真夜中な部屋での青春妄想
深夜2時だ。かれこれ2時間近く経っていたらしい。
俺の周りには、もう安全地帯は無い。生暖かい感触が俺を多い、体力を確実に奪っていく。冷たい場所はもう僅かしか残っていない。それに反比例して眠気は増すが、暑さのせいで眠りに付く事は出来ない。どうしてここまでになってしまったのか。まあ確実に自分に落ち度があるのだが、それにしたってこの仕打ちは酷すぎやしないだろうか。
遡る事12時間前、午後2時。ここから俺の運命は狂ってしまったのかもしれない。
「ヨウ君、宿題やった?」と、いきなり1通のメールが来た。同じ大学の同じ学部にいるカナデちゃんからだ。
「宿題?そんなんあったっけ?」
「スポーツ健康論だよ!!明日までレポート提出じゃなかったっけ?」
「俺、スポーツ健康論取ってないよ」
「嘘でしょ、ヨウ君取ってないの。どうしよう明日までに出さなきゃいけない筈何だよ~。これじゃ絶対間に合わないよ」
「大学に講義も来ないで遊んでばかりいるからだよ、ドンマイ」、そう俺は言ってやった。
カナデちゃんはこの大学の中ではトップクラスの美人であり、可愛い。頭も良いし運動神経も抜群の才色兼備で文武両道なスーパー人間だ。しかし、性格はまさに悪魔そのもの。
男をいとも簡単に手に取り、散々金をつぎ込ませた挙句捨て去り、自分のライバルの女性が出てきたら徹底的に潰すという恐ろしい女だ。大学の講義もろくたら出ない生粋の遊び人でもある。本来なら、こんな女性は男性女性問わず嫌われる筈なのだが何故か人を引き付けてしまう。ある意味カリスマだ。
「そんな事言わないでよヨウ君。君の事、誰よりも頼りにしてるんだからさあ」
「それは、俺の事をただ利用してるだけなんじゃないの?毎度思うんだけどさ、俺以外にもいるじゃん勉強聞ける奴。なして俺なの」
「それは、君が一番頭が良いからだよ」
「頭良ければ誰でもいいんじゃないのか」
「あっそう。ヨウ君、明日空いてる?」
「ん、明日って、土曜日か。バイトも無いし、空いてるけど」
「宿題手伝ってよ。勿論、ただでとは言わない。終わったらさ、二人でどこか遊びに行こうよ」
「え!?あ、遊びに、、かあ・・・」
「ただの遊びじゃイヤ?大人の遊びの方が・・・」
「そういう事じゃねえよ!!分かった、分かったよ手伝うよ。スポーツ健康論の奴だけなんだな?」
「おお、手伝ってくれるんだありがと。お礼はきっちりとさせてもらうからね。取りあえずスポーツ健康論だけだけど何かあったら頼むかもだから。後、明日は午後3時に○○通り集合ね」
「はいはい、大学でやるのか宿題は」
「私ん家でやろうか」
「はい?」
「大丈夫大丈夫、掃除はちゃんとしておきますから。それじゃまた明日ね。あ、因みに1人暮らしだから」と、ここでメールは終わった。彼女から、これ以上は有無を言わさない感じの終わらせ方であった。
神が降臨なされた。私はそう思った。頭が弾け飛ぶくらい浮かれていたのを覚えている。
勉強しか取柄が無く、大学内での友達は同性異性含めて皆無。バイト先でもそういう関係の人はいない。
大学の講義を真面目に受け、バイトもしっかりと働く。小川のせせらぎのように、ゆったりとした流れの中で過ごす毎日だ。
でも、実際はそんなに派手でなくてもいいから刺激が欲しかった。どこか友達と旅行をしたり、友達と馬鹿やってみたり、彼女とデートしたり・・・。それを自分は出来ないのだ、友達がいないから。
さっき散々カナデちゃんの事を"悪魔"だの"遊び人"だの悪口ばかり言っていたが、俺にとっては片手で数えられるくらい数少ない友人のうちの1人である。だから、そんな彼女に、どんな形であれ遊びに誘ってくれたのは正直とても嬉しかったのだ。
俺は明日の準備に取り掛かった。俺が持ちうる中で最高にカッコいい服を選び、鞄を用意し、明日履く靴を出して目覚まし時計もセットした。午後3時30分の事である。
お前準備するの早すぎやしないかと思う人もいるだろう。後後この時の事を思うと自分でも引くくらいだった。それくらい興奮していたと思っていただければいい。
