その6 スナイパーの死
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翌日、功輔は学校に来なかった。たぶんすでに警察に目をつけられているため、警察が接触しやすい学校に姿を現す事はできなかったのだ。学校側には体調不良で欠席すると伝えられていた。
昨日のうちに功輔の無事は確認された。さそりから『お勉強を教えて下さい』という文面のメールが届いたからだ。キキの指示通り、わずかに文章を変更していた。功輔を匿うことには成功したが、当然ながら一時しのぎに過ぎない。実際は、さそりと母親の星子のどちらも、星奴署の刑事課に存在を知られている。功輔の身近から匿っている所を見つけられなければ、いずれさそりの家に目をつける可能性は十分にある。
功輔の身に起きたことについて、わたしはまだ十分に理解していない。奴の発言から察するに、一時間やそこらでは説明できないほど、複雑な事情があるのだろう。今日もキキの調査に付き合って、キキが満足するだけの情報が集められたら、その後に功輔から話を聞くことにしよう。
朝のホームルームが終わり、一時間目の授業の準備に入る。今日も午前中だけの授業で終わるという。いい加減、銃撃事件を知らない生徒も不審に思ってきているのではないだろうか。いったい学校はいつまで秘密にできるのだろう……。
「坂井陛下、ちょっとよろしいですかな」
我がD組の問題児の一人、市川将彦が話しかけてきた。わたしは渋面を向けた。
「その陛下って呼び方、やめてくれない? 強制した覚えはないんだけど」
「では坂井女王様、ちょっとお尋ねしたい議がございます」
「市川ぁ、女王様らしくサディスティックな懲罰でもかましてやろうかぁ?」
わたしが脅すような口調で言うと、市川は顔面蒼白のまま引っ込んだ。
「す、すみません……坂井様」
「はあ……落ち着いたら普通に敬称なしで呼びなさい。で、何の用?」
「功輔が体調不良で休みって先生が言ってたけど、何があったんだ? きのう病院のベッドにいたけど、結局何があったか話してくれなかったし……」
そういえば市川は、功輔に脱走用の着替えを持ってきたんだった。刑事と遭遇したら何が起きるか分からなかったので、服を受け取ってすぐに追い返してしまったのだ。
「あー……悪いけど、今はちょっと答えられなくて。わたしもまだ詳しい事情は知らないし。そのうち落ち着いたら、功輔本人から聞けばいいよ」
「いつになれば落ち着くんだ?」
「それは……相棒の天然娘が解決できたと実感するまで、かな」
「よく分からん」
そりゃあ分かってもらえない前提で言ったからな。この件に首を突っ込めば、高い確率で警察の敵になる。これ以上他の人を巻き込むわけにはいかないのだ。
「そうだ、わたしからも功輔について訊きたい事があるんだけど」
「あれ、坂井は功輔と仲いいよな?」
「男子のあんたほどじゃないって……最近、功輔に何か変な所がなかった?」
「変な所? そういや、一週間前から部活に出ないようになってたな」
「部活に出ない? それ、正確にはいつから?」
「水曜日からだったと思うけど」
第二の事件が起きた日だ。授業の短縮が始まったのは同じ週の金曜日だから、その前から功輔は何か行動を起こしていた事になる。やはり一人で、この銃撃事件を調べていたのか……だけど、わたしの知る功輔の性格からは想像できない。
気紛れとか正義感ではない。何か重大な理由があって、功輔は調査に乗り出したのだ。ではその理由とは? 銃撃事件の発端となったのは、恐らく四年前に起きた事件だ。都庁職員の失踪と都知事の関与以外に、具体的な内容は分からないが、もし功輔が銃撃事件に首を突っ込む理由があるとすれば、そのタイミング以外にないだろう。
四年前……そういえば、わたしがキキと親密になったのもその辺りだ。そうだ、それまでと比べてキキと一緒にいる時間が急に増えているのだ。功輔とは小学校入学以来ずっと同じクラスだったが、キキはずっと違うクラスだった。知り合った当初はそれほど接点を持たなかったのに、小四の頃を境にキキと会う機会が増えている。
少しずつ思い出してきた。ちょうどその頃に、功輔と疎遠になっている時期があったのだ。あの頃は特に気にも留めなかったが、いま思うと……。
