ほつれた手袋
「真理に頼みがあるの!」
久々に私の部屋に入ってきた姉は、開口一番、そう切り出した。
びっくりして、思わず勉強していた手を止め、まじまじと姉を見つめる。
次に出た言葉で、私は更に固まってしまった。
「私に編み物教えてくれない?」
不器用な姉が、なぜ急に編み物を始めようとしたのか。
理由を問うと、姉は全てをさらけ出すかのように話してくれた。
姉は、半年前に彼氏ができたらしい(この事実にも、私は衝撃を受けた)。その彼氏に、クリスマスプレゼントに、手編みの手袋をあげたいと言うのだ。
「何で手編みなの? 買えばすむ話じゃないの?」
「だって手編みのほうが喜んでくれるじゃない」
「……それだけ?」
「それだけも何も、それ以外何があるのよ。……そっか、真理は彼氏できたことないから分からないのね」
会話を交わすのもしばらくぶりだというのに、軽く嫌味に聞こえ、気分は少し悪くなった。
「お姉ちゃんだって、彼氏できたの、それが初めてでしょ……」
「ま、まぁ、それはともかくとして……ほら、あなた編み物得意でしょ? だから、教えてもらったらできるかな、って」
「まぁ、得意だけど……」
お姉ちゃんにできるとは思えないよ、という言葉は寸前で飲みこんだ。
確かに、不器用な姉とは対照的に、私はそれなりに器用なほうだとは思う。手袋はないが、マフラーなら作ったことがある。
しかし、姉に教えるのは相当の労力を使う予感がしてならない。
「自分で調べてできないの?」
「真理……あなた、私の不器用さ分かってるよね? それでできると思う?」
「いや、お姉ちゃん……お姉ちゃんこそ、私が受験生なの、分かってる?」
私はもうすぐ大学受験を控えている。姉の頼みを引き受ければ、私の勉強時間がどうなるかは目に見えていた。
「それにさ、クリスマスってあと三週間もないよね? 手袋ってやっぱり時間かかりそうだし……本当にできるの?」
案の定、言葉に詰まった姉。しかし、すぐに食い下がってきた。
「分かってるけど……どうしても手袋を作りたいの。だからお願い! 教えてくれたら勉強手伝ってあげるからさ……ね?」
ついには手を合わせてまで懇願してきた。
「……分かった。いいよ、少しならね」
「本当に!?」
乗り気ではないが、ここまで頼まれてしまうと引き受けざるを得ない。私は小さくうなずく。
「やった! ありがと! じゃあ、明日からお願いね!」
満面の笑みで部屋を出て行く姉を見送ってから、私はため息をついてしまった。
次の日からは、予想通り、苦労が重なった。
「まずは基本的なことからね」
そう言って始めてみたはいいが、姉はそこからつまずいた。自分が思っていた以上に、姉は不器用だったのだ。おかげで、基本的なことで三日間を費やしてしまった。
「本当に大丈夫なの?」
「大丈夫! 基礎はもうできるから、あとはそれを使って作ればいいんでしょう? それだったらきっとできると思う」
そうは言っていたものの、実際は、やはりうまくいかなかった。
姉は、不器用な上に、がさつでもある。それを見事に発揮し、編目の大きさが全く違っても気にしなかったり、糸の後始末までも、なおざりにしようとした。
また、私も手袋を編むのは初めてだったこともあり、姉に教えながら自分も一緒に編んでいた。それがあって、私は姉から目を離すことができず、合間にやろうとしていた勉強は一切できなかったし、気づいたら深夜を回っているときもあった。
しかし、不思議と悪い気は起きなかった。
きっとそれは、姉と久々にこんなことをしたからだと思う。
小学生の頃は、毎日姉にまとわりついて、毎日相手をしてもらっていた。たくさん遊んだし、たくさんのことを教えてもらった。
しかし、中学に上がるにつれてそれらは少なくなり、姉が高校生になってからは会話も減っていた。
決してお互いを遠ざけていたわけではない。姉がアルバイトを始めたり、私が部活に打ち込んだりして、忙しくなったからだ。
最近では、私も勉強で部屋にこもることが多くなり、家の中でも顔を合わせることが少なくなった。
だから、編み物を教えながら姉と交わす会話を、私は知らず知らずのうちに楽しんでいたのだ。
五日後には片方の手袋を編み終え、クリスマスを二日後に控えた日には、もう片方も編み終えて、手袋は完成した。ところどころ、編目が粗くなっているところもあるが、なんとか手袋の形は留められている。
「本当、助かったわ! 真理のおかげね」
嬉しそうに作った手袋を見つめる姉。それを見て、私も自然と顔がほころんだ。
「ありがとう。……なんか、楽しかった」
「え?」
「いつぶりだったかな、こんなに真理と話したの。すごく懐かしかった。だから、ありがとう」
姉も、自分と同じように思ってくれていたことが、また嬉しかった。
また、こうやって姉といろいろな話をしよう。忙しいけれど、たまにはこういう時間を作ろう。
どういたしまして、と姉に答えながら、私はそう思うのだった。