三十代のおじさん
「しかしおかしいですねぇ。こんなに行方不明者が出ているにも関わらず目撃者が一人もいないなんて」
「だからこんなにも手こずっているんだがな。しかし、敵の正体が分からない上に被害に遭っている被害者も老若男女問わず襲われている為に対処の仕様も無いな」
そんな会話をしながら副団長でもあり俺の新たな婚約者でもあるヒルデガルドと共に夜の帝都を巡回する。
ヒルデガルドとの婚約は自分の本意ではなく、またそのような感情での婚約はヒルデガルド本人に失礼であると説明したのだが、その時には既にヒルデガルドにより外堀は埋められており最早どうしようもない状況であった。
それに「あの時かけてくれた『ヒルデガルド、君と一緒になれて嬉しいよ』という言葉や『これから共に支え合って助け合いながら平和な暮らしを築いていこう』という言葉や『誰が何と言おうとこの俺は君の事を美しいと思っている』等の言葉は全て嘘だったのですかっ!?」と涙ながらに我が親やヒルデガルドの親がいる前でのたまわれたら最早娶る以外の選択肢は存在しなかった。
そもそも『ヒルデガルド、君と一緒になれて嬉しいよ』や『これから共に支え合って助け合いながら平和な暮らしを築いていこう』は俺が騎士団団長、ヒルデガルドが騎士団副団長として任命された時にかけた言葉であり、『誰が何と言おうとこの俺は君の事を美しいと思っている』という言葉は任命式に普段騎士団の支給品である制服しか着ていないヒルデガルドが、めったに着ないドレス、しかもスカート姿を陰でこそこそ何かを言われていた為に気にしないで良いと言う配慮から出た言葉で色恋からくる言葉ではないと声を大にして反論したかったのだが、間違いなく反論したところで、反論すればするほど俺の印象が悪くなり、どのみち結婚という選択肢ししか無いのであれば納得いかなくとも黙って時間が過ぎるのを待っている他なかった。
口は災いの元とはよく言ったものであると後悔したと共に婚約が決まった瞬間のヒルデガルドの、まるで獲物を捕らえた狩人の様なあの笑みを俺は一生忘れる事は無いだろう。
元より薄いとはいえ王族の血を引き継ぐ身である。
恋愛結婚などはなから出来ないと思えば諦めもつくし、こんな一回り近く歳の離れた三十代のおじさんに好意を抱き嫁いでくれるだけでもありがたいと思うべきなのだ。
これからは彼女を愛して生きて行けばいいと、決意を新たにして過ごそうとしていた矢先のこの事件である。
「きゃぁあああああっ!!?」
そんなことを考えながら歩いていると路地裏から女性の悲鳴が聞こえて来たため瞬時に思考を切り替え、悲鳴の元へヒルデガルドと共に急ぎ向かうのであった。
◆
内臓を奪われ、血を流し過ぎた俺は薄れゆく意識の中で他の仲間が化け物へと変化する姿をぼんやりと観察していた。
そして俺は死ぬのではなく、あの化け物達と同様にこの神と自らを名乗る人間にこき使われるのであろう。
「んんんー、出来損ないの搾りかすからできたと思えば十分ではないか。実に素晴らしい」
死して尚そこに自由などという言葉は無く、あの人間の道具として使い潰される。
そんな最後は嫌だと思いはするものの身体は動かず、意識も時間が経つごとに薄れていき、考える事すら億劫になっていく。
「ん?君はどんな表情で私を見ているんだね?自らの立場も分からないゴミの癖にっ!」
そしてその人間は私の顔を見るや否や激高し、唾を吐きかけて来た後股間を出し排泄物をかけてくる。
「そんな君は便所がお似合いだよねぇ?有難く思う事だな。この神である私がまだ便所としては使い道が残っていると君の存在価値を見つけ出してあげたのだからねぇっ!!じゃあ私も、これでも忙しい身でね、君たちみたいな搾りかすの相手をいつまでもしてあげられないんだよ。とりあえず君たちは本能の赴くまま帝国か王国かエルフ国であるオウルデストウッドかを適当に蹂躙してくるように。これは命令である」
そんな言葉を吐きつけた後、神と名乗る人間は部屋から出て行き、そこで俺の記憶は途切れた。
次に意識を取り戻した時、俺はスライムの様な半透明であり、変幻自在姿形を変化させることが出来る身体へと変わっていた。
辺りを見渡せば他の元仲間たちは既におらず、透明となった俺だけがこの部屋にいた。
そしてこれからの行動をどうしようかと考えたその時、耐えがたい苦痛と共に神と名乗る人間が去り際に放った言葉が頭の中で聞こえてくる。
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