その13
「ちょ、ちょっと」
僕は友樹の話を制止させると、何やら得体の知れない寒気を感じて、軽く身震いをしてから再度口を開いた。
「祠って何の話だよ。あの電車から見える田んぼの真ん中にある小山か? あそこなら確かにみんなで行こうって話にはなったけれど、結局は誰も行かなかったじゃないか。それにゆきちゃんが病気かなんかだったみたいな事言っているけれど、俺はそんな話聞いた事もないぞ。アイツはいつも元気で、ウチらの班では一番活発に動き回っていたじゃないか。お前、誰か違う人の話と混同していないか?」
言いながら僕は、自分の心が不安定になって行くのを感じた。
僕は当時ゆきちゃんの事を可愛いと思っていたし、好感も持っていたけれど、でもそれだけだった。
寧ろ僕が彼女を意識し始めたのはあの突然のキスから後の事だ。
あのキスから後、僕は何気に彼女の姿を追う様になった。
しかし彼女の態度の方は、キスをする前と後でも変わる事はなかった。
それまでと変わらない同じ班の友達の一人といった対応は、学年が上がり進級して行くに連れどんどん疎遠へとなって行く。
(中学の廊下で見かけた彼女の背中を眺める僕の視線にゆきちゃんは、気付く事もなかったじゃないか…)
そんな寂しい現実が僕の心をギュッと締め付けるのは、僕の味わった現実が心と体に経験した過去として残っているからだ。
だから僕は友樹の言葉に一瞬自信を失くし不安に思った自分の記憶を一蹴しては、力強く再度智樹に向かって口を開いた。
「やっぱりお前が勘違いしているんだよ。俺は中学あたりから殆どゆきちゃんと話してさえしていない。だからその後の彼女の事は何も知らないんだぜ。それこそ高校の時の顔すら知らない」
「お前、やっぱり変わったな…」
僕の言葉にそう返す友樹の表情があまりにも寂しそうだったので、僕は思わず「えっ」と、声を漏らした。
「俺達から言わせれば、お前らが行方不明になって、あの祠の側で発見されてからのお前の方がおかしい様に思うよ。あの後病院から退院して来たゆきに対しても、お前は何も口を利こうとしなかったもんな。それまでの熱が一遍に冷めたみたいに。だからゆきからも話しかけられなかったんじゃないのか。まぁ、二人の問題だと思ったから、俺達は当時その事には触れない様にしていたけれど…でも正直に言わせて貰えば、あの日からお前はちょっとおかしいぜ。まるで記憶喪失にでもなったみたいだ。ゆきだけじゃなくて俺達班の連中ともあの後はあまり遊ばなくなったもんな」
「記憶喪失?」
「ああ、まるで一番大切な子供時代の思い出を丸々失った様さ。そうじゃなきゃ突然俺達やゆきに愛想でも尽かしたのか」
「記憶はある。ちゃんと全て憶えてる」
口悪く言う友樹に僕は強く反論した。
何故ならばあの時のゆきちゃんのキスが、当時の僕の記憶を忘れさせないからだ。
今日だって此処へ向かう途中の電車の中ですら思い出していたんだ。そんな強烈な記憶を、少なくとも当事者の僕が忘れる筈がない。
「じゃあ、俺が勘違いしてるのかもな。まぁいいさ。地元で会えば話とかもしていたけれど、元々高校からは別々の道を歩んでいる訳だし、お前は進学して東京の大学だしな。誤魔化したい事もあるのかも知れないし」
「誤魔化すって!」
友樹は何やらまたも変に勘違いしているようで、だから僕は思わず此処がトイレだという事も忘れて大きな声を出す。そして室内に響き渡る僕の声。
「おい、そんな大きな声を出したら流石に外に聞こえるぞ」
友樹は僕の言葉にそう答えると、もう話す事もないと感じたのか、僕に背中を向ける様にしてトイレの扉へ向かって歩き出した。そして取っ手を掴む。
頭のこん絡がった僕の方も、もう友樹とは話す気は失せていたので、ただそれを見送る。
後は友樹が扉を開けば、果たしてこのどちらの記憶が正しのでショーも幕を閉じるのだが、そこでフッと友樹は取っ手を持つ手を離すと、僕の方に顔を向けて最後に一言口を開いたのだった。
「お前最近のゆきの顔すら知らないって言ったよな。じゃあせめて、遺影だけでもちゃんと見てってやれよな」
何なんだコイツは?
そんな事は礼儀として当たり前じゃないか。
寧ろそんな事を言うなんて、お前の方がゆきちゃんの事を好きだったんじゃないのか。
当たり前の事をわざわざ言われた事と、その前の対話も相まって、僕はこんな風に腹を立てると、少しばかりきつい口調で友樹に答えた。
「分かってるよ」
つづく
いつも読んで下さる皆様、有難うございます。