「ねえ、市川くん。小四の時、功輔とわたしが一緒にいる事が減った時期がなかった?」
「小四の時に……?」市川は首をかしげて、すぐにハッと目を開いた。「そうだ、確か小四の秋ごろに、俺も功輔と話さなくなった時期があったんだよ」
「市川くんも?」
「なんか、やけに塞ぎ込んで誰とも話したがらなくて、先生も心配していたよ。そんな事が一か月くらい続いたけど、だんだん元通りになっていったんだよな。未だに何が起きたか話してくれないし、それから同じような事はなかったから、俺もすっかり忘れていたけど……坂井もはっきりとは覚えてないのか」
「そうだなぁ、わたしもだいぶ記憶が曖昧になっているかも……」
その直後、キーンという耳鳴りに近い音が頭の奥で鳴り響く感覚と共に、突き刺すような痛みが襲ってきた。
「うっ…………」
わたしは反射的に両手で頭を押さえたが、痛みは引かなかった。何だろう……つい数日前にも似たような痛みに襲われた気がする。その前にも……なぜか明瞭な記憶がない。駄目だ、強い痛みのせいなのか、思い出すことさえ苦痛に感じる。
「おい、大丈夫か?」
いつもわたしを恐れている市川も、さすがに心配して声をかけてきた。
「もみじちゃん、どうしたの?」
この声は綾子だ。痛みに耐えようと目をつむっているため、どこにいるか分からない。不思議な事に、よく知った人たちの声を聴いているうちに、痛みが少しずつ引いていく気がした。一分も経たずに、頭痛は完全に治まった。
「どうしたの、もみじちゃん。保健室行く?」
「ああ、大丈夫。なんか治まったみたいだから……」
「そう……?」
「功輔に続いて坂井まで、ふだん体が丈夫な奴が調子悪いなんて、何なんだ?」
知らなければ市川の疑問はもっともだが、功輔は体調不良なんかじゃないし、わたしの頭痛も功輔のそれとは関係ないはずだ。原因は分からないけど……。
わたしの方の異常が鎮まったところで、功輔の行動をもう一度考えてみよう。思い返してみれば、先週の金曜あたりから功輔の様子はおかしかった。特に歓喜する素振りも見せずにわたしを遊園地に誘っていた、そこからすでにいつもの功輔じゃない。遊園地を選んだ理由は脇に置いておくとしても、なぜわたしを誘ったのだろう。いや、わたしを選んだこと自体は別におかしいと思わない。誘ったこと自体が腑に落ちないのだ。
心境の変化、あるいはそうしなければならない理由があったのか。いずれにしろ、やはり後で詳しい話を聞いた方がよさそうだ。
「今度はどうしたの、そんな難しい顔して」また綾子が話しかけてきた。
「え? いや、何でもないから……」
慌てて取り繕いながら、わたしは心の中で舌打ちしたい気分になった。深く考える姿が似合わない事くらい、最初から知っていたはずなのに。
まだ一時にもならないうちに放課後を迎えた。事件が解決しなければ、こんな状態がまだ何日も続くことになる。学校が早めに終わる事を喜ぶ生徒もいるけれど、連続で午前授業となると調子が狂ってしまう。精神衛生上の問題がある。
今日もキキは、先に四ツ橋学園中の校門で待っていた。確認するまでもなく、今日の目的地は星奴署である。この場にそぐわないワードが飛び出す心配はない。
ところで、今日のキキは見慣れない茶色のコートを着ていた。
「キキ、そのコートは? ずいぶん大きいけど」
「おばさんが中学生の時に使っていたコート、まだ残ってたから借りたの」
キキは顔こそ小さいが、身長は平均より少しだけ低いくらいだ。袖口はまくってあるけれど、それ以外はどこもサイズが大きすぎて、制服が完全に隠れてしまっている。あの人の中学生時代は割とタッパがあったのか……。
「へえ……で、なんで今日はそれを?」
「たぶんこれから役に立つと思うんだ。やたら執念深い人がいるかもしれないし」
この時は意味が分からなかったが、キキの予想通り、確かにこのコートは役に立った。それはもう少し後の話である。
「さそりの家にはいつ行く?」
「星奴署での用事が終わってからにしよう」
