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EVIL TARGET~標的の宿命~  作者: 深井陽介
第二章 断ち切られた禍根の鎖
30/53

その7 居場所はどこだ

 <7>


 星奴署の刑事部屋に入ると、さっそくわたし達は木嶋から詰問を受けた。

「外山功輔の居場所、知ってるんだろ? 四の五の言わずに教えろ!」

 本庁の人たちに先んじて事件を片づけようと目論んでいる木嶋は、(はた)から見ても乱暴と思える手段に訴えていた。わたし達を相手にそんな手は通用しないと、ここ二ヶ月の付き合いでさすがに分かりそうなものだが……。

 キキは半眼で木嶋を見つめ返すと、嘆息をついた後に言った。

「いーち、にーい、さーん、しーい、ごーお」

「あ、四も五も言った」

「だから警察を馬鹿にするのもいい加減にしろ!」

 これは馬鹿にしているというより、挑発しているのだろう。キキは、星奴署の署員の中では比較的信頼している友永刑事に対しても、今回の件で警察には一切協力しないと言い切ったのだ。況や、この木嶋に対してはなおさらである。

「馬鹿にしているのは木嶋さんであって警察という団体ではありませんよ」

「なおのことたちが悪いわ! しかも団体って何だよ。組織っていえよ」

「だって実際は、組織系統という名前の枠組みの中に、人を填めこんだだけじゃないですか。自発的に上下の信頼関係を作って系統立てているわけじゃなく、枠組みの中に入れられた結果としての関係しかない。強固な信頼関係が築けていない時点で、それはただの人の集まり……つまりは団体でしょう。烏合(うごう)の衆でもいいですけど」

「よくないわ! 信頼関係が築けていないだと? そんな出任せで俺を黙らせられると思ったら大間違いだからな」

 これが出任せって……自分の部下が指示に反して尾行対象者を連れて来た時点で、信頼関係が破綻(はたん)しているって気づくだろう、普通は。

「もっちゃん、やっぱり協力しない方が賢明みたいだね」

「そうだね」わたしは正直に言った。

「ええい、まだ大人を虚仮(こけ)にするのか! いい加減にしないと親も呼びつけるぞ!」

「ふうん」キキは耳に指を入れた。「呼びたければ呼んでも結構ですよ。この状況じゃ、先に非難を浴びせられるのは木嶋さんの方ですけど」

「はあ? なんで俺が……不愉快な気分にさせられているのは俺だぞ」

「それ以上に、中学生の女子に威圧的な態度で尋問している時点で、どちらの親も黙っていませんよ。そんな事も分からないんですか、中学生から雄鶏と呼ばれた木嶋さん?」

「くっ、このクソガキが……!」

 木嶋は歯を食い縛りながら言った。他の刑事たちは静観する構えだ。誰も進んで火中の栗を拾うつもりはないらしい。中には城崎みたいに楽しんでいる人もいるが。

「とにかく、功輔くんに関してわたしからのコメントはないと思ってください」

「わたしも何も言うつもりはないので」わたしは便乗した。

「そういう事ですから」キキはにっこりと微笑む。「わたし達を問い詰めても時間を浪費するだけなので、どうぞ木嶋さんは仕事にお戻りください」

「これだって仕事だよ! お前らが外山功輔の居場所を知っているのは歴然としているんだ。ならば白状するまで帰さん!」

「ふうん……言っておきますが、わたし達が警察に協力できないのは、あなた方が功輔くんを銃撃事件の主犯だと疑っている根拠を知らないからです。功輔くんはもっちゃんの幼馴染みだし、わたしはもっちゃんの力になりたい。警察が功輔くんを疑う理由が妥当かどうか判断できない現状では、功輔くんを容疑者扱いするあなた方に協力する(いわ)れなどありません」

 まあ、幼馴染みであるわたしが、功輔を百パーセント信用しているとは言い難いが、あいつの人柄については、少なくともこの場にいる誰よりも熟知している。功輔が犯人でないと信じているわけじゃない、確信しているのだ。

