その9
やはり美人と付き合うというのは気が気ではない部分があって、どうしてもちょっと目を離すと誰かに声を掛けられているのではないかという心配が付き纏う。
だから僕は実家まで全力疾走で帰ると、居合わせた母親との対話も早々に喪服に着替え、再び彼女の元へと走り出した。
「今日は泊まっていくの?」
慌しく着替えては着ていた服をその辺に散乱させて、そのまま急いで玄関まで行くと、今度は下駄箱から革靴を見つけ出して履き始める僕を呆然と見ていた母親が言った言葉だ。
(冗談じゃない。めぐるさんも一緒に来ているんだ。実家になんて泊まれる訳がない)
「ううん、葬式が終ったら直ぐ帰るよ。あっちでも用事があるんだ」
めぐるさんの待つコンビニへと全力疾走をしながら、その時の母親の『そう…』と呟いた寂し気な表情が僕の中で引っ掛かっていた。
親に嘘を付いて隠している彼女・めぐるさん。
しかし当のめぐるさんはウチの親に会ってもいい様な素振りだった。
つまりこの二人の関係が交わらない様に分断しているのは僕だ。
(僕が年下だから?)
走りながら自問自答を繰り返す。
彼女が美人だから? 彼女が年上だから? 彼女がどれ位本気で僕を好きなのか分からないから?
結局はそれらは僕が傷付かない為の疑問だった。
年上の彼女は遊び感覚で僕と付き合っているのかも知れない。
そんな彼女にウチの家庭を荒らされたくない。別れた後の僕の損害を幾らかでも減らしておきたい。そんな考えだ。
そもそも僕自身、彼女のその美しい容貌から付き合う事を決めたのだ。
だから僕は彼女と付き合って、見た目だけではなくその人柄等も知るうちにどんどん本当に好きになって来ていたとしても、心の何処かではそれを冷静に受け止めなければと思っている。
お互いに好き合って付き合い始めたというのとは、何処か違うと思えるからだ。
付き合い始めた時からいつか別れるんだろうなと想像してしまう関係。
それは多分、お互いに遊び感覚からの付き合いだと思う方が後のショックが和らげられるに違いないと思っている僕のズルい考え。
そしてそれなのに彼女が誰かに取られやしないかと心配して、今こうやって全力で彼女の元へと向かっている現実の僕。
矛盾してはいないか?
ハァハァと息を切らして走りながら僕は、そんな考えてもしょうがない事をグルグルとひたすら考えていた。
で、結論である。
彼女は棒のアイスを二本買ってコンビニの駐車場に立っていた。
「溶けて来ちゃったよ」
そんな彼女の言葉を聞きながら、果たしてめぐるさんは何時からアイスを買って此処で待っていたのであろうか等と考えを巡らす。
「あ、ホントだ」
言いながら僕は受け取ったアイスの袋を破ると、溶けかかっている所からアイスを一舐めした。
見ると彼女の方も溶けかかっているアイスを慌てて溶けている所から順に忙しそうに舐めている。
その姿を見ているとまるで子供みたいで、年上だなどという所は微塵も感じさせない。
「先に食べてれば良かったのに」
そんな彼女の忙しいそうな姿を見ていると、思わず楽しい気分になって僕は笑いながら彼女にそう言った。
「だって一人で食べてても楽しくないでしょ。ちょっと位溶けてて慌てて食べても、やっぱり二人で食べる方が楽しいもん」
(ああ、そうなんだ)
僕は微笑みながら彼女のその時の笑顔と言葉を噛み締める。
僕はもしかしたら僕だけの考えで色々考えていたのかも知れない。
僕の考えていた彼女と、彼女自身は違うのだ。
実は彼女は僕が考えている以上に僕の事を考えているのかも知れない。
それに対して僕はどうだろうか?
僕はそっと彼女の空いている方の手に自分の手を重ねた。
そしてギュッと握る。
「食べながらゆっくり歩こうか」
繋がれた手を軽く持ち上げて一振りしながら、その言葉に彼女は微笑んだ。
「うん♪」
つづく
実は予想以上に展開が遅く、書いている本人も困っているのですが、それでも変わらず読んで下さる皆様、有難うございます~♪