七限目
朝のホームルームを終え、一限目の準備をしている最中に前の席から畑本が話しかけてきた。別に友達がいらないわけではないので普通に会話をしている。金曜日、昨日今日と話している。未来以外でこんなに話しているのはいつ以来だろう、もしかしたらいないかもしれない。
「おい一九十、昨日の放課後お前を見かけてたんだが、一緒にいた女子って井上さんか?」
こいつも知ってるってことは本当に有名なんだな、あの後輩は。
「あぁ、なんか話があるって言われて止められたんだよ」
「お、お、お前それって告白か?いいなー、羨ましいぜ!で答えはどう返したんだ?」
またこいつは面白い勘違いを、しかも話の展開が早い。なんで一つの台詞でそんなに飛躍できるんだよ。こいつの頭はお花畑か?
「違うよ、ちょっと相談に乗って欲しいって言われただけだ」
「そうなのか?じゃー、何相談されたんだよ?」
本当のことを言ってこいつが信じるとは思えないし。昨日の反応を見れば明らかだろう。でも下手な嘘はつけない。
「いや、本人から他の人には言わないでくれって言われてるから」
すごく不満げな顔をしていたがあきらめたらしい。あんまり巻き込みたくない話ではあるし、これ以上訊いてこないでくれ。
「そんなことより前向けよ、先生来るぞ」
少々強引だが話を切り上げた。僕はこいつに言えないことが多いな。なんだか後ろめたい気持ちが少しある。
<<昼休み>>
「おい、早川お前に用があるって」
弁当を食べようと机に広げようとした瞬間、教室の扉の方から大きな声で名前を呼ばれたので、体がビクッ!ってなった。普段から人に呼ばれるのに慣れていないのもあるが、知らないやつの声で呼ばれたことでさらに驚いてしまった。
「早川せんぱーい」
今度は聞き覚えのある声で呼ばれた。まぁ、僕のことを先輩と呼んでくるのは一人しかいないが。呼ばれた方を向いてみると井上後輩が手招きをしてこちらを見ている。教室は静寂になり、クラスメイトは僕と井上を交互に見て意外そうな顔をしていた。早くここから抜け出したい気持ちで井上の方に向かう。
「なんか用か?ここ二年生の教室なんだけど、目立つから極力来ないでくれよ」
「もー、先輩冷たいなー、そんなんだから友達がいないんですよ」
「いや、何で知ってんだよ!てかいるし」
「私は先輩の未来をずっと見てたんですよー」
「だから何だよ」
「だから断言します!先輩は今までも、これからも友達はできません!!!」
「そんな悲しい未来聞きたくねーわ!!」
なんで重要な未来のことは教えてくれないのに、どうでもいい、しかも僕を傷つける未来だけ教えてくれるんだこいつは!