 とはいえ、そんな理屈を言葉で説明したって聞き入れてもらえないだろうし、わたしも上手く説明できる自信はない。だからこの場はキキに任せている。わたしの目には、功輔が犯人でない事は明らかなので、後はキキがこの考えを支持して証明すればいい。身も蓋もない言い方をすれば、人任せにしているのだ。

「ですから、警察が功輔くんを容疑者と考えている理由を話してくれれば、功輔くんの居場所がどこなのか教えてもいいですよ」

「えっ」

 わたしは驚いてキキを見た。こいつは何を言い出すのだ。それを教えたら功輔の立場が危うくなるだけじゃないか。交換条件としては不適当が過ぎる。

「本当なんだな? 警察の面前で嘘なんかつけんぞ」

 木嶋は顔を寄せて睨みつけながら、念を押すようにキキに言った。キキは不愉快そうな表情を見せた。

「嘘はつきませんけど、そのむさい顔を近づけるのはやめてください。気色悪い」

「誰の顔がむさいだぁ? ていうか気色悪いとは何だ!」

「唾かけますよ。せーの」

 そう言ったら木嶋はすぐに身を引っ込めた。キキならやりかねないと察したようだ。邪魔者が距離を取ってくれたので、この隙にキキに訊いてみた。

「いいの? 功輔が捕まるかもしれないのに……」

「とりあえず警察の手の内は見ておきたいでしょ。それに、何も考えず効果のない方法にしがみつく木嶋さんとは違う……わたしが何も策を練らずに、あんな交換条件を出すとでも思った?」

「いや、それは思わないけどさ……」

 敵がすぐ目の前にいるためとはいえ、キキの考えが判然としないまま行く末を見守るというのは、不安ばかりが募るというものだ。ここは彼女に賭けるしかないけれど。

「よし、お前らも聞いたな?」木嶋は周囲の他の刑事たちに言った。「いざとなればここにいる全員が証人になるからな。それじゃあ説明するとしよう」

 解決に近づいたと思って調子に乗っているな、この男。その調子を挫くように、キキは軽く手を挙げて言った。

「あ、病院で聴取する前に逃亡した事と、北原歩への接触があった事は想定済みなので、それ以外でよろしくお願いします。あっちゃんの一件で痛感したと思いますが、想像通りの材料ばかりでは興醒めなので」

「序盤から話の腰を折るんじゃねぇよ……」

「というかキキちゃん」友永刑事が口を挟んだ。「外山功輔から北原に接触があったなんて、どうして君が知っているんだい?」

「知っていたわけじゃありません。疑う理由としていちばん妥当なのがそれかな、と直感したまでで。木嶋さんの反応を見るに、どうやら正解だったみたいですね」

 確かにキキは、先に挙げた二つの要因は“知っていた”ではなく“想定済み”と言っていた。どんな要因が語られるか想定していただけだから、ただの勘で言ったとしても不自然ではない。

 ただ実際は、功輔が事件の独自調査をしていた事を知ったから、その末に北原に刺されたとすれば、どこかで北原に対するアプローチがあったと考えられた。だから本当は直感に従ったわけじゃない。ちなみに独自調査の事は黙っておくと決めていた。言えば功輔に対する容疑は消えるかもしれないが、むしろ変に勘繰られて容疑を強める恐れもあった。功輔の言葉を借りるなら、わたしやキキほど警察からの信頼を得ていないから、独自調査をしていたと言っても真に受けるとは考えられないのだ。

 木嶋は、本筋からずれた話を戻すべく咳払いをしてから、説明を始めた。

「えっと、だな……その北原歩に接触した方法に問題がある。北原が所持していた携帯電話に残っていた履歴に、外山功輔の携帯からかけたものがあったんだ」

「よくそれが功輔くんの携帯だと分かりましたね」

「事件に関わった両方の携帯番号を調べておくのは自然な事だろう? 結果、一致するものが見つかったってわけだ。ちなみに着信は事件の少し前だ。具体的な時刻までは言えないが、とにかく外山功輔は、出所して間もない人間の携帯番号を知っていた。それくらい緊密な関係にあったという事だ」

「ふうん……」キキの反応は薄かった。「他には?」

「少しも驚かねぇな、お前……まあいい。この事から即座に外山功輔を疑った俺は、両親の了解を得た上で家の中を調べた。ざっと見回したらすぐピンときたよ。家の共用パソコンにヒントがあるに違いないと」