その用事が終わるのはいつ頃になるか知れない。銃撃事件は星奴署だけで起きているみたいだから、門間町の中学校は普通に午後まで授業があるはずだし、平日だと星子さんもパートに出ているから、いまは功輔ひとりしかいない状態だ。まだしばらく辛抱してもらうしかなさそうだ。
星奴署に向かう道すがら、わたしは教室で聞いた話を聞きに伝えた。四年前、つまり銃撃事件の被害者たちが関わったと思しき事件が起きた頃、功輔の様子が一か月もおかしかった事を……。
「なるほどね。金沢怜弥たちが関わった事件って、もしかしたら功輔くんの知り合いが絡んでいるのかもしれないね。それも、もっちゃん達に心当たりがないから、燦環小にいない人かも」
「つまり学外の知り合いってこと? そんな人も聞いたことないけどなぁ」
「もっちゃんだって、わたしのことを初めからみんなに話していたわけじゃないでしょ。功輔くんも、もっちゃん達に言う機会がなかっただけじゃない?」
「そう言われると納得するしかないけど……」
「現状、その怜弥少年らが関わった事件は殺人、そうでなくても人の命が奪われたものである可能性が高い……それだけ重大なら、誰にも言えずに塞ぎ込んでしまっても不思議はないんじゃないかな」
一理ある考え方ではある……だがそうなると、功輔の身に降りかかった何もかもが、わたしの知らない所で起きていた事になる。奴を友人と思った事はないけれど、切っても切れない縁があるのは事実で、些末なことであればともかく、そんな重大な事態が起きていた事を知らないというのは……あまりに淡白が過ぎるのではないか。誰に打ち明けようともしなかった功輔も、踏み込もうとしなかったわたしも、同等に。
どちらにしても今さらである。後悔してもどうしようもない。
「あるいはこの事件も、『ボット』によって拡散が妨げられていたのかもね」
「でも、結果として功輔は一人で抱え込んでしまったけど、功輔の口から噂が広まる可能性はあったよね。『ボット』はハッカー集団だから、口コミで広まる噂までは止められないんじゃないかな」
「元からこの事件に関わった人が少ない可能性もあるけど、『ボット』という集団の性質を考えたら、口コミへの対策も立てていると思うよ。わたしの想像通りなら、功輔くんは下手にこの話を広めようとしなくて正解だったかもしれない。最悪の場合、行方をくらました都庁職員と同じ目に遭ったかもしれないわけだし」
「ちょっと、それってまさか……!」
考えてみればそれが自然な成り行きだ。『ボット』は金沢都知事にとって、決して表沙汰になってはいけない存在だ。同時に、『ボット』は金沢の地位を脅かすような、不都合な情報をシャットアウトして、悪評を潰す役目を持っている。自然な形で、『ボット』は証拠湮滅を伴いながら活動することになる。表沙汰にならない事が前提だから、非合法な手段を用いても問題はない。
そう……キキは、都庁職員の失踪に関して、希望的観測をすでに持っていない。だからこそ、功輔が事件の噂を広めなかった事が正解だと言ったのだ。もしかすると、高村警部が表向きの捜査から手を引いたのも、この事を知っていたからではないのか。
「キキ……『ボット』を、ただの有能なハッカー集団だと考えるのは……」
「危険かもしれない。監察の舛岡さんが聞いた噂だって、一切の先入観がないとは言い切れないもの」
そうなると、証拠潰しにやたらこだわっている銃撃事件の主犯が、『ボット』のメンバーである可能性も真実味を帯びてくる。調査の手順を間違えたら、わたし達もどんな目に遭うか分からない。美衣が指摘した通り、慎重に事を運ぶ必要があるな。
…………うむ、来ているな。
「キキ、走るよ」
わたしはキキの手を取り、有無を言わさず引っ張って駆け出した。
「え、ちょっと、もっちゃん?」
さっきから連呼されていたけど、突っ込むのはまた今度だ。
すぐ目の前にあった十字路を左に曲がって、即座に立ち止まり、振り向いた。突然の事にもかかわらず、そして特に息は切れていないにもかかわらず、キキは何も言ってこなかった。勘がよく、わたしの事をよく理解しているキキに、察せられないはずがない。
曲がり角の陰に身を隠しながら、こちらの様子を窺おうとして、さっと身を引っ込めた人の存在を確認した。ため息の一つでもつきたい気分だ。
