その24 真相PART.2
<24>
星奴町の璃織区の、さらに西の方には、森の残る高地がいくつかある。その中のひとつに展望台があったなんて、わたしもキキも知らなかった。割と標高が高いらしく、星奴町全域が見渡せると、横村先生は言った。
「夜の初めだと綺麗な夜景が見られるんだけど……やっぱり少し遅かったかな」
夕食時も過ぎて、光の粒がまばらに見える程度では、綺麗な夜景とは言えない。もっとも、それでもいいという人はいるのだ。
「いえいえ、これはこれで風情がありますよ」
キキは細い丸太の柵から身を乗り出し、目を輝かせながら言った。
「変わった感性の持ち主ね……」
「こいつに常人の感覚を期待するだけ無駄ですよ、先生」
「えー、綺麗だと思うけどなぁ」
キキは不満そうだが、彼女の目には何でも綺麗に映るのだ。明らかに汚れたものは別としても……。まあ、変な所に連れてこられなくて、安心したけど。
「それで? 銃撃事件のことはもちろん知ってるけど、どうして私が犯人だと思ったのかしら。説明してくれる?」
「分かりました。まず、この事件で謎とされた、銃弾消失のトリックについて……」
キキと横村先生は並んで柵に寄り掛かり、お互い目も合わせることなく話していた。
キキが推理を話している間、わたしは少しだけ後方に距離を置いて、その行方を見守っていた。当事者を相手に推理を話す、それは口で言うほど簡単な行ないじゃない。わたしはどこか緊張感を覚えながら見ていた。
「……ですから、柴宮くんに嘘の情報を伝えて逮捕に追い込んだ人物がいて、その人こそが主犯たりうるのです。もっとも、実際に伝えたのは北原ですけどね」
「その北原以外に主犯がいることは確定していいの?」
「出所したばかりでは準備もままなりませんし、北原に警戒されることなく毒入りの煙草を渡せるのは、同格ではなく、格上の人間に他なりません」
「ふうん……」
「ただ、嘘の情報を伝えて罠に嵌めるには、主犯が二つの情報を握っている事が前提として必要です。動機となる、柴宮くんがあっちゃんをプールに突き落とした事実。罠に利用するための、あっちゃんがすでに目を覚ましているという事実……この二つです」
そう、その二つの情報が揃わなければ、美衣が言ってたような罠は思いつかない。
「警察や『ボット』による情報統制の中、これらの事実を知ることができたのはごく一部です。捜査関係者はもちろん、わたし達も、わたし達から何かしらの形で情報を得られた人も含まれます。横村先生……あなたもその一人です」
そうだ……先生にその二つの情報を伝えたのは、他ならぬわたしだ。調査を始めた翌日に、嘘を見抜かれて洗いざらい吐いてしまい、その時にあさひの状況も伝えた。安定しているとしか言ってないが、無事であることが分かれば十分だ。
結果として、わたしの行動がキキの作戦を成功させ、柴宮の逮捕、そして自殺に繋がったのだ。だからすぐに、横村先生が犯人だと見当づけられた。
「それだけで私が主犯……というのは苦しいわね。他にも容疑者はいるでしょう?」
「あなたに容疑を絞った根拠はもうひとつあります。功輔くんは『ボット』と無関係で、あっちゃんに至っては四年前の事件とも無関係……つまり、命を狙われる理由は本来なかった。そんな二人は、それぞれ北原と柴宮くんによって傷つけられました。主犯は、その直後に“処刑”とも受け取れる形で即座に罰を与えています。わたしには、主犯の本心が見えた気がします」
「本心?」
「子供を傷つけることに強い嫌悪感を覚える、そんな性質です。教職についている人にありがちな性質ですよね。付け加えるなら、四人の少年たちとの繋がりから、警察に辿り着かれないようにするなら、なるべく関連のない場所に身を置く方が望ましいでしょう。子供を傷つけることによる主犯自身の痛みも浅くなりますし」
「確か、四人とも違う学校に通っているそうね」