 そんな偉そうな態度で言うほどの事とは思えないが……。隙あらば自分の優秀さをひけらかそうとしている向きがある。実際は優秀でも何でもないが。

「自画自賛はよそでやってください」キキは呆れながら言った。「それで、パソコンを調べたら何があったんですか」

「…………」木嶋は一瞬、渋面を浮かべた。「インターネットのアクセス履歴を調べたところ、例の、能登田中の裏掲示板にアクセスした形跡があったんだよ」

 ネットの使用履歴……警察なら調べられない事はないだろうけど、それって一晩でどうにかなる代物なのかな。かなりせっついたのだろうか。

「あれは確か、トップページのログイン画面で、制限時間内にユーザIDとパスワードを打ち込まないと、強制的にブラウザが終了する仕組みになっていますよね」

「その通り。だが履歴を調べたら、明らかにそのログイン画面を突破していた。共用パソコンとはいえ、両親のどちらもここ最近は使っていない。ならば、裏掲示板にアクセスしたのは外山功輔以外に考えられない」

「でも、その掲示板は能登田中の生徒が主に使っているものですよね」と、わたし。「功輔がそんなところにアクセスする理由なんてありますか?」

「それも尤もだね」キキは頷いた。「まあ調べた結果だというなら、功輔くんが裏掲示板にアクセスしたのは事実でしょうけど、その目的も分からないのに犯人だと疑う材料にするのは無理があります。功輔くんの意思じゃない可能性もあるし……」

 最後のセリフは、わたしにしか聞こえないほど小さな声で言った。まさか、『ボット』が功輔に罪を着せるために、功輔の家のパソコンに侵入して、アクセスの形跡を残しておいたというのか。それは考え過ぎのようにも思えるが……。

「勘の悪いやつだなぁ。外山は裏掲示板のパスワードを知っていたんだぞ? その時点でまともじゃないのは明白だろうが。疑う根拠としては十分だ」

 それと銃撃事件に何の関係が? わたし達の勘が鈍いのではなく、木嶋が妙な理屈を押し通しているだけに思える。

「ではお聞きしますが」と、キキ。「功輔くんは過去に何回、問題の裏掲示板にアクセスしていて、その中でコメントを書き込むなどの作業を行なったのは何回ですか?」

「えっ」木嶋の尊大そうな表情が固まった。「そ、それは……おい、どうなんだ、城崎」

 城崎は鑑識部屋に繋がるドアの前に立っていた。あくびの後に言った。

「もちろん過去一か月にわたってログを調べましたが、同じサイトへのアクセスの記録は一つもなかったですよ。早い話、外山が例の裏掲示板を閲覧したのは、最初に見つけた二日前が唯一ってことです」

「城崎さん、眠そうですね」と、キキ。

「刑事課の捜査が一応の急転を迎えたものだから、もう不眠不休だよ。こっちはこっちでやっておきたい事があったというのに……」

 そう言って目を擦る城崎。やっておきたい事とは何でしょう……鑑識の仕事の範疇だといいのだが。

「それより、裏掲示板の件はキキちゃんの想像通りかい?」

「功輔くんがアクセスしていたという話はさすがに予想外ですが、やっぱり根拠としては薄いですね。心証をガタ落ちさせて裁判を有利に進めるには効果的でしょうが、疑う根拠として挙げるべきではなかったですね。まあ、最初に挙げた携帯電話の事を考えれば、裏掲示板へのアクセスは無関係だと思っていましたが」

「僕も木嶋さんにそう言ったんだけど、牽強付会は彼の得意分野だからね」

「ええ、こじつけ好きは健在ですね」

「お前らさっきからうるせぇな! 怪しいもんは怪しいんだよ!」

 なんだか木嶋の言動には違和感があるな……まるで焦っているみたいだ。思い通りにならなくて苛立っているのは間違いないが。

「そこまで言うなら、決定的な根拠を教えてやろうか」木嶋は鼻息を荒くした。「外山功輔の自室を調べた時に、銃撃事件の被害者四人の写真が大量に見つかったんだよ!」

「写真が?」キキは瞠目。ようやくそれらしい反応を見せた。

「ああ、二十枚以上あったな。見るからに盗撮写真ばかりだった。しかも一枚、空の瓶の中で燃やされていたものもあった。外山功輔が被害者四人に的を絞り、悪意をもって狙っていた証拠だよ。被害者の身元や風貌は一切公表されていないからな」

