関係でこれらが落ち着くまで会えないという事を伝えると同時に感じたことのない緊張感が俺を襲って来る。
もししばらく会えなくなると伝えて嬉しそうな表情をフランさんがしたらと、そう思うだけで緊張でどうにかなってしまいそうだ。
しかし俺の心配も杞憂に終わった。
フランさんが明らかに不安そうな表情をしたのである。
それは集中して見なければ分からない程の変化であるのだが、確かにフランさんは俺がしばらく会えないと言ったその時確かに不安そうな表情をしたのを俺は見逃さなかった。
「それは残念ですわね。ではアレックスさんはもう王都で新たに婚約者をお探しになるのですか?」
「そんなまさか。俺は君の事を諦めるつもりなど毛頭無い。君程の出来た女性はそうそう居るもんじゃないからな」
しかしフランさんが不安そうな表情をしたのは一瞬だったのであるし今は全く気にしていないという風な振る舞いを見せているのだが、俺が他の人に取られるのではないか?という不安を、俺に心配をかけてはいけないと考えているのであろう、何でもない風を装って聞いてくる。
本当に、良い女性だと俺は再認識する。
ノア第二王子が惚れてしまうのも分かるというものである。
しかしながら聡いフランさんの事である。
この見合い又は婚約というものが少しでも俺の足枷になると考え、これからの事を考えてこのお見合いを断ってしまう可能性が高いであろうと俺は考える。
だからといってみすみす手放すつもりもなければ諦めるつもりも無い。
だからこそ俺はフランさんの記憶と感情に楔を打つ為、多少強引ではあるも今日その唇を奪うと決めた。