モンクの叫び
世界には不思議がある。
「なんですか~?これ?」
「これは魔導品ですよ、トーコ様。っていうか、あなた知ってるでしょ。あと大事に扱ってください」
魔術という概念。それが人に宿っているということ。その事が在り来たりと思えるが、生物以外にも単なる物体がその力を秘めている事がある。自然現象やら運命という概念に与えるようなこと。
意思を持たず複雑なものを絡めない物体が、魔術を発するというのはシンプルかつ強大であった。
「倉庫の整理ですけど~。アッシ社長、集めすぎですよ~。いっぱ~い。売ったらどうですか~?魔導品であることを教えなければ、引き取り手はあるかもですよ~。100円くらいで~」
「なかなか痛いことを言いますね。トーコ様なのに正論です。フリーマーケットにでも出しますか、最近はネットでもできます。あと、最後の言葉は聞かなかった事にします。魔導品はその数万倍の値なんですから」
人間は気付くこともあれば、気付かないこともある。
アッシ社長とトーコ様は気付く側。
倉庫の中にあったいくつかの魔導品を、フリーマーケットに出してみた。
「このデカくて良く分からないの絵画から出してくださ~い。芸術はトーコ様には関係ないので~す」
「あ、これは”モンクの叫び”ですか。危険なんで飾るの止めてましたよ」
そーして、その絵画は人間の世界に転がった。
とんでもない災厄を抱えた絵画が突然に、
◇ ◇
”文句が無くなる絵画”
そーいう魔術が掛けられた魔導品。
正当な持ち主に働きかける代物である。
絵画のデザインは、禍々しい背景の中央で人の顔が赤く、頬を抑えつけているとこ。ムンクの叫びの亜種みたいなものだった。出来損ないな、贋作とも言える。しかし、
『これほどの作品がなぜ世に出回らなかったのか、分かりませんよ!およそ、500年前に作られた作品でしょうな!』
『少なくとも、200万の価値はあります!』
そんな代物を2万円で手に入れた。飾るにしても、ちっとデカイのが難点。騙されているかもしれんが、数人の画商は買い取りたいと願った。ひとまず飾ってからにする。
この絵画には、何かを感じたからすぐに手放したくなかった。
ブイイイイィィィ
絵画の持ち主は傲慢かつ華やか。
自慢のスポーツカーで一般道をぶっちぎる。他人とは違うと見せ付けるような、運転と車の姿であった。普通車との違いを見せ付けるほどの速度。もうすぐ、高速道路に入る。不思議と何もなく。ラッキーなくらいに、信号待ちはなかった。
ブオオオォォォッ
ドライブはいい。爽快で、色んなところを見て周れる。昼間なら自然、夜なら夜景だ。
さらに速く、抜き去っていくことがいい。
酒、タバコを嗜むには一番良い時だ。(注:飲酒運転も脇見運転もダメ絶対)
MAX180キロまでぶっちぎって、それなりに満足してから近くの飯屋を探す。
キーーーーッ
「ラーメンで良いか。チャーシュー麺」
あー、腹減った。
客はそれなりに居やがるな。まぁいいか。座れるんだろう。
トルゥトルゥ
「いらっしゃい」
「生とチャーシュー麺」
お冷も待たず、メニューを見ず。座る間もなく。自動ドアが開いて入れば、誰が何しようとデカイ声で注文。飲食店のルールなんてしったこっちゃねぇと、電子タバコを吹かす。禁煙の文字はどこにもない。
「ふーっ……」
あー、早くできねぇかな。
「お待ち!生とチャーシュー麺」
「お。早いな」
頼んで1分?すぐに食べたいって時に上手くきた。手抜きかと、店のそれを感じたが。
ズルルルルル
うまっ。俺の好きな味噌ラーメン。この太麺も俺の好みにあってらぁ。チャーシューの重厚もいい。ビールにも合う、良いラーメンだ。
「ぎゃはははは、風香ちゃん!それサイコー!」
「でしょでしょ!琢くんに合うと思ったんだーー!」
うぜっ。デケェ声出す客。
食事中にうぜぇ。黙ってくんねぇかな。
注意すっか。
「………………」
「………………」
そうそう。なんか急にスマホ始めたが。それでいいんだよ。テメェ等は。黙ってろ。
「ごちそうさん」
「毎度ーー」
パシャッ
「?……まぁいいか」
手動の扉を開け閉めして、店を後にする。
ドライブ中もそうであったが、生ビールを飲んでいる。警察に見つかると面倒だが、自宅まで数十キロ。車以外でどー帰れという。見つからなきゃいいの気持ちで、飲酒運転をして帰路につく。
◇ ◇
『現在、○×駅での人身事故の影響で△◇線に2時間ほどの遅れが出ております』
それからというもの。
「人身事故かよ」