その後は独り言をぶつぶつ喋りながら料理を作り、鼻歌を歌いながら作った物を食べ、食べ終わった後は軽快なステップを足で刻みながら洗い物。それが終わった後は、洗面台で薄っぺらい筋肉が張り付いている自分の体でイケてるポーズを取った後体を隅々まで洗って歯ブラシをした。この時点で午後9時。やることなす事おかしくなっているのは自分でも理解していた。幸い、俺は一人暮らしなのでこの痴態は誰にも晒される事は無い・・・筈だ。
このまま寝ても絶対に寝付けないと思った俺は、テレビに録画しておいたバラエティ番組を見る事にした。世界の変人を芸人がリポートするという番組で、その芸人のまあ面白い事。
絶妙なトークで俺達視聴者を笑わせ、リアクションも抜群に素晴らしい。シラケる場面はほとんど存在しない。顔はチンパンジーとゴリラを足して2で割った感じで小太り。だが、世間の人気者だ。顔がイケメンでなくとも、会話を楽しくさせたり面白い事が出来れば、俺もあんな風になれたのかもしれない。ふと、そんな事を考えながら番組を見ていた。
夜の11時。テレビも丁度終り、俺は明日の持ち物を確認した後、床にベッドを敷いて寝る事にした。平常心を保つ事を肝に銘じて電気を消した。千載一遇のチャンスだ、こんな所で失敗するようでは男では無い、必ず明日は成功させて見せよう。
「ヨウ君、やっぱり頼りになるね。いつもありがとう」
「いいよこれくらい。俺、勉強くらいしか取柄無いしさ」
「いやいや、マジで助かってるからさ、自信持ちなよ少しはさ!」
「そんな事言われてもねえ。顔もパッとしないし面白くもないし体もへにょへにょ。ただのがり勉ちゃんよ?自信持てって、そりゃ無理だよ」
「何でさ、勉強出来る事も十分凄いと思うようちは」
「勉強なんて、皆やれば出来るんだよ。周りが本気出してないだけさ」
「随分と捻くれてる考えだよねそれ」
「それよりさ、どうしても一つだけ聞きたい事あったんだけどさ、いい」
「どうしたいきなり。別にいいよ、何でも聞きなさい!」
「 ずっと思ってたんだけどさ、何で俺なの」
「え、何が」
「いや、何か勉強の事あるといつも俺に言ってくるなあと思ってさ。お前の友達に頭良い人いっぱいいるじゃん、女男問わずさ。だから、何でいつも俺なのかなって」
「え、それがずっと思ってた事なの?ヨウ君て結構変な事考えてるんだね」
「答えを教えてよ」
「はいはい分かりましたよ。あんたの事好きだから」
「・・・・・。え」
「だから、好きだから頼んでるの。それ以外無いでしょ」
「いや、え、何で」
「確かにさ、ヨウ君は顔そんなに良いとは思った事ないし、筋肉ムキムキじゃないし捻くれてるし根暗だし」
「ただの悪口じゃないかそれ」
「でもさ、こんな遊んでばっかりの私にさ、いつも勉強の事とかで助けてくれるじゃん。私の周りはそんなに良い人ばかりじゃないし寧ろ私に似て悪い奴ばかりだしさ。感謝してるんだよ」
「ヨウ君、女はね、必ずしも顔とか体型だけで男を好きになるわけじゃないんだよ?だからさ、自信持って欲しいのあんたには」
「え、いや、それは・・・。いきなりそんな事言われても、整理出来ないよ」
「いいよ、別にしなくて。でも、私は本気だよ」
「カナデちゃん、ちょっと顔が、顔が・・・・。あああああああああああああああああああああ」
目が覚めた。深夜0時。顔が鮮明に映り、実際に会話している錯覚まで覚えた。正夢さえみない俺にとってこんな夢を見るのは生まれて初めてだ。
汗は全身を覆い、着ていたTシャツ短パンは濡れ雑巾状態だった。こんな状態になるのも勿論初めて。恋人でもない女性と二人きりで会うと言うだけでこの有り様だ。男として非常に恥ずべき事態だ。まあそれも、自分自身の女性経験の無さが影響しているので仕方が無いと言えばそうなのだが。
流石にこの汗だくなまま眠れないので、俺は濡れた服を洗面所に置き、シャワーで体を流す事にした。カナデちゃんを今まで異性として意識した事は自分ではないと思っていた。だが、実際は只自分が強がっていただけで、本当は好きだったのかもしれない。こんな自分に接してくれるあんな男垂らしで遊び人の彼女の事が。それか、意識のし過ぎ。
