その4
立ち上がると僕は座席の上の荷台から、僕のデイパックと彼女のトートバッグを片手ずつに持ち、車内の中央通路を出口に向かい歩き出した。
「よしよし♪」
直ぐ後ろから、彼女の分の荷物も持った事にご満悦なのか、めぐるさんの機嫌の良さそうな声がする。
僕は通路を電車の接続部の所で右に曲がると、開かれた出口、つまりは境界線を飛び越してホームへと降り立った。
眼前に広がるのは見慣れたホームと周辺の景色。
それらは僕が此処を出て行った日から何一つとして変わってはいなかった。
まあ、考えてみれば当たり前の事だ。僕が去ってから半年とちょっと位しか実際経ってはいない訳なのだから。
「んっん~! ここが太郎君の生まれ故郷か~」
窮屈な所で寝ていたからか、彼女は僕の横で大きく伸びをするとそう言ってこちらを向いた。
「そう。途中の田んぼばかりの景色もそうだけれど、本当に何もないでしょ。だから東京育ちのめぐるさんには詰まらないだろうと思って、誘わなかったの」
どうにも自分の故郷を人に見せるというのは乗り気がしない。世の中には自分の故郷や田舎なんてものにプライドを持っている人も数多くいるが、僕はどちらかというとその逆だった。自分に自信がない様に、故郷にも自信がなかった。穏やかな生活と自然に恵まれた町は、せいぜい僕を優しい人柄には育ててくれたかとは思うけれど、でもそれだけだ。身長も170センチには少し足りず、見た目も顔立ちも、良くもなければ悪くもないといった、無個性でごく一般的な僕に、果たしてどうして自信等が付くものであろうか? だから…謎なのである。
何故めぐるさんは僕なんかを選んだのか?
彼女はちゃんとした答えを僕に示した事はなく、せいぜい『見た目が優しそうだったから』などというありきたりな言葉でいつも誤魔化している。
だから僕は何処かで彼女を信じきれていなくて、付き合い始めた今でも、その体に触れても良いものかと思案する有様だ。
きっとめぐるさんは勘違いしている。
僕が彼女に優しいとすれば、それは彼女への不安感が僕に優しくさせているのだ。
付き合った途端から始まった去って行く彼女への不安によって。
「どうしたのずっと見て? あっ! 寝てたから~顔に涎でも付いてる?」
彼女の顔を見ながらつい考え事をしていた僕に、彼女は勘違いしてはそう言っては、慌てて手の甲で口の辺り拭き始めた。
その姿が可愛くて、僕は思わずそれまで考えていた事なども忘れて微笑みながら口を開く。
「何にも付いてないよ」
「へっそうなの? じゃあなんで?」
「ごめん。考え事してた」
「もしかして、死んだお友達の事?」
その言葉に咄嗟に質問してくるめぐるさん。しかし見当違いなので僕はまたも笑いそうになる。
「まさか。めぐるさんの顔を見ながら違う女の子の事なんか考えたりしないよ」
「あ、そうか、それもそうだよね。でも太郎君、これからお葬式に行くのに、死んだ子の事悲しんでいる様にも見えないね」
今度の彼女の言葉は見当違いでもなんでもなく、見事に大当りだった。
確かに僕は溝口ゆきちゃんの死を、たいして悲しんではいなかった。
前にも触れたが、僕は彼女とキスこそはしたものの、それ程親しくはなかったのだ…
つづく
読んで頂いて有難うございます。