 自信を崩そうとしない木嶋と対照的に、キキは熟考をしていた。この事実を頭の中で整理しているようだ。だけど、この状況は……。

「まあ裏掲示板の事は百歩譲って無関係とするとしても、携帯の通話記録と、一部が燃やされた被害者の写真、そしてお前が先に指摘した二件も含めれば、外山功輔を容疑者と見なすのは至極当然の事だろう」

「そんなこと……っ」

 わたしが木嶋に何か反論しようとすると、キキが腕を伸ばして制止してきた。

「キキ……」

「もっちゃん、つらいだろうけど、もう少し我慢して」

 そうだった。この場はキキに任せるつもりだったじゃないか。それに、わたしは満足な反駁の材料を持っていない。何を言ったところで、木嶋が態度を改める可能性はゼロに等しい。それはキキも同じだろうけど……。

「では、その写真というのを見せてくれますか。当然、押収していますよね」

「ふざけるな。お前は根拠を示すように頼んだだけだ、大事な証拠品を一般人に見せられるわけがないだろう」

 直後、紙が流れ落ちるような、ザザーッ、という音が聞こえた。応接スペースのテーブルの上に、城崎がA4の封筒の中身をぶちまけたのだ。

「ほら、これが問題の写真だよ」

「わーい」キキは飛び跳ねながらテーブルに歩み寄る。

「城崎ぃ! 勝手な真似を……!」

「別に見せるだけなら構わないでしょう。それに、この子たちには積極的に情報を与えた方がよさそうですし。ねえ?」

 木嶋は何も言い返さず口を結んだ。おや、と思った。木嶋は、わたし達が警察から情報を得ることに批判的な立場だったのでは……。

「ふーん……」

 そんな事に興味などないのか、キキはテーブル上の大量の写真をじっと見ていた。警察はこれを、功輔が犯人である証拠と捉えたようだが、キキはどうだろうか……。

「……あれ?」キキが何かに気づいた。「城崎さん」

「なんだい」

「一人目の被害者の平津くんが写っている写真は、この一枚だけですか?」

 キキが指差した先には、平津卓也が写っている写真があった。木嶋は盗撮写真ばかりだと言っていたが、この写真は明らかにカメラ目線で、盗撮されたものには見えない。

「はてね……そこまではまだ調べていなかったが」城崎も写真を凝視した。「うん……確かに見たところ、平津卓也が写っている写真はこれ以外になさそうだな」

「だとすると……あの、北原が持っていた携帯って、どんな機種でしたか」

「がらりと話が変わったね」城崎は苦笑した。「折り畳み式携帯電話、要するにガラケーってやつだ。表面の色は黒一色だったよ。メーカーは……」

「あ、それはいいです。ガラケーというからには、現在では入手困難な機種という事でしょう」

「まあね」

「ちなみに着信履歴は何件ありましたか。功輔くんの携帯も含めて、すべてです」

「ほお」城崎は口元を緩めた。「やっぱり木嶋さんと違って勘がいいな」

「なんでこの俺が素人の中学生より勘が鈍いことになるんだよ!」

 木嶋はそう言うが、わたしに言わせれば彼の方が何倍も鈍いと思う。それはこの約二ヶ月の付き合いで嫌というほど理解できた。

「携帯本体の着信履歴は外山功輔からの一件しかなかったが、電話会社に問い合わせて通信履歴を取り寄せてもらったら、五年前から一か月前までの間に、ほぼまんべんなく百件くらいの通話記録があったよ」

「五年前から? それはおかしくありませんか」

「そうだね。北原は四年前からずっと刑務所の中にいて、携帯を使えたはずがない。そもそも刑務所の記録を見てみたら、北原の所持品リストにあった携帯電話は、それとはまったく別の機種のガラケーだったんだ」

