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EVIL TARGET~標的の宿命~  作者: 深井陽介
第二章 断ち切られた禍根の鎖
44/53

その21 できること

 <21>


 それから三十分ほど経って、言ったとおりにキキがやって来た。

「こんばんはぁ。夕飯いただきに来たよー」

 玄関に立って笑顔で手を振るキキの頭頂に、わたしは手刀を振り下ろした。

「そうじゃないだろ」

「すみません……雰囲気暗くなってるなら和ませようかなーって思って」

「ちっとも和んでないわ」

 そんな恒例のやり取りを経て、わたし達はお待ちかねの夕飯を済ませると、功輔も含めた三人でわたしの自室に集まり作戦会議を始めた。まあ、会議とか鼎談(ていだん)と呼ぶにはあまりにスケールが小さいけど。

「キキ……すっかりいつもの調子に戻ってるけど、結論は出たの?」

 三人で向かい合いながら床に座り、さっそくわたしは尋ねた。

「結論って?」

 キキは爪楊枝で歯のお手入れをしながら訊き返した。こっちは真面目に話をしようとしているのに……。

「だから、犯人の正体に見当がつけられた今、どう行動すべきかってことよ。警察は未だに功輔を容疑者扱いしているし、でも犯人を逮捕したところで、根本的な解決にはなりそうにないし……」

「そこは犯人と直接話をしてみるしかないね」

 キキは爪楊枝を指でピンと弾き飛ばし、器用にゴミ箱の中に入れた。

「現状、その人が犯人であるという確かな証拠はないし、計画が途上にあるなら犯人自身も犯行を認めない。だから今のままだと、対等に話をする事さえできない」

 やはりそうなるか……そう思ったから、わたしもわたしなりに対策を考えた。だけど、それをこの場で打ち明けるのは抵抗がある……。

「一応、犯人だと証明するための布石はすでに打ってあるけど、ちゃんと引っ掛かって、その上で素直に話を聞いてくれるかどうかは、正直言って未知数だからなぁ……まあ、やるだけやってみるしかないけど」

「キキさんもずいぶん弱気になってますね」と、功輔。

「だって、犯人からきちんと話を聞いて、やり方次第では警察に引き渡すかどうかを決めなくちゃいけないんだよ? 責任重大だよ。そもそもまだ動機もよく分かってないし」

「そりゃあ、犯人の正体に気づくまでが長かったからね。美衣はかなり早い段階で絞り込んでいたけど……」

「更衣室の暖房器具の事を忘れていたのは迂闊(うかつ)だったよぉ」

 やはりキキの推理力も完璧ではない、その事は本人も承知していた。

「本来なら一介の民間人である俺たち、というよりキキさんだけですが、犯人の処遇について責任を負う立場にはないはずですけど……」

 功輔の疑問はもっともである。しかしキキには特殊な事情があるのだ。

「そうなんだけど、もっちゃんやみんなが関わっていると知ったら、できるだけいい方向に持っていきたいんだよぉ。監察の舛岡さんからもプレッシャーかけられたし」

「軽々しく名探偵なんてやるもんじゃないね」と、わたし。

「そうそう、さっき、その舛岡さんから電話で聞かされたんだけどね……今日の昼過ぎ、金沢都知事から警視庁の警備部に連絡があったらしいんだ」

 そういう重要な事をさらっと言うのか……。

「警備部って、文字通り要人の警護などを専門に行なう部署ですよね」功輔が言う。「都知事から連絡があったという事は、警備の依頼ですか」

「それが、警備部の方でも現時点で目立った動きがないってさ」

「え?」

 功輔は目を丸くした。つまり、何も起きていないという事なのか……?

