2 『黒騎士』
アクィエルに連れられるまま、城へと到着する。
中は、阿鼻叫喚の地獄絵図を見せられてるような光景。
彼の者に屈した騎士達の死屍累々を見て、治済は吐き気を覚えた。
「ここまでやるとは、流石ね『黒騎士』」
先程取っ組み合いをした少女の他に二名。
清々しい程の透き通った青い髪の少女と、日本人特有の漆黒の髪の少女が、『黒騎士』と呼ばれた『怪物』と対峙していた。
『――Fe……l……!GYAOOO!』
「姉様、付加魔術の準備出来ました!」
「姉貴、こっちもデカイの撃てるぜ!」
ララが青い髪の少女に合図を送る。
「――分かったわ。来なさい、化け物」
『黒騎士』が突進する。
付加魔術を受けたララは闘牛士の如く『黒騎士』の突進を身に付けたマントで受け流す。
『La…ra…GYURUU……』
「話し合いの余地すらないわね。リリィ、まだ余裕があるかしら」
「大丈夫です。しかし、まだ決めないのですか?」
「あの化け物の鎧は、特殊な素材で出来ててね。魔法攻撃は殆ど効かないわ」
「じゃあ、アタシの魔術は……」
「レレイヤ、もう少しだけ待ちなさい。必ず有効打を…」
パリン。
足元に転がっていた割れた花瓶の破片を踏み潰してしまった。
『黒騎士』がその双眸を治済に向ける。
「え……え!?何故僕を睨むの…嫌な予感が…」
『黒騎士』が、咆哮をあげ突進してくる。
「ちょ!?なんでこっちに来るの!?いやああああ!?」
「姉様!お客人が!?」
「捨て置きなさい。見せてもらおうかしら、『選ばれし者』の力とやらを」
『黒騎士』の回し蹴りが治済の脇腹に直撃する。
「ぐうぇ!?」
『――kill you……』
「僕は…また、死ぬのかな…」
蹴り飛ばされた先は、小部屋だった。
槍やら剣やら盾やら、とにかくあらゆる武具が飾られていた。
「……この鎧と剣…使えるかも…」
何故だかは分からない。
深緋に彩られた騎士甲冑と身の丈程の半剣。
どこか機械仕掛けのような出で立ちの鎧だ。
それを、治済は何故だか分からないが、戸惑うことなく手を伸ばした。
目映い光が、治済を包み込む。
≪汝、力を欲するか≫
『――そうだね。出来ればあの黒い化物を倒すだけの力を』
≪無欲な男よな≫
『いやいや、今はそれだけで十分さ。ローンは返せるからやるのであって、見込みが無いならばするべきじゃないしね』
≪親指を出せ、貴様の血を触媒にこの『魔導機装』を叩き起こす≫
『一昔前のテレビの直し方みたいな言い方だね』
≪事実コイツはロートルだからな≫
『内側で問いかける意思』が『緋月』を呼び起こす。
それは、まるで大切な者を傷つけられ、怒り狂う親のような、そんな雰囲気というか闘気を、この鎧から感じた。
≪サア、始メヨウ。反撃開始ダ≫
「……あー、なんかよく分からんけど、よろしくね」
『緋月』と名付けられた『魔導機装』が戦場に躍り出る。
治済の反撃が始まる。
「――ククク、なるほど…『適合者』を見つけたのね。リリィ、レレイヤ!下がるわよ!」
「「はい!」」
どうやら治済が鎧を着けている間に、『黒騎士』の相手をしていようだ。
そのせいか、先程より消耗しているように見受けられる。
「かかってこい!」
『ガアアアアア!』
一応両肩に半剣は背負いこんでいるが、おそらく役に立たない。
剣術なんて立派な物は習得していない。
だからこそ。
先程アクィエルから手渡された三枚のお札を取り出す。
――もし、このお札が読み通りなら。
治済目掛けて突進する『黒騎士』。
――かかった。
「――!?」
ララが初めて驚きの表情を浮かべる。
治済という青年がこの異世界に来て、まだ数時間しか経っていないはずだ。
魔術の行使はおろか、詠唱すらまともに出来ないはずだ。
「あれは…『幻影魔法』!?」
「しかも、どうやら『実体のある幻影』みたいですね。ふふ、良いネタが入りました」