「それは……そこはかとなく奇妙な感じがしますね」

「フン」木嶋は鼻を鳴らした。「そんなのはあれだ、自分の携帯を使うと足がつく可能性があると考えて、別の誰かの携帯を盗んでいたんだよ。通話記録は一か月前で止まっているんだろう? 北原が出所したのもその辺りだから、タイミングが合うじゃないか」

「そのタイミングの一致に意味があるとも思えませんけど……それに、その後に功輔くんからの電話を受けるまで、一か月も使用していないのは不自然じゃありません?」

「緊急で連絡したい時だけに使うと決めていたんだろ。通常の連絡は足がつかないように手紙か何かを使っていたのさ。そう考えりゃ矛盾はないだろ」

「ちょっと待ってください!」

 わたしは耐え切れず声を張り上げた。木嶋を含めた全員の視線がわたしに集中する。キキに任せると決めたばかりだが、これはひとこと言わないと気が済まない。

「矛盾がないって言ってますけど、木嶋さんの言うことはどれも、功輔が犯人である事を前提にしているようにしか聞こえません。証拠品の解釈はこじつけっぽいし、別の見方をすれば他にも可能性がありそうなものばかりじゃないですか。あさひの時と同じ、功輔が犯人だっていう固定観念に囚われていますよ!」

「はあ? この状況で、外山功輔以外に犯人たりうる奴がいるかよ。俺は証拠品を公正かつ中立な立場で見て結論を出してんだ。お前は、外山が犯人じゃないという間違った答えに囚われて、人の考えがこじつけだと難癖をつけているだけに過ぎん」

「何ですか、その偏見は!」

「もっちゃんの主張は正しいと思いますよ」

 キキが間に入り、わたしを擁護(ようご)する方向に発言してくれた。よかった、決して的外れなことを言ったわけではなさそうだ。

「な、何だと……?」苦虫を噛み潰したような表情の木嶋。

「わたしの目にも、木嶋さんの言動はどうも結論ありきのように見えます。よほど功輔くんを犯人に仕立て上げたいのか、そう思われても仕方ないかと」

「し、仕立て上げたいだとっ? 俺が意図的に冤罪を作ろうとしているとでも?」

 あれ……少し動揺しなかったか。

「わたしともっちゃんの立場から見ればそうなりますよ。そもそも、こんな大それた事件を中学生が計画して、大人を操って殺人を代行させるなんて、常識的に考えれば真っ先に排除されてしかるべき考えです。木嶋さんの推測は根本的に妥当じゃありません」

 確かにその通りだ。勢いに押されて失念しかけたが、中学生がこんな凶悪事件の主犯だなんて、思いついてもすぐには受け入れがたいはずだ。だが木嶋はその考えに、わずかも疑問を差し挟まなかった。今になってそれ自体が不自然だと分かる。

 周りにいる刑事たちもその事に気づき始めたようで、ざわめきが広がっていた。自分の作った風向きが変わった事を感じ取り、木嶋は焦りを見せていた。さっきの図星のような反応といい、彼は本当に功輔を犯人に仕立て上げたいだけなのか?

「じ、常識的な考えに囚われてばかりでもダメなんだよ。子供にそんな事ができるわけがないと思い込めば、それこそ犯人の思惑通りになりかねないだろ。常識をきちんと疑うことだって大事なんだよ!」

「それは常識に(のっと)って考えて、矛盾のない答えを出せずにつまずいた場合の話です。常識を疑う発想はその後に出るものですよ。最初から常識を超えて考えていたら、どんな結論も導けてしまうんですから、そもそもまともな推測さえ成り立ちません」

「確かにそうだね」城崎が首肯する。「その手順を間違えちゃいけないな」

「くっ……!」

 木嶋は悔しそうに奥歯を噛みしめた。こいつはこればかりだ。

「まあ今は追及しませんけど。それより城崎さん、北原歩が亡くなった時に持っていたものを見せてほしいのですが」

「いいよ。ちょっと待ってくれ」

 そう言って城崎は踵を返し、鑑識部屋に向かって歩を進めた。

「だから城崎、なんで中学生の頼みごとを平然と聞き入れるんだよ!」

「おや」城崎は立ち止まって振り返る。「かわいい女の子の頼みを聞いて、何かおかしな事でもあります?」

 ぞっ……。背筋に悪寒を覚えた。積極的に情報をくれるのはいいが、その言い方はどうにかならないものなのか。キキに至っては呆れて肩を落としている。周りの冷たい視線などまるで意に介さず、城崎は鑑識部屋に入っていく。

