その1
「ひゃー、本当に何もないんだね」
窓から外の田んぼばかりが流れて行く風景を眺めていた彼女は、言いながらひょいっと僕の方を向いて大袈裟に歯を見せて笑った。
「だから最初からそう言ったでしょ」
「なにその言い方? まだ拗ねてるの」
そう言うと彼女は、僕の言葉に急に詰まらなそうな顔付きになり、拗ねた表情を見せ始める。
(全く、拗ねているのはそっちじゃないか。そもそも嫌がる僕に無理矢理、『どんな所に住んでいたのか見てみたい』なんて言ってついて来た訳だから。寧ろ僕が拗ねるのは当たり前の事だし)
僕はそんな事を思いながらも、しかし彼女が現在の僕の彼女でもある訳だからと、そんな拗ねた彼女の顔を暫く眺め続けた。
彼女は僕に見られているという事を何となくは理解しているのだろう。斜め下の方を俯いて僕の顔を直視しないのは、意識しての事の様に思えた。
そんな中、地方のローカル電車の起こす振動は、隣に座る僕らの肩を揺らしてはくっ付けたり離したりしている。
彼女の名前は室町めぐる。
大学のサークルの一年先輩で、今年の夏から付き合う事になった年上美人だ。
サークルは映研。映画研究会。
今年大学に進学した僕は、大好きな映画に関するサークルとあって真っ先に入会したのだが、そこに彼女がいたのだ。
先にも述べた様に、彼女は美人だ。
一つ先輩の彼女が僕と出会う前の一年間、彼氏がいなかったというのも怪しい話だが、彼女曰く『君を待っていた』という事らしく、そしてそれがまた彼女から僕への愛の告白でもあった。
つまり現在の僕の彼女であり、今この電車の対面式のベンチシートで隣に座っている室町めぐる先輩は、彼女の方から僕に告白して来たのだ。
なんで?
実はその部分は謎である。
十人ちょっといるサークルのメンバーには八人もの男子メンバーもいるし、めぐる先輩は本当に美人なのだ。まともに考えれば一年間彼氏がいなかったなんて事は考えられない。ただ、顔立ちとは裏腹に喋ると結構男勝りと言うか、歯に衣を着せないタイプだった。だからモテなかった? というのも無理はあるのだけれども、兎に角僕は、僕の場合は、その顔立ちの美しさに一も二もなく彼女の告白を受け入れたのだった。謎の部分は後から考えれば良いと。
そして今、僕らは僕が高校まで過ごした地方の小さな町へと向かっている。
小学校の時同級生だった女の子が病死したのだ。
田舎を離れ都会の大学に通い始めた僕に、普通ならばこんな連絡は来ないのかも知れない。
しかし小中と同じ学校だった男友達の一人がわざわざ、僕の実家を訪ね、連絡先を教わってまで連絡して来たのだ。それはもう、なんとはなく行かない訳には行かなかった。
しかも実は死んだ彼女とは、小学校の時にちょっとした思い出を共有していた。
だから僕は彼女に、「お葬式に行って来るから、数日は会えないよ」と伝えた訳なのだけれども。
「じゃあ、私も行く」
と、何故か彼女も付いて来る事になったのだ。
「もう、いつまで見てるの?」
俯いて垂れ下がっていた髪の毛を手で掻き分けながら、いつの間にか彼女・室町めぐるは恥ずかしそうに僕の目を見ていた。
「目が合うまで」
兎に角付いて来てしまったものはしょうがない。
だから僕はそう言うと、彼女に向かって微笑んで見せた。
つづく
読んで頂いて有難うございます。
不定期の更新予定ですが、モチベーションが上れば早期の更新もあります。(笑)