「でも夕方になったら、今度は同じ部署にある特殊急襲部隊に応援要請があったって」

「特殊急襲部隊、いわゆるSAT(サット)ですね。ハイジャックや大規模なテロが発生した時に、銃撃などによって事態を鎮圧するという……でも、SATの出動が必要な事態なんて、犯人の計画にあるんですか? キキさんの推理だと、犯人の最終的な目的は金沢怜弥と『ボット』への復讐であって、組織犯罪でも国家転覆を目的にしたテロでもないですよ」

「後で明るみになった時、都政への反逆だと思わせられるじゃない」

 キキはこともなげに言った。

「……犯人をテロリストとして殺害しようとしている、という事ですか?」

 背筋に悪寒が走った。わたしは震える二の腕を押さえつける。

 犯人の正体は分かっている。あの人が、よりによってテロリストとして殺害されるなんて、想定される最悪のシナリオだ。でもこの状況は、どう見ても都知事がその展開に持っていこうとしているとしか思えない。

「恐らくね……といっても、これは犯人の思惑通りの行動だと思うけど」

「そうなの? 自分が不名誉なレッテルを貼られて殺されるかもしれないのに?」

「確かに綱渡りだけど、この状況は犯人にとって好都合だよ。そもそも、何も起きていないのにSATに応援を頼んだって、出動してはくれないと思わない?」

「まあ、確かに」頷く功輔。

「予想はしていたけど、やっぱり犯人が最後の手段に打って出たみたい。金沢怜弥くんの命を狙うと、金沢都知事に事前に知らせたようだね」

 なんだと? キキがすでに予想していたというのも驚きだが、それが犯人の企みであるとはどういう事だ。

「ちょっと待って、犯人は金沢怜弥を狙う事を予告していたっていうの?」

「うん。だから都知事サイドに動きが生じたんだよ」

「でもそんな事をしたら、相手も警戒するから犯行が難しくなるんじゃ……」

「いや……今さら警戒心を抱かせても問題ないほどの、強烈な切り札を犯人は持っているんだよ。具体的には分からないけど。ただ、警察を動かして事態を拡大させ、世間の注目を集める効果はあると思うよ。都知事の顔は全国的に知られているから、警察が出動していると分かれば国民全体の関心事になるだろうし」

 つい数日前まで都知事の顔も分からなかった奴が何を言う。

「それは要するに、『ボット』を使っても潰せないほどの全国的なニュースに発展させるという事ですか」

「そんなところだね」功輔の言葉にキキは頷いた。「これまでの犯行の過程で、犯人は都知事にある種のプレッシャーをかけてきた。表沙汰にできないはずの『ボット』の存在が一般人に知られた……暗黙のメッセージが相当に効いている。都知事はすぐ、『ボット』メンバーが何らかのミスを犯したせいだと考えるはず。そんな状況では、いくら手早く証拠湮滅が図れるとしても、『ボット』を使役して事態を収束させることに躊躇してしまうはず……そこに、怜弥くんに対する犯行予告があった」

「警察を動かせる、絶好の大義名分ができた……!」

 わたしはようやく気づいた。犯人の目的、もといキキの考えに。

「警察の特殊部隊を動かして犯人を公然と殺害すれば、誰も深追いしようとしない。『ボット』を使うより傷が浅くなると思ったんだね」

「でも警察を関わらせたら、『ボット』の事も知られるかも……」

「まあ、そこは賭けになるだろうね」

「えー……都知事は賭け事が大嫌いじゃなかった?」

「『ボット』を使おうが使うまいが、危険があることに変わりはないよ。警察に対しては上層部への圧力でどうにでもなるだろうし」

 うぅむ、それも一理あるか……今までにもやってきた事だからな。

「また犯人の計画通りに事が運んでいますね……」と、功輔。「それにしても、犯人はどうやって金沢怜弥を手にかけるつもりなんでしょう……よほど強烈な切り札が必要になりますよね」

「まあ、怜弥くんの携帯で接触して連れ出すなら、金沢都知事に知られないようにするのが大前提だからね。怜弥くんにとって祖父に知られたくない秘密を、犯人が握っているんじゃないかな。それこそ、マスコミに知られたら都知事でも揉み消せないような、重大な秘密を」

「金沢怜弥自身にたいして強い権力はないし、祖父に見限られたら終わりだろうね」

「それをネタに脅迫のひとつでもすれば、案外簡単に犯人の手に落ちるかもよ」

 ありえない話じゃない……今回のきっかけとなった事件から四年、犯人には、金沢怜弥の弱みを握るチャンスがいくらでもあった。都知事の孫とはいえ、しょせんはわたし達と同じ中学生、脅して引き込むのは容易に違いない。