 一分もしないうちに、スチールトレイを抱えて戻ってきた。テーブルにトレイを置き、功輔の部屋にあったという写真を封筒に仕舞ってから、トレイの中身を出していく。写真以外はすべてビニール袋に入っている。

「携帯電話、財布、凶器の折り畳みナイフ、ライター、ハンカチ、広告用ポケットティッシュ、自宅のものと思われる鍵。このくらいだよ」

「この写真は……?」

「北原が自殺する寸前に吸っていた煙草と、それが入っていた箱だね。どっちも毒物分析にかけて原形を失ったから、写真で我慢してくれ」

「十分です」キキは微笑みながら言った。「えーと……」

 慎重な観察を始めるキキに横槍を入れるように、木嶋が鼻を鳴らして言った。

「そんなものを見たって、状況が変わるとも思えんがね」

「黙ってくれないと股間を蹴り上げますよ」

 キキにさらっとそう言われて、木嶋は股間を押さえながら身を引っ込めた。本当に懲りるという事を知らないな。うちのクラスのアホ男子どもと同じだ。

「……この煙草の箱って、ソフトタイプなんですね。一本ずつ取り出せるけど、ボックスタイプより乾燥しやすいっていう……」

「中学生なのに詳しいね……」と、城崎。

「うちのおじさんが愛煙家なので」

「おじさん……?」

 城崎は首をかしげた。わたしは何度も会った事があるけど、巻煙草だけでなく葉巻やパイプも使っていて、喫煙に関しては節操がないという印象だった。とはいえ、一日に一本か二本ほど吸う程度で、自身の健康にはそれなりに気を遣っているらしい。

「そういえばこの箱……外装フィルムが上だけ外されていますね」

「上だけ外すか全部取るか、それは割と人それぞれだからね。不自然ではないよ」

「でも、これだと……」

 何かおかしな事に気づいたのだろうか。キキの目の色が変わってきている。

「あの、手袋を貸してくれませんか」

 さすがに前回みたいに、どこかに落ちてないか探す事はしないらしい。

「そういうと思って用意しておいたよ。どうぞ」

 城崎はあっさりと手袋を渡した。キキはそれを受け取って両手に嵌めると、財布をビニール袋から出して、さらにその中からレシートを取り出した。テーブル上に広げられたレシートを見てみると、少額のものまで几帳面に取っている。だが……。

「写真に写っている煙草、どのレシートにも記録されていないね」

「うん……」

 わたしの言葉にもキキは生返事だ。キキは次に財布の中身をすべて出した。現金は小銭だけ、後は健康保険証、サウナの会員証、射撃訓練場の会員証、レンタルビデオ店の会員証とスタンプカード。たぶん、会員証はどれも期限が切れている。

「ない……」キキが呟いた。「なんであれがないの? まさか……」

 テーブルの上に散乱している証拠品を、思いつめた表情で凝視しながら、キキはしばらく固まっていた。何らかの閃きが降りてきた事は間違いないが、その表情はどういうものだと解釈すればいいのだろう。

 …………ん? 誰だ。まあいいか。

 キキは、北原が亡くなる寸前まで吸っていた煙草の写真を手に取った。半分ほどの長さまで燃えていて、吸い口のほとんどが噛まれて潰れていた。

 ふと気づく。写真を持つキキの手が震えている。

「キキ……?」

 不安になって名前を呼ぶと、ハッとして振り向いた。顔色が少し悪かった。

「どうしたの?」

「いや……少しだけ、恐くなっただけ」

 わずかでも戦慄を覚えるようなものが、この場にあるだろうか……。よもや、自信家がよく口にする『自分の賢さが恐ろしいよ』的な意味ではあるまい。木嶋はともかく、キキは間違ってもそんな事を口にしない。

