1 胎動
まさか自分が交通事故に遭うとは想像もしていなかった。
酔っていたのでよく覚えていないが、いつの間にか死んでいた。
そして、物語は始まる。
「――沢田治済様、あなたのこの世界での生涯はここで終わってしました」
――どうやら、気づいた時には死んでいたようだ。
「ですが、安心してください!この女神である私が、貴方の水先案内人となります。……どうしましたか?」
「え…えと、ここはどこですか?俺はどうして死んだんですか…?」
「――ここは、あなた方にとっての三途の川…治済様、あなたは酔っぱらいながらも、犬と散歩していた少女を助け、中型ダンプに跳ねられ……」
「分かりました、分かりましたから!」
中々にエグい内容をサラッと吐き出す女神様に、治済は制止をかける。
「――では、異世界に転生するための『特典』を決めてください」
「特典?どんなのがあるの?」
やはり、転成を題材とする作品では代表的なチート級の武器だろうか。
或いは、現代知識で無双と言うのも良い。
期待に胸を膨らませてると、女神が少し気まずそうに呟く。
「えと、ですね…例えば、魔剣、妖刀・村正、死剣……」
「ちょっ、ちょっと待ってよ!?どうして敵が使うような武器ばかりなの!?」
「実はですね…、英雄が使うであろう装備は他の勇者候補が持っていきまして…」
「――よし、分かった。持っていく特典は――。」
『特典』は、いらないと答えた。
なんせ、どの武器も持っていたら確実に呪われそうなレパートリーだったし、何よりも身の丈に合わぬ物はいずれ身の破滅を招くものだ。
しかし、不思議なことに女神は疑問や嘲笑を浮かべるでもなく、ただ一言。
――頑張ってね。
まるで親しい人間に向けるような笑みに、しかし治済は特に気にするまでもなく、転送できるという門へ足を踏み込んだ。
「――ここが、異世界……異世界、きたあああ!」
古代の西洋を思わせるような建物と生い茂る木々。
レンガで舗装された道を、トカゲのような生物が貨物を引っ張りながら、駆けていく。
行き交う人々も、獣耳やら人ならざる姿形をしている。
ここが治済のいた世界から遠く離れた世界と理解はした。
「……確か、迎えの者を寄越すって言ってたけど」
転送される直前、女神が迎えを送ると言っていた。
「アナタが、沢田治済かしら?」
声をかけられ、振り返る。
紅白の巫女服と、それには似つかわない厚底のブーツ、燃えるような赤髪に飾られた太陽のような髪飾り。
マジマジと、彼女を見つめる。
――何処かで、出逢った気がするのは、何故だろう。
「あ、うん…貴女は?」
「ララ。それ以上の名乗りは必要かしら?」
「わ、分かったよ。よろしくね?」
素っ気ない塩対応であるが、そもそも出逢って数分で、しかも戦時中で敵かもしれない奴に対しては真っ当な対応ではある。
ララに連れだって歩く。
「……」
「……」
「……はあ、せっかく美少女と歩いてるんだから、何か話なさいな」
「自分を美少女とか言う娘って痛いよね」
思わず本音がポロリと出てしまった。確かに、ララの容姿は美しいと思う。
だが、その美しさは何かを犠牲にしたからこそ成り立ったような、そんな美しさを感じさせた。
取っ組みあいの喧嘩が始まった。
「ララ様!緊急事態です!『狂剣』が檻を破壊、城内の騎士及びリリィ達が交戦中です」
「そう…あなた、『縮地』は使えるかしら?」
「へ?しゅくちって何?」
「チ、こんなポンコツを何で選んだのかしらね。アクィエル、このポンコツを城まで送ってちょうだい」
「畏まりました。ご武運を」
ララと名乗った少女が、電光石火の如き速さでこの場から立ち去る。
「……旅たつ前にこれを渡しておきましょう」
「これは?……三枚のお札?」
「その者が持つ魔力資質に応じて変化するマジックアイテムです。では、行きましょう。『水の眷属よ、我が道を示せ』」
「おお!?凄くファンタジーっぽい!」
「急ぎますよ、ハイ!」
馬のような生物に股がり、レンガで舗装された整地を駆け抜ける。
道中アクィエルと呼ばれていた女性が、治済へ現在の世界情勢を語ってくれた。
帝国『ヤマト』と呼ばれるこの国は、東に広がる豊かな緑地から取れる作物と、西に広がる鉱山から採取される鉱物資源で成り立っている。
絶対的な力を有する『天帝』と国民の大多数に支持を受ける『天巫』と呼ばれる巫女によって国政が行われていた。
二百年前までは、隣国ともうまくやっていたそうだが、『魔王軍』の侵略により散り散りに。
ありとあらゆる財産や人材を『魔王軍』に蹂躙尽くされた『ヤマト』に、対抗する手段がないように思われた。
「そこに現れたのが、あなた方『7人の勇者』と言うわけです。天巫は仰りました。この世界を脅かす『魔神』を打倒しうる唯一の戦力だと」
「へーすごいねー」
現在、『7人の勇者』と平行して『魔王軍』に対抗しえる戦力も一応保有している。
だが、それも決定打にかけるらしい。
「……あの、真面目に話を聞いてましたか?あと、私の愛馬に触らないでください。凶暴なんですから」
「あーうん。半分くらいかな。あとこの尻尾がいい感じのさわり心地だ…」
あまりの心地好い、触り心地に治済はウットリと情けない表情になる。
「……着きましたよ。ウンディ、御苦労様」
「あー…貴重なモフモフが…」
「ララのように言いたくはありませんが…何故このような輩が天巫に選ばれたのか、謎です」
――それは俺が聞きたいくらいですよ。
治済の独り言は、しかし誰にも気づかれずに霧散した。