「そうです。『ボット』メンバー間の表向きの繋がりがないと見せかけるため、全員が違う学校に属しています。燦環中、能登田中、絵布中、璃織中という四つの公立中学校はすべてカバーされていますから、残るはひとつ……私立四ツ橋学園中です。もし犯人が教職員であれば、四中の人間に限られるはずです。しかも、北原を毒入り煙草で殺せたのは、功輔くんがそうでないのと同じ理由で、大人に限られます。これらの条件に当てはまり、なおかつわたし達の誰かから情報を得ているのは、横村先生のみです」
「……教職員だという確証はないんでしょう?」
「ええ。でもあっちゃんが無事であることは、捜査関係者全員が把握していました。もしその中に主犯がいるなら、柴宮くんを嵌める罠は、もっと早くに実行されてもよかったはずです。わたし達が偽の噂を流すまでもなく、柴宮くんにあっちゃんの状況を伝えて焦らせるだけでよかったのですから。でも実際に伝えられたのは、柴宮くんが病院に侵入する直前でした……これはゲーセンの店員の証言から明らかです」
「…………」
「だから主犯は、わたし達から情報を伝え聞いた人物しかいないんです。どちらにしても先生、あなた以外には考えられないんですよ」
わたしはそこまで深く考えていなかった……本当によく頭のまわる奴である。
「なるほど……でも証拠はあるの? わたしが計画を主導したという証拠」
「残念ながら確実なものは見つけていません。ですが、さっきも言ったように状況証拠ならあります。さっき功輔くんが知らせてくれましたが……」
キキは携帯を取り出し、ツイッターの画面を表示した。
「見てください、このツイート。『金沢伶弥という少年が誘拐されたらしいぞ』という文面です。誘拐事件が発覚したという事で、短時間でずいぶん反響を呼んだようです」
「……それがどうしたの」
「ところが直後に、『そんな名前の男の子を見かけた。デマじゃないか』というリツイートが投稿されて、すぐに鎮静化してしまいました。どうやら、この誘拐事件が表沙汰になると困る人がいて、火消しを行なったようですね」
「『ボット』とやらの仕業じゃないの?」
「いえ、それは無理です。というか『ボット』がすぐに見つけられないように、ちょっとした工夫を施しましたから」
「やっぱり最初の投稿はあなたがやったのね」
「ええ、まあ……」
恥ずかしげに頭を掻くキキ。ごまかす気はさらさらないようだ。
「『ボット』が膨大なSNS記事の中から、金沢都知事や『ボット』に絡むものを見つけるには、名前検索にかけるしかありません。大勢のメンバーが手分けして記事を調べ、悪い噂を探そうと思えば、そうするのが最も手っ取り早いですからね。とはいえ、“金沢”というのは地名でもありますから、検索にかけるなら下の名前かフルネーム、あるいは役職名を使うしかないでしょう。でもこのツイートは……」
キキはもう一度ツイッターの画面を横村先生に見せた。しばらくじっと見ていた先生だが、やがて何かに気づき、瞠目した。
「そうです。『怜弥』の字が違っているんです。これでは検索に引っ掛かりません。ただその代わり、ハッシュタグに『#柴宮』を入れておきました。これで、ツイートに飛びつくのは事件の主犯側だけになります。柴宮の名前を検索にかける理由があり、すぐに鎮静化を図ろうとする人は、それ以外にいませんからね」
これが、キキの仕掛けた罠だ。計画が大詰めを迎え、万が一にも失敗させまいと気が張っている犯人は、予想外のトラブルに冷静ではいられなくなる。都合の悪い情報が流れていると分かれば、すぐにでもそれをせき止めようとするだろう。キキはそうした犯人の心理を突いたのだ。
「だから、犯人のアカウントにはその痕跡が残っています。そのうち『ボット』もこのツイートの存在に気づくかもしれませんから、早めにチェックしておきたいんです」
ああ、そうか……『ボット』に見つかる可能性もゼロではなかったんだ。この作戦も相当な綱渡り状態だったのだろう。
「……それって、確実な証拠にはならないのよね?」
