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めぐるゆき  作者: 孤独堂
12/18

その12

 幾らなんでもそんな筈はない。

もう随分と前になるのに、思い返せば今でも鮮明に思い出せるあの光景は…『ねえ太郎君、キスしてみようか?』、確かに彼女はそう言って、僕の唇に自分の唇を重ねて来たのだ。

 それは当然の事だけれど、僕にとってはファーストキス。

 だからなのか。今でも鮮明に覚えているのは?


「無理矢理なんてやってない! 見ていたんなら分かるだろ。あのキスはゆきちゃんの方からして来て」


 僕は鮮明に今も蘇るあの時の記憶には自信を持っていた。

 だから友樹の誤った話に思わず大きな声で反論してしまった訳なのだが、それはあまりにも状況を無視した行動だったのかも知れない。


「ゴホン」


 後ろの受付から聞こえる咳払い。

 親族の人からしたら僕の話は死者に対してデリカシーに欠けるものだったのかも知れない。

 冷ややかな視線を感じる後ろを振り返る事など到底出来ない僕は、そのまま目の前の友樹の腕を掴むと、告別式会場の脇にある通路に、トイレのマークを見つけてはそちらへと早足で向かった。


「お、おい、トイレなら俺は済んでるぞ」


 道中訳の分からない事を言う友樹。

 しかしそんな事は僕にはどうでも良かった。僕はただあの場所でこの話を蒸し返す事にはなんとなく気まずさを感じてしまっていたのだ。

 だから友樹を連れて男性用トイレに入った途端、僕はコイツに尋ねた。


「お前らあの時何かの用事で下に下りて行ったよな。確かに俺はゆきちゃんと二人きりだった筈だ。なのにどうして見たなんて嘘を言うんだ。それも俺の方からゆきちゃんにキスを迫ったなんて嘘を。俺はあの時の事はちゃんと覚えているんだぞ」


「俺だって覚えているさ。つーかあの班の奴らはみんな覚えている」


 そう言うと友樹は、さっき『トイレなら済んでいる』と言ったばかりの筈なのに、小便器の方へと向かうとおもむろにチャックを下ろして用を足し始めた。


(なんなんだ。こいつは)


 昔からお調子者でいい加減な奴だったけれど、まさかここまで言葉に適当だったとは。僕は彼の言葉にムキになった自分が少し馬鹿らしくなって、思わず溜息をついた。


「お前がゆきちゃんの事を好きだったのはみんな知っていたからな。だからあの日、わざとみんなでお前らを二人きりにしたのさ。用事があるフリをして、階段をみんなで下りてはソロリソロリ、静かにまた上って来たのさ。案の定ゆきと二人きりになったお前は、そっちに夢中で俺達の事なんて全く気付いていなかった。あの時はみんなも興奮しちゃってたぜ。これから何が起こるんだってな。だから俺もその後の事はちゃんと覚えている」


 用を足しながら平然と話す友樹の言葉に僕は「えっ?」っと思わず声を漏らした。

 僕がゆきちゃんを好きだったという部分は兎も角、あの時のみんなの行動には思わず納得させられるものがあったからだ。あの当時のあの頃の年齢ならば、確かに僕だってそんな風に悪戯で覗き見をしたりするかも知れない。それも目撃したのは同級生のキスシーンだ。普通ならばやはり特別な記憶として頭にしっかりと残ってもおかしくはないだろう。

 しかし何故それが僕の記憶とは逆なのか?

 ちゃんと見ていたのならば、あの日観に行った映画の影響でゆきちゃんが僕にキスをしたのは明白な筈だ。なのに何故?


「覚えているのなら分かるだろ? あの日みんなで映画を観に行ったじゃないか。その中にキスシーンがあって、その影響だと思うんだ。彼女はベッドの上で遊んでいた僕にキスをして来た」


   ジッ!


 素早くチャックを上げる音。

 僕の話が終ると友樹は、チャックを閉めて小便器から遠ざかった。

 そのまま顔も見ずに洗面台へと向かうと水道の蛇口の前で手をかざし、出て来た水で手を洗う。

 それからやっと僕の方を向くと、友樹は口を開いた。


「映画は覚えているよ。行く途中、電車の中で神様の山をみんなで見たっけな。ゆきの為にみんなでいつかあの祠に御参りに行こうって約束して、でも結局お前とゆきの二人だけしか行けなかったんだ。それは流石に覚えているだろ? それぐらいお前はゆきを好きだった。そして俺達もそれを知っていた。それにそのお陰かは知らないけれど、その後ゆきの病気も回復して入院しなくて済む様になった。中学や高校へは行けなかったかも知れないのに…早すぎる死だけれど、それを考えればここまで生きて来れて、ゆき、良かったなって思うよ。だからあの日、お前がゆきに無理矢理キスをしたのも、見間違える訳がない。お前はゆきが好きで、彼女の命を延ばそうとゆきと二人でもあの小山に御参りに行ったんだからな。忘れる訳がない」


「ちょ、ちょっと」


 友樹の話に僕は思わず制止する様に声を漏らす。

 神様の山? 御参り? 何の話だ?

 祠…ここに来る途中電車から見えたあの小山の事か?


『うん、いいよ! 行こう!』


 その瞬間僕の脳内にあの当時のゆきちゃんの声が響く。

 そして僕にはそんな記憶は幾ら探してもない事に気付く。

 こいつ、何を言っているんだ。

 あの小山には、結局みんな行かなかったじゃないか。

 それにゆきちゃんの病気ってなんだよ…僕はそんな話は知らないぞ!?





           つづく

 

 

 

いつも読んで頂いて有難うございます!

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