 だが、犯人の計画の核心はここからだ。ただ普通に怜弥を殺害しても、それだけで都知事がボロを出す保証などない。一方で都知事も手段を選ばなくなっている。ここから犯人はどんな行動に出るだろうか……。

「……キキさんは」功輔が口を開く。「犯人の計画をどこまで予想していますか」

「ほぼ予測済みかな。実際その通りになるかは分からないけど」

「このまま放っておいたら、確実に金沢怜弥は殺されますし、犯人は金沢に潰される事も覚悟の上で最後の局面に臨むでしょう。最悪、事件の背景もあやふやなまま、射殺されて終わる可能性だってあります」

「それは絶対ダメだよ。なんとしてもそれだけは避けないと」と、わたし。

「と言っても、待ったなしの事態である事に変わりはないからね。恐らくすでに怜弥くんは犯人によって拉致されている。彼の命に関しては、もう何も保証できない」

 確かにそうだ……心苦しいことではあるが、実際に山田聡史へのいじめに加担していた怜弥を、犯人が許す可能性は万に一つもない。ただのいじめならともかく、これは都知事の悪しき思惑が絡んでいるのだから……。

「怜弥くんに関しては手遅れかもしれないけど、これ以上都知事の好きにさせないためにも、犯人には計画の軌道修正を迫るしかない。もっちゃんの言うとおり、真相を闇の中に置き去りにしたまま犯人が殺される、そんな事態は絶対に避けないと」

「何か策はあるんですか? 布石は打っておいたそうですが」

「さっきも言ったように、それが上手くいく保証はないから、話し合いに持ち込めるかどうかは駆け引き次第になるよ。それ以前に問題なのは、警察が未だに功輔くんへの嫌疑を捨てていない事だよ……まずこっちをなんとかしないと、警察の方針が都知事によって利用されて、わたし達も動きにくくなるかもしれない」

 そうか、その問題もあったか……いつの間にか山積みになっていないか。

「なんだか俺が余計な事をしたせいで、面倒な事になったような気も……」

「いやいや、功輔が行動を起こしていなかったら、ここまで方針は見えなかったよ。余計な事ではないんじゃないかな」

「うん、もっちゃんの言うとおりだね。それに、功輔くんの事情に触れることなく、功輔くんの無実を証明する材料は揃っているから、これはすぐ解決できるよ」

 ……なんだと?

 わたしと功輔は絶句した。そんな話は一度も聞いていない。たぶんキキは、早い段階で気づいていて、話すのを忘れていただけだろう。あるいは、事件の全体像が見えないうちに警察の捜査方針に口を挟むのを、得策でないと考えたのか。

