猛毒
「ちゃんとご飯は食べてますの?目で見て分かるくらい痩せているではありませんか」
わたくしが檻の隅で膝を抱えて座っているリカルドへ話しかけるとリカルドはゆっくりとこちらを向き虚ろな目を向けて来る。
「俺に話しかけてくれるのか?奴隷よりも下の存在と成り果て、人間ではない俺に」
「あら、意外と元気そうで何よりですわ」
初めは無視されるかとも思っていたのだが返事をしてくれるのならばそれに越した事はない。
「貴族でなければ人間じゃないと?」
「………それはお前が一番知っているだろう」
わたくしの問いかけに一瞬ではあるもののリカルドは逡巡し、しかし諦めた様につぶやく。
当たり前だ。
肩書きが変わっただけで本人そのものが犬や猫等に変わった訳ではないのだ。
今日から人間ではありませんと言われて簡単に納得出来るものではないであろう。
だからわたくしは言葉を続ける。
「わたくし、思いますの」
「何をだ?」
「果たして人間というものは貴族だけ、その方の肩書きだけで決まるものなのでしょうか?と。だってリカルド、貴方は多少痩せたという変化こそあれど何も変わっていないわ。幼き頃のわたくしと遊んだ記憶も、本当は貴族では無くなった自分を知人に見られたく無いでしょうにこうしてわたくしの側まで来て話してくれる優しさがあるところも、何も変わっておりませんわ」
「………」
リカルドは割って入る事もせず黙ってわたくしの話を聞く。
わたくしに向けられたその瞳は母親に助けを求める幼子の様である。
「だからわたくしは思いますの。貴族などという肩書きは着飾る衣服の様なものであると。服を脱げばみんな同じですわ。貴族も平民も奴隷も犯罪者も。ただ着ている服が違うだけでみんな同じ人間だと、わたくしは思いますの。貴方もよ、リカルド」
「………フラン」
「リカルド、わたくしの奴隷となりなさい。貴方から犯罪者という服を脱がせてあげるわ」
「………っ、あ、ありがとう……フラン、変わらずこの俺を、犯罪者まで堕ちた俺を人間として見てくれて、ありがとうっ!」
そう優しくリカルドへ話しかける。
その言葉は今のリカルドにとって猛毒であろう。
その毒はリカルドを瞬く間に侵食して行き、彼の価値観を一気に破壊して再構築されていく。
貴族である、それもリカルドと同じ公爵家であるわたくしだからこそその毒は即効性が高く解毒するには余りにも効きすぎてもはや手遅れであろう。
目の前に出された蜘蛛の糸に迷う事なく飛び付き、嗚咽こそ我慢しているが泣いて喜び何も躊躇いも見せる事なくわたくしの奴隷となる事をリカルドは誓う。
ゲームでは、これが平民でありシャルロッテの役であったからこそリカルドは元公爵家というプライドが邪魔をしてその毒は効き辛かったのであろう。
だからこそリカルドの心を開く為に平民として長い期間働く体験とシャルロッテの献身的な看病が必要だったのである。
そしてこの事からも分かる通り結局の所リカルドはプライドが邪魔していただけで初めから人間だと言って欲しかった、人間だと認めて貰いたかったのである。
今回、わたくしはそこに付け込んだ。
まだ完璧に信用している訳では無い為そのままゲームの様に平民として野に放つのは余りにも危険すぎると判断し奴隷になって貰うのだが、これでリカルドが主となるわたくしの死亡エンドは九十九パーセントその根本をぶち壊したと思って良いだろう。
しかもその根本はわたくしの手の中に落ちた。
ゲーム通りであればシャルロッテがリカルドの所へ向かうのは翌日。
リカルドが居なくなった牢屋を見てせいぜい歯軋りでもしていれば良いのですわっ!
オーホッホッホッホッホッ!笑いが止まりません事よぉーっ!
運命など恐るるに足らずですわっ!
◆
などと思っていたわたくしを殴りたい。
あの時は作戦が上手く行きすぎて調子に乗ってました。はい。
しかし、しかしですよ?神様。
幾ら何でも春の遠足で同乗する馬車のグループが何故わたくしのお友達であるミシェルとリリアナではなくノア様とレオ、そして駄目押しのシャルロッテと同じ馬車だというのはいささかやり過ぎなのではございませんか?
わたくしゲームでこの様なイベントがあったなどという記憶は一切ございませんが、これはいわゆる職権濫用にあたるのではないか?と断固抗議させて頂きたいですわっ!!
といくら心の中で神に対して呪詛を呟いても決まったものは決まったままであり変わる事などない。
しかもこれの酷い所はこの時に決まった馬車同乗するメンバーを主として行動しなければならないという所である。
遠足なのに修学旅行のルールを持ち込み、無理矢理無いはずのイベントをぶっ込んで来るなど、そんな職権濫用の力技にわたくしは決して屈したりは致しませんわ。と意気込みながらもこの様な最悪の結果を迎えた原因をわたくしは思い返す。
事の発端はレオの野郎である。
確かにわたくしも、わたくしの作戦が面白いくらい上手く行きすぎて多少舞い上がってしまい警戒心が緩んでしまった事は否めないのだが、それでも誰が悪いといえばレオの野郎でありわたくしは全くもって悪くない。
誤字脱字報告ありがとうございますっ!
いつも非常に助かっておりますっ!
仕事から帰ってからの記憶がございません。
爆睡しておりました。
びっくりですが何とか更新出来て良かったです。