「あなたの犯行を直接証明するものじゃありませんからね。もっとも、裁判にかけたら十分に議論の余地はありそうですけど」
「少なくとも警察が逮捕状を取るのに支障はないってわけね」
「はい……でも、このことは警察に話していません」
「え?」
そうなのだ。横村先生を追い詰めるだけの材料を持ちながら、キキはひとつも警察に提供していない。普通に考えれば、犯行を自供させるには警察を動かすのが最も効率的だ。でもキキの場合は……そんな普通の考え方をしない。
「わたしの目的は犯人を捕まえることじゃなく、あくまで本人の口から真相を聞き出すことです。それ以上のことは望んでいません」
これがキキのやり方だ。真相を探ろうとするのは、単に自分が知りたいから。だからそれ以上の結果は望まない。キキは調査のために労を惜しまないけど、それは誰のためでもなく、友達を助けたいという意思を持った自分のためだ。それが分かっているから、キキは決して一線を越えないのだ。
それだけのことだから、警察の捜査の手助けになったとしても関心はない。ただ、今回は事情が違っていた。警察を関わらせまいと最初から決めていた。
「……あまり賢い方法とは言えないわね」と、横村先生。「理を尽くして反駁を封じないまま自供を迫るというのは……もっと時間をかけて説得の材料を探してもよかったと思うけど?」
「訳あってわたし達は、警察や都知事サイドの動きが知れる立場にあるんです。そこから色々考えた結果、犯人の計画が最終段階に入ったと判断しました。このままだとあなたが犠牲になる可能性が高い……それだけは避けないといけないんです。でないと、わたしの大切な人が悲しんでしまうから……」
誰のことを言っているのか、先生も恐らく予想がついただろう。きょう初めて会った相手でも、態度を見れば何となく分かるはずだ。……何しろ、キキが先生に向かって説得を試みようとしている間、わたしは後ろで黙って見ているだけなのだ。
「時間がないというのもありますが、わたしは……あなたをあまり追い詰めたくないんです。特に、もっちゃんの前では……」
ようやくキキは、振り向いてわたしに視線を向けた。それは憐れみでない、心から友人を心配し、憂えている表情だ。
わたしも同じ顔をしているのかな……。キキの仕掛けた罠は、うまく嵌まってはくれたものの、横村先生を動かす決定打にはならなかった。それはキキも可能性として予測していたことだが、彼女は追加策も代替案も考えなかった。
つまり……そういうことなのだろう。彼女に隠し事はできない。
「キキ」わたしは重い口を開いた。「わたしに……先生と二人で話をさせてくれない?」
「…………」キキは無言で見返す。
「これはわたしの事件でもあるから……わたしにできる事をしたい。お願い」
「いいよ」
キキは笑ってOKを出した。やっぱり予測済みだったか……とはいえ、どこまで予測できているかは分からないけど。
「車のところで待ってるよ。それと、後で詳しいことを話す必要はないからね」
そう言ってキキはこの場を離れ、来た道を駆け足で戻っていった。夜道だからどこかで転ばないといいんだけど……。
「坂井さんと交代か……」と、先生。「後で話す必要はないって……いったい何に気を遣っているのかしらね」
わたしがキキに何も言わないから、深い事情があると察してくれたのだろう。キキはいつだってそうだ。相手のことをしっかり考えて、決して土足では踏み込まない。わたしは今までに何度、キキの気遣いに救われただろう……。
「さてと、坂井さんからはどんな話をしてくれるの?」
生徒が相手だからか、横村先生はどこか楽しそうだ。わたしと対照的に。
「先生……四年前、先生はどんな形で事件に関わったんですか」
「いきなりそんな事を訊かれても……確実な証拠なしでは答えようがないじゃない」
「あります。というか、います」
「え?」
わたしは、大好きな先生にしっかりと視線を向けて、言い放った。
「いるんです。ひとりだけ……先生の犯行を証言してくれる人が」