「そういうわけで、今からわたしともっちゃんで星奴署に行って、功輔くんを追おうとする動きを完全に封じてくる。その後、可能なら犯人と直接話をしようかな」

 三人で話し合っていたはずなのに、結局キキが一人で決めてしまった。……まあ、現時点で異論はないけど。

「ちょっと待ってください。俺は外すんですか」

 功輔が異を唱えた。そういえば、警察への説明と犯人への説得に行くのは、キキとわたしだって言ったな……。

「うん。万が一のことを考えたら、功輔くんはここに残った方がいいと思う」

「万が一、ですか?」

「上手く警察の追っ手を封じたとしても、下手に動けば感づかれて、金沢都知事に利用されかねないからね。一度警察に疑われた功輔くんは、格好のエサになるよ」

「うーん……」

「その代わり、功輔くんにはネット上に不審な動きがないかチェックしてほしいの。わたしの仕掛けが上手くいけば、必ず何か反応があるはずだから」

 キキがそういうと、功輔は少しほっとした表情で答えた。

「ああ、それなら仕方ないですね。犯人への説得には不可欠みたいですし」

「やけにあっさり了承したな」

「俺が下手に動かない方が好都合っていうのは、あながち間違ってないからな」

 理屈としては腑に落ちるだろうが、それで黙って引き下がるだろうか。大筋で見通しを持っているキキに、残りを託したいという事かな……。

「それじゃあキキさん、それにもみじ。後は託したからな」

 親指を立てて功輔が言う。ああ、本当にそのつもりだったのか。

「よし……!」キキは深く頷き、立ち上がった。「あまり時間は無駄にできないね。行こう、もっちゃん!」

「えっ、今から行くの? 夜中だけど」

「都知事だって夜中に中学生が動き回るなんて思わないでしょ。今なら誰にも邪魔されずに行動できるよ」

 その前に深夜徘徊で捕まるのではないか? ……まあ、まだ時間はあるけど。

 キキの方針に従って、わたしはキキと一緒に家を出て、功輔は自分にあてがわれた部屋に戻った。わたし達がいなくなった後、功輔はひとり呟いたそうだ。

「聡史……ようやく、お前の敵を討つ時が来たぞ。大丈夫、俺は復讐に染まらない。奴らとは違うって所を、お前に見せてやるよ」


 あたりはすっかりと宵闇(よいやみ)に包まれて、道ゆく人はわたしとキキだけだ。

 星奴署の刑事による見張りや捜索が途絶えているとはいえ、夕飯時も過ぎそうな時間帯に女子中学生が出歩くのは、やはり何かと問題になりそうな気がする。大人に見つかったらどんな言い訳をすればいいのだろう。

 ……どうせキキはそんなこと、お構いなしなのだろうけど。前方を無言で歩くキキの背中を見つめながら、わたしはこっそり肩をすくめた。

 すると、わたしの携帯にメールの着信がきた。開いてみると、一時間ほど前に電話をかけた相手からだった。頼んでおいたこと、どうなったかな……本文はこの言葉で始まっていた。

『ごめんなさい』

 読み進めていくうちに、ため息が漏れてしまう。ある程度予想はしていたが、やっぱりこういう事になったか……。

「どうしたの?」

 キキが立ち止まり振り返って尋ねた。おっと、携帯に気を取られていたから、歩行が遅くなっていたみたいだ。

「いや、別に……」わたしは携帯を仕舞った。「ねえ、キキはどうやって、犯人を追いつめるつもりなの?」

「あんまり追いつめたくはないなぁ……」キキは苦笑した。「でも、腹を割って話をするには、そうするしかないんだよねぇ」

「気が引ける?」

「相手が相手だからね。特にもっちゃんの前では……」

 そうだよね……キキの性格を考えれば、本心ではやりたくなどないだろう。調査を始めた時は、わたしもキキも、こんな事になるとは思っていなかった。

「キキ……」

 わたしは俯きながら言った。顔には出さなくても、同じくらいつらい思いをしている彼女を、見返すことはできなかった。

「わたしにも……できる事はあるのかな」

 さっきも美衣に同じことを尋ねていた。彼女の答えを無視するつもりはない。だけど、今はどうしても、キキの口から答えを聞きたかった。

 キキは迷わずに答えた。

「あるよ。きっとある」

 わたしは顔を上げた。目の前に、優しく微笑む親友がいた。

 ……思わず、こっちも微笑みで返してしまう。敵わないなぁ、こいつには。

「いいの? そんなこと断言して」

「もっちゃんにはいい友達がたくさんいるから、大丈夫」

 自分にいい友達がたくさんいるという自覚はないけれど……以前にわたしの学校に来ていたキキには、そう見えたのだろうか。

「それはキキも同じでしょう?」

「そうだけど……他の人も同じだとは限らないから。いつでも心を分かち合える友達が、もっちゃんにもたくさんいるんだって分かったら、すごくほっとしたんだよ。よかったなぁって」

 顔だけこちらに向けて、長い髪を風にたなびかせながら、キキは言った。ささやかな嬉しさを滲ませるような微笑みで……。

 何がよかったのかな……キキが何に喜ぶのか、わたしにはまだ謎である。

 でも、一つだけ分かる事がある。キキはこの件を、一人で解決しようなんて露ほども考えていない。わたしと一緒にやろうとしている。一緒なら、きっとうまくいくと、心の底から信じている。そうだよね。

 だから教えてほしい……キキは、わたしの何に希望を見出したの。

 まあ、訊いても答えてはくれないだろうけど。

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