 その木嶋は、いい加減に痺れを切らしたのか、高飛車な態度で言ってきた。キキの表情の変化には気づいていない。

「おい、もうその辺でいいだろ! 約束を果たしてもらおうか!」

「あー……」キキは写真を持ったまま、呆然とした。「そういえば何かありましたね。どんな約束でしたっけ」

「自分で言い出した事だろうが! こちらが情報提供する代わりに、お前が外山功輔の居場所を教えるってやつだよ」

「ああ、そうでした。考えるのに夢中で忘れていました」

 キキは笑いながらすっとぼけた。こいつなら本当に忘れていても不思議はないが、刑事を相手によくもまあ胆の据わった奴である。

「で、どこなんだよ、外山功輔の居場所は」

 木嶋はただそれが知りたいだけのようだが、キキはこの場をどう切り抜けるだろう。ここで本当に教えたら、功輔の身に危険が及んでしまう事は分かっているはずなのに。

「それじゃあ言いますよ。功輔くんの居場所は……」

 木嶋を除く全員が息をのんだ。大勢の大人の視線が注がれる中―――――。

 キキは、自分の頭を指差した。

「ここです」

 ……時間が止まったように、この空間から音が消えた。

 えーっと、つまりはこういう事か。功輔の居場所はわたしの頭の中にある、てか。思い返してみれば、キキは一度も『功輔がどこにいるか教える』とは言ってない。言葉の綾を上手く使って切り抜けたわけだ。これはまるで……。

 静寂を破ったのは城崎の失笑だった。腹と口元を押さえて、震えている。

「くくく……い、一休さんの頓智(とんち)だよ」

 そうそう、一休さんみたいだ。

 それからの刑事たちの反応は様々だった。城崎と同じように失笑するか、あるいは呆れて額に手を当てるか頭を抱えるか……木嶋はどちらでもなく、満面に朱をそそいで頬筋を引きつらせていた。

「お前……初めからそうやってはぐらかすつもりだったのか」

「嘘は言ってませんよ」

 わお、などと言っておどけながら両手を広げるキキ。全く、警察から情報をかすめ取るためなら、こんな冗談みたいな方法も平気で使うのだな。こちらとしては、キキが一貫してわたし達の味方でいると分かって、愁眉(しゅうび)を開くところだけど。

「だったら仕切り直しだ!」まだ諦めない木嶋。「今度は『どこにいるか教える』という事で交換条件を……」

「交換にふさわしい条件が思いつかないので、却下です」

「卑怯だぞ、キサマ! 捜査情報を根こそぎ入手しておいて……!」

「木嶋さんは往生際が悪すぎます。大体、わたし達はあなた方から見れば、容疑者の逃亡を手助けした人物なんですよ? そんな人が、容疑者が不利な立場に追い込まれる交換条件を提示したなら、何かの罠だと考えるのが筋でしょう。そんな事も分からず安易に条件を呑んだ時点で、あなたの敗北は決まっていたんです」

 何も反論が思い浮かばないのか、木嶋は拳を握りしめながら歯ぎしりをした。キキの言うことには一つも間違いがなかった。この場はキキに軍配が上がった。

「さて……」

 キキはちらっとわたしを見た。すぐに察した。彼女もなんとなく気づいていたのだ。わたしは、こちらも同様です、という意図をこめて頷いた。

「そろそろご登場願おうかな」

 キキはニヤリと笑いながら、刑事部屋の出入り口のドアに目を向けた。

「出てきてください。そこでずっと様子を窺っていたみたいですけど、そろそろ出てきて色々説明した方がいいんじゃないですか?」

 キキが出入り口に向かって声を上げて呼びかける。わたし達は友永刑事の車で星奴署に来た。その状況を見れば、何か特異な事態が起きたと考えて、星奴署の内部に踏み込んで調べようとしてもおかしくない。ずっと星奴署を見張っていて、わたし達の行動に注目している人間であればなおさらだ。

 しばらく経ってから、屈強な体格の男性が姿を見せて、すぐキキに苦言を呈した。

「きみ、ばらすなよ」

 警視庁警務部人事第一課の監察官、舛岡だった。

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