ぶちまけたい気持ちがある度に、何か分からないが。
『臨時バスを出しております。そちらのご利用を願います』
「お?俺の行きたいところに直行するのがあんのか。ラッキー。遅れるけど」
どうにかなってしまう事が起きる。それは当たり前である。そー思えるというより、そーだろうって感じになる。周囲がそーやって動いていく。
ツイているって感じ。
何かが起きてても、何かで取り返してくる。
スパァ~~~
「なんか分からんが良いな」
不平、不満。
それらが出そうな時に、封される世界。満たされているとは違うが、上手くいっている。パチンコも競馬も、最近は負けてねぇ。
仕事だって、トラブルなく思い通りにいっている。
「おっと、酒が切れてたんだなぁ。帰りに買っておかねぇと。飯飯」
酒の量もタバコの量も増えてきている。その快感よりも上回る幸運がやってきている。
誰にも止められない。だが、1人だけいる。
「いらっしゃーい」
「牛丼、大盛り。とん汁だ」
カウンター席に座るまでもなく注文。
スマホでニュースをチェック……。もうすぐ来る。もうすぐ来る。
イライライライラ
「おい!まだ来ないのか!牛丼!!」
それは突然、起こったことだった。頼めばすぐに来たものが来なくなった。そう感じたのは本人だけであるが、周りからすれば不可思議な事であった。
「え?」
「牛丼!大盛り!!とん汁っつったろ!!持ってこれねぇのか!」
頼まれて数秒で、吐き出したこと。似非の幸運を体験し続けた事で、常人とはまったくかけ離れた感覚を持ってしまい、些細にしては辻褄の合わない事に苛立ちを吐いていた。
「俺はいつも来てるだろーが!わかんねぇのか!?」
毎日というわけではないが、常連というくらいだ。
少しはサービスしろと、さらにつきつける。この牛丼屋に
「?……あの、ここ。マクドナルドですけど?」
「あ?何言ってんだ!?」
本人はいつも通っている牛丼屋であると、思っていた。だが、自分の感覚と認識がまったく違っていると思わせるほどの出来事。
「ご、ご注文されてから席にお座りください。はい」
牛丼屋の店員が、いつの間にか。
なんの違和感もなく、マクドナルドの店員をしていた。
「あ!?いつマクドナルドになってんだ!?」
「ちょっとなんだあの客?いきなり声あげて」
「マクドナルド来て、牛丼ってなにー?」
「昼間から酔ってんのか?」
「馬鹿なんじゃないの?」
「!…………っ……」
周囲の反応が、彼を嘲笑っていた。そして、やってくるのは強烈な恥。顔を真っ赤にして店を飛び出し、確認する。確かに入ったのはいつもの牛丼屋であった。この店以外はいつもの光景であった。それなのに、
「ま、ま、マクドナルドに変わってる!?」
ふざけんな!昼飯は牛丼だろうが!?なんでハンバーガー屋になってんだ、ゴラァッ!?
理解できないこと。自分以外が何も気付かず、何も思わずにいる。
そこで冷静でいられるかどうか。基本、不可。一度した快感を切り離すというのは大人であろうと、難しいものだ。それでも世界は1人で回っていく。
「電車来るの遅ぇな。会社に遅刻するぅぅ。クソ上司に説教されるかも。通勤かったりぃ。ん?」
ピルルルルル
「げっ……。クソ上司……ちっ、なんすか?」
『おお。実はな、今度会社が移転する事になってな』
「はっ」
『そこがなんとお前の家の向かいなんだってよ!良かったな!羨ましいぞ。徒歩1分だなんて。これで遅刻なんかしないなぁ』
「はああぁぁっ!?」
あり得ないと言えるほど。口にする文句が消えていく。
同時に小さな不幸を大きく感じ、至る所にある幸福を感じ辛くなる。
ブウウウウゥゥゥン
趣味のドライブもスカッとしない。なんなんだ一体と、言いたい。
道は空いている。飛ばすにはサイコー。リミッター外して200キロ行くかって?
「どーいう事だ……」
ありえない事だ。
「なんで首都高が一本道になってんだーーーー!?」
ドライブしてくださいと、日本が甘く見積もっていた未来の変化が今、変わっていた。驚くべき変化であるのに、運転する自分以外誰も気付かない。気づけない。この異常。
「どーなってんだーーー!?」
”モンクの叫び”
持ち主にある文句を解消、破棄してくれる能力を持つ。それは世界規模、事象規模、過去改変にまで及ぶほどであるが、持ち主だけはその変化を認識できる。
持ち主の文句が強いほど、その力は大きくなっていくが、持ち主には文句より大きな恥や罪悪感を受ける。扱いを誤ると持ち主はまったく別とも言える世界に行ってしまうほどである。