シャワーを浴び終え、体を拭いた後、俺はベッドに入って目を瞑った。深夜0時30分。
しかし、全く寝付けない。体勢を変えてみても、目にアイマスクをしてみても、羊の数を数えてみても。
彼女が脳裏から離れなくなっていた。底なし沼にはまってしまったのだ。ボーイッシュな格好をしたカナデちゃんが俺の手を掴み彼女の家まで一緒に向かう。その後は二人隣り合って勉強し、そこで何か飲み物をこぼして服を取ってくるみたいな流れになり、そこから次第に良い雰囲気になって・・・。という妄想が俺の頭の中で流れ出した。それと同時に「そんな事はあり得ない。只彼女は適当にお前を勉強を教える相手として選んだだけだ。家でやるのも大学は人が多いし、お前と一緒に居るのを他の奴に見られたくないから。そもそも、お前と彼女じゃ釣り合わない」と言った声も同時に飛び込んでくる。理性と欲望が激しくぶつかり合いを始めたのだ。俺の頭は混乱状態に陥った。
そこから1時間30分、二者の戦いはまさに互角。お互いボロボロになりながら鎬を削って戦っていた、脳内で。一方が倒される度に俺の体はあちらこちらと布団の中を移動する。これがずっと続いていたのだ、深夜2時まで。
そして、現在に至る。満身創痍だ。心も体もズタズタにされた。もう両陣営は戦力が残っていない。俺自身の体力もほぼ無くなった。だが、同時に俺はある感覚を覚えていた。中学高校と味わえなかった青春の息吹。勉強に部活に恋に揺れ、思春期による親との衝突に苦しんだあの時期。俺は勉強ばかりに力を入れて他の物を全て置いてきてしまった。それが今、嵐の如く舞い込んできたのだ、6年の時を経て。そう考えると、何だか俺は不思議と今のこの状況を嫌なものとは思わなくなった。青春て素晴らしい、今更になってそう思っていた。
深夜3時。未だ眠くはならず、俺はずっと天井を見ていた。俺はもう決心した。今日はもう眠らない、完徹だ。こうなったらとことん妄想を楽しもうと。俺の借りているアパートの天井は今、自分だけの映画スクリーンになっていた。そこで上映されている映画は、勉強しかできない冴えない主人公になった俺がヒロインのカナデちゃんと、紆余曲折を経て恋人同士になる2時間物のラブストーリーだった。あまりにも王道、だがそれが良い。俺はニヤニヤが止まらなかった。
気が付いたら朝日が昇っていた。午前5時くらいだっただろうか。結局一睡もしなかったが、心なしか体が軽いし、すがすがしささえ感じられる。アドレナリンのせいだろうか、それとも疲れすぎて逆に疲れを感じなくなったと言うあの現象だろうか。それだけ心地良かったのだろうと思う。
妄想は悪だとかつての自分は思っていただろう。でも、いざ自分で体験してみると案外楽しい物だと痛感した。現に俺はまだ余韻に浸れている。いつも妄想ばかりするのは只の変態でしかないが、たまに自分の部屋でする限りは他人に迷惑もかけないし変人にも見られないので、寧ろストレス解消にもなるかもしれない。妄想には無限の可能性が眠っている、そんな風にも思えてきた。
今日はどんな展開になるか分からない。何のイベントも無く勉強をして終りかもしれないし、突然のハプニングであんな展開になるかもしれないし、逆にひょんなことから嫌われる事もあるかもしれない、今日の俺の態度次第で。しかし、俺は何が起ころうと今日は名一杯楽しもうと思う。それに、本人に会ったら会ったで幻滅もする可能性もある。それを楽しむのも人生だろうな、と少し大人な思考をしてみたりする。
―取り敢えず朝が来たことだし、勝負に勝つって事でカツ丼だ。そんなバカな事を考えて今日の俺の1日が幕を開けた。
短編シリーズ「日常」の第1話として今回書かせていただきました。このシリーズは「日常」で起こり得る事を題材にしたものでして、今回は妄想をテーマにしてみました。皆さんは恋愛とかで妄想とかしたりしませんか?僕何かはしたりしますよ、お恥ずかしながら。
今後も色々な場面を書いていきたいと思いますので宜しくお願い致します。