「で何か用?それを言いに来たわけじゃねーだろ」
「あーそうでした、先輩!一緒にお弁当どうですか?」
「え?」
~中庭~
うちの学校には中庭があり、そこには大きな木が一本立っている。中庭のベンチはその木の方向を見る形であちこちに設置されている。そのうちの一つに座って弁当を食べることになった。
「先輩きれいですよ!桜です!」
「もう散りかけだけどな」
「なんでそう気分を落とすようなことを言うんですか」
「本当のことだろ」
こいつが一緒に弁当を食べたいと言い出した理由が分からない。いや、昨日言っていたサポートというやつをやろうとしているのだろうが、何をしたいのか、さっぱりだ。
「ところで先輩、昨日は帰ってから何してました?」
「いや、何もしてないけど」
「嘘ですね、昨日は帰ってから明日雛先輩と一緒にいたと思います」
「じゃーなんでそんな質問してきたんだよ、お前の未来予知なら全部わかってるんだろ」
そうだ、こいつには未来予知がある。だいたいの嘘は見抜かれてしまう。その点でいうとこの後輩も未来も似たようなものだ、面倒くさい。
「はい、だいたいはわかります、ですが私が分かるのは先輩の行動とその周囲の状況までです、先輩たちの言動まではわかりません」
そうなのか、だからこいつは何を話したのか訊きにわざわざ二年の教室まで僕を訪ねてきたのか。昨日未来と話したことは一旦伏せておこう。
「何も話していないよ、いつも通り普通に過ごしていただけだ」
「そうですか、先輩はまだ私のことを信用しきってはいないみたいですね」
嘘をついたのがばれたのかと思ったが、そうではないだろう。昨日の会話の雰囲気は確かに重かった、だから何か真剣な話をしたのではないかと思っているだけだ。まぁ、実際そうなんだけど。
「信用しきっていないってのはそうかもしれない、でも本当に何も話していないよ」
「わかりました、先輩を信じます」
よく信用していない相手を信じてくれるもんだ、僕なら出来ない。大体なんでこいつはこんなに協力的なんだろう?十年前に一度会った程度なのに。
「ところでお前、昨日言ってたサポートって具体的には何をするんだ?」
「そうですねー、この十年間で先輩の生活習慣は大体わかっています、そこで先輩がいつもと違う行動をとればその時点で未来が変わり、もしかしたら殺されない未来になるかもしれません、その未来を私が見るまで先輩にはいろいろ試してもらおうと考えています」
「そんなんで未来が変わるものなのか?」
「難しいかもしれませんがゼロではありません、なのでいろいろ試すんです」
「そういうものか」
「はい!なので今日は私とお弁当を食べてもらいました」
なるほど、いつも一人で弁当を教室で食べている僕に、変化を与えようとわざわざ中庭で一緒にと誘ってきたのか。
「で、今日の成果はどうだ?未来は変わったか?」
「いいえ、残念ながらダメでした、ハズレです」
「まぁ、そう上手くはいかないか」
「すみません」
「お前が謝るなよ、僕のためにやってくれたことだし」
「そこで先輩、放課後私に付き合ってください、どうせ今日も予定ないんですから」
「いや、わからないだろ!これから予定が入るかもしれないし」
「それはありません!」
断言されてしまった。未来が見えるこいつが言うなら間違いないだろうが、実際あまり知りたくなかった。もしかしたら女の子から告白されるかもしれないなんて希望も、今日に限ってはゼロになってしまった」
「先輩、その希望はどうかと……」
「?!……なんでお前、僕の考えが?もしかして、お前もテレパシーを???」
「いやいや先輩、がっつり口に出ちゃってますよ!」
「まじか!?無意識に口に」
「妄想は頭の中だけにしてください、気持ち悪い」
「言い過ぎだろ!」
「じゃ―先輩、放課後付き合って下さいね」
「いいけど、どこ行くんだ?」
「それは、放課後のお楽しみで♪」
<<放課後>>
結局、あの後輩の言った通り何も予定が入らなかった。悲しいな僕の人生。何か予定が入ればそっちを優先しようかとも思っていたが、ないものは仕方がない。
「何が仕方ないの?」
しまった、また無意識に口に出してしまったか?
「何言ってんの?いっ君、一緒に帰ろう」
なんだ未来か。ビックリしたー。
「失礼だなー」
「ごめん、今日は予定があるんだ、先帰ってて」
「わかったー」
ちなみに未来は予定に入らない。というかこいつと一緒に帰ってしまったらいつも通りで未来が変わらないので話にならない。
<<十分後>>
あの後輩も目立つので二年の教室まで来られると困る。よって待ち合わせ場所は正門とは反対側の裏門にしてもらった。
「先輩遅いです、もう一時間は待ちました!」
「嘘つけ!本当にそうならお前授業さぼってるだろ!」
「ハッハッハッ……」
「お前本当にさぼったのかよ」
「だって、数学だったんですよ!」
「いや、理由になってないから」
まじかこいつ!この後輩が有名な理由が少しわかった気がした。
「で、どこ行くんだ?」
「海と山です!」
「は?」