リリィが驚愕の表情を、レレイヤは面白い玩具を見つけたような表情を浮かべる。
『オォォォォォォ』
地獄のそこから這い上がるような、呻き声にも似た咆哮が、治済達の戦意を削ぐ。
「……なんつーデッカイ声あげてんの!?」
「上位アンデットモンスターの固有スキル『呻く者』。直接聞いてしまうと戦意をまるごと削がれる。油断大敵よ」
「姉様!あのままではお客人が…」
『黒騎士』が再びを剣を持つ。
札は残り二枚。忠実ならば次の札は『火炎』か『放水』。
――『火炎』が来れば、間違いなくこの屋敷の中が炎に包まれるだろう。そして、先程のララの説明通りなら『火炎』程度では『黒騎士』は倒せない。
逆に『放水』であるならば、味方の被害は甚大であるが『黒騎士』を外に追い出すことは可能だ。
「――小さい頃から悪運だけは強くてね…運頼みだけど!」
二枚目のお札を高く掲げる。
地響きに似た、微弱な地震が城内を揺らす。まるで、これからとてつもなく大きな力が加わるような――。
「――リリィ!レレイヤ!アクィエル!最大魔力で防御結界を!」
『はい!』
ララの指示に一切の疑念を抱かず、詠唱を行う三人。
対軍勢魔導防衛結界。
名を『四陣結界』。
本来ならば数十人~数百人の規模で行われる結界を、たった三人で行う。
三人でも成し遂げるからこそ、このヤマト帝国でもっとも高い位にいるのだろう。
山岳の一部や森林を削りながら、それは来た。
自然災害の一種、土石流。
土砂混じりの河川が、『黒騎士』と雑多な置物を巻き込みながら、外へと吐き出される。
「――勝った……のかな?」
「いえ、まだみたいです…」
「かー、化け物じみた耐久力っすね!」
『黒騎士』は、破壊された窓枠にしがみつき、ギリギリの所で止まっていた。
「……次で決めるわよ。リリィ、最高の補助魔法を。レレイヤはそこのボンクラを連れて安全地帯へ」
「分かりました。『水の女神よ。我が呼び声に応えよ。我は望む、活路を見出だす力を!』」
「ほら、速く逃げるっすよ?」
「え、あの…」
「――力を貸しなさい、アクエリアス。居合――」
『オ……エ…ツカ……ガアアアアア!!』
「『神威天聖』」
ララの一撃が、『黒騎士』の強固な甲冑を切り裂く。
勝敗は、この瞬間に決した。
ララと『黒騎士』が同時に膝をつく。
ララが血を吐きながらも、しかし未だにその瞳には『黒騎士』を討つ執念が見えた。
『まったく、この人は…無茶ばっかりして……』
突如、『黒騎士』が語り出す。
まるで、今まで相手をしていたのは理性のない獣のようだったかのように。
『流石、私が編み出した剣技ね。動きも全く同じで驚いちゃった』
「……」
『そんなに怖い顔しないの。……そこの君、良いかな?』
「あ、はい…貴女は…」
『私は…そうね。この『黒狼』に乗っ取られた幼馴染みの保護者…みたいな感じかな』
「二重人格…?」
『んー、厳密には私の意識は『黒狼』にあって、この子が悪さをしないように抑えつけてたんだけど、悪者が私の意識を封じちゃって…それで、暴走した感じかな』
「貴女の名前は…」
『ふふ、君は…君だけは私の名前を忘れないはずだよ?だって、君にとって私は仇敵だろうから』
意味が、分からない。
治済は幼少の頃から復讐を誓うような人物は一人もいない。
だけれども。
不思議とこの女性の声に聞き覚えがある。
『出来れば逃がしてくれると後腐れがなくて、楽かな』
「逃がすと…ぐぅ…」
『あまり無理しない方がいいよ。まだ治療中なんでしょ?』
「黙りなさい…!」
『――んじゃ、悪者は退散します。……もし、追いかけるなら…』
――死ぬ気で来なさい。
不敵な笑みを口元に浮かべながら、『黒騎士』は立ち去る。
「――動かないでください」
リリィと呼ばれた少女が、治済を床に叩きつける。
――あーあ、頑張ったんだけどなぁ…。
治済の一人言は、しかし彼女達に届かない。