純潔
そしてガマガエルはその脂ぎった醜い顔に欲情を隠すそぶりもせず浮かべながらわたくしをベッドに倒してその上へ覆いかぶさって行く。
生き延びる為ならばわたくしの純潔など捨てる覚悟はとうに出来ているしこのガマガエルに犯される事も厭わないのだが、それでも嫌なモノは嫌である為早く終わってくんないかしらと思いながら心を意識の外へと追いやって行く。
あぁ、でもやっぱり……もう無理な事ぐらい分かっているつもりでも初めては好きな人と、などという当たり前の幸せを願ってしまう。
わたくしにそのあたり前の幸せなど夢のまた夢であるにも関わらず。
それでもわたくしは生きたいとあの日決意したのである。
それこそ前世の知識や経験、更にはこの様な時の手管なども使えるのならば使う。
むしろ今回の作戦であるがガマガエルを釣り上げる為に前世の男性部分の感情、男性が喜ぶ女性の仕草やシュチュエーションなどを使いまくった。
そう思えば前世が男であった意義もあったという事であろう。
◆
私は今人生で一番焦っていた。
フランお嬢様は自分を大切にしない節がある。
どうせ今回の作戦も自らの純潔を使い時間を稼ぐつもりであろう。
「急げっ、急げっ、急げっ!」
そこまで考えると私は自然と自らの焦りが口に出てしまう。
あの日、フランお嬢様の身体を私は傷物にしてしまった。
幸い服で隠せる箇所であったのが不幸中の幸いであったのだが、だからといってその傷が消える事は無い。
もうこれ以上お嬢様を傷物になんかさせやしない。
私の焦りに呼応する様に一つ、また一つと黒い木に火が灯って行く。
本当にこの黒い木に火を灯すだけで良いのかと疑問に思うが、あの叡智に長けたフランお嬢様である。
フランお嬢様の言う事に間違いはない。
そう思いながら私は約一カ月前の事を思い返す。
「このジュレミアという男を徹底的に調べなさい」
フランお嬢様は家族の目を盗み調べていたのであろう。
誰の協力も得ず、かと言って家族に知られる訳にはいかない為他人に協力を仰ぐ事も出来ず、おそらく家族を反面教師にしながら一人で戦っていたのであろう。
今その事を思っても未だに胸が苦しくなる。
そんなフランお嬢様のこの一言でウルとメイが日替わりで交代しながら徹底的に、帝都の奴隷界を牛耳る奴隷商人ジュレミアを約一週間足らずで調べ上げて来た。
その手腕たるや流石フランお嬢様の奴隷である。
そして調査の結果は真っ黒であった。
奴隷を違法に集め貴族の面々に水面下で売りつけ、表向きは真っ当な奴隷商を演じている。
そしてそれだけではなく集めた奴隷をジュレミア自らが、溜まった鬱憤の憂さ晴らしに暴行を加え動かなくなると別の奴隷に近くの川へ捨てて来るように命じるのである。
はっきり言ってコイツは人間じゃない。
今すぐにでも殺してやりたくなる気持ちをグッと堪える。
自らの内で暴れ回る怒りの感情を抑える事が出来たのはフランお嬢様が冷静だからである。
このクズを完膚なきまでに叩き潰すには今感情に流されて行動に移してはいけない、とフランお嬢様は態度で示してくれる。
本当はフランお嬢様が一番キツイはずにも関わらず。
しかし、私もただ黙って見ているわけではない。
ジュレミアによって変わり果て捨てられた奴隷を川から拾って来てはフランお嬢様の元へと運び出す。
それが私の日課となった。
捨てられた奴隷を拾い上げフランお嬢様の元へ持って行くと、白魔術を覚えたばかりであるとは到底思えない高位の魔術により、見るも無残なその姿は綺麗な身体へと回復して行く。
ちなみに今までフランお嬢様が白魔術を覚えなかったのは家族に知られると厄介であるというのと、高等部へ上がる時体力測定と共に魔術測定もする為であると推測出来る。
だからあの時フランお嬢様は、まだ自らの傷を癒す程の白魔術を覚えていなかったのである。
そんなこんなでフランお嬢様に治して頂いた奴隷は最終的に四人にもなった。
それは即ちフランお嬢様の仲間が四人増えたという事であるが、家族にバレてはいけない為普段はフランお嬢様のお金で購入した帝国の外れにある一軒家で過ごしながらフランお嬢様が考えた言語に、ソロバンという計算器具を使った計算方法、そして魔術により戦うすべを叩き込まれている。
そして一カ月もせず最初に救出された奴隷と私は帝国宮廷魔術師に匹敵する程の実力を身に付けていた。
それこそ、あの時フランお嬢様を傷跡が残らない様治せるレベルである。
それと共に私達は街で買い漁った薪用の乾いた木材を買い集めお嬢様曰く『炭』という物の制作に着手し、それが出来上がったのが昨日である。
そしてその炭の完成と共についにジュレミアの粛清に着手する。
今フランお嬢様とジュレミアがいる部屋の隙間という隙間を氷の魔術で埋め尽くし、密封する。
ただ一箇所、炭を燃やすスペースを除いて。
ちなみに炭があるスペースも炭が燃えた時点でジュレミアがいる部屋へと繋げている筒以外は密封している。
そして、炭に火をつけてから約一時後に作戦が上手くいった合図であるノック三回が隣の部屋から聞こえて来たのであった。
◆
あ、危なかった。
あと数秒遅れていたらわたくしの純潔は散っていたであろう。
ジュレミアというガマガエルが床へ倒れるのを見てわたくしははだけた服を着直す。
正直言えばこのガマガエルに触られた箇所、舐められた箇所を今すぐに洗い流したいのだが今はぐっと堪える。
床に倒れたガマガエルを見ると虚ろな目でわたくしを見つめて来る。
今このガマガエルはさぞかし気持ちが悪く凄まじい吐き気に襲われ、更に動きたくても身体が言う事を聞かず恐怖でどうにかなりそうであろう。
そんなガマガエルに近づき、しゃがみ込むとわたくしはガマガエルの耳元で囁く。
「焦らすのが好きみたいでわたくしの純潔は助かりましたわ………楽に死ねるとは思わない事ね、ガマガエル」
そしてガマガエルは絶望と恐怖、そして怒りに染まった表情で意識を手放すのであった。