わたしは普通に歩いて先ほどの曲がり角まで戻る。近くに隠れられる場所がない事は知っていた。わたし達を尾行していた二人組は、その場から動けず、あえなくわたしに見つかることとなった。
バツが悪そうな表情で、腰が引けている友永刑事と福島刑事に向けて、わたしは腕を組みながら言い放った。
「あのさ……わたしを相手にするなら、尾行に慣れた人を寄越すべきじゃない?」
その後の展開はもはやテンプレである。これはチャンスなれ逃すまい、と考えたキキがしぶとく懇願した結果、わたし達は友永刑事が運転する車で星奴署に送ってもらえることになった。もちろん、友永刑事の根負けである。
徒歩でどこかに行こうとしている人を尾行するのだから、友永刑事たちはここまで徒歩で来ていたが、近くに星奴署の署員のための官舎があり、そこに友永刑事の車がある。官舎はどれも小規模ながら、星奴町のあちこちに点在しており、突然の出動命令があった場合などにすぐ出向けるため、重宝されているそうだ。
まあそれはともかく、中学生を相手に尾行していた事が知られるという失態を演じ、友永刑事も福島刑事も悄然としていた。一方で、後部座席に座るキキは、労せずして早く情報を入手できるという事で嬉しそうにしていた。キキが嬉々としているのだ。……笑えないと思ったから、口には出さなかったけど。
「それで?」代わりに質問をした。「どうしてわたし達の尾行を?」
「いや、それは……」口ごもる友永刑事。
「まあ大方の予想はつきますけどね。警察は、功輔が病院から逃亡するのにわたし達が手を貸したと考えているんでしょう。功輔がわたしと同じクラスだって事は、とっくに調べがついているでしょうし」
「それに病院の受付で聞けば、逃亡の直前にわたし達が来ていた事も分かるしね」
「ならば、わたし達を尾行すれば功輔の居場所を見つけられる、そう踏んだんでしょ」
「気づいているならわざわざ訊かないでくれ……」
福島刑事は辟易とした口調で言った。わたしはただ、車中の会話のきっかけを作りたかっただけだ。さすがに無言が続くのは気分が悪い。
「で、実際に君たちは、外山功輔の逃走に手を貸したのかい」
友永刑事が尋ね返すと、キキがあっけらかんと答えた。
「はい」
「……だったら、居場所も知っているよね?」
「知っていたとしても答えるつもりはありませんよ。功輔くんはもっちゃんの幼馴染み、しかも現時点であなたがた警察は功輔くんを疑っている。いくら友永刑事でも、協力することはできかねます」
「善良な一般市民なら警察に協力するのが常識だろ」と、福島刑事。「それに、俺たちがこの場で聞いたとしても、それが他の捜査員の耳に入らなければ問題ないだろ」
「あなた方が無線マイクを仕込んでいる可能性もありますし、何より木嶋刑事の部下であるお二人が、あの頓痴気刑事の尋問にずっと耐えきれる保証もありません」
木嶋に対する悪口のレパートリーがどんどん増えていく……。
「だけどキキちゃん、このまま何も言わないと、容疑者隠匿の罪に問われる可能性もあるんだから、隠し続けるのは賢明じゃないと思うけど……」
「ふうん、功輔くんは容疑者ですか。やっぱり功輔くんの予想通りになりましたね。だったらなおさら話せなくなりますね」
「だから、それが君たちにとっては危険なんだって……」
「警察がどう思おうと関係ありません。そもそも、功輔くんは何者かによって軽傷を負わされた被害者じゃないんですか?」
「そうですよ」と、わたし。「常識がどうというなら、功輔を刺した犯人を捕まえる方が重要というのが常識ではないのですか?」
詳しい事情は功輔からも聞くつもりでいるが、いまは警察サイドの考えも聞いておかなければならない。何を根拠に功輔を容疑者扱いしているか分からないのだ、知っておくことで今後の対応も変わってくるだろう。
「ああ……外山功輔を切りつけた犯人の正体ならもう分かっているし、居場所もはっきりしている。でももう逮捕はできない」
……友永刑事の言っている事が分からない。
「どういう事ですか」
「事件発生時、近くを巡回していた警邏担当者が、通報された犯人の身体的特徴を元に近辺を捜索した結果、現場から五百メートルほど離れた所にある路地裏で発見したんだ。その時点で、こと切れていたけどね……」
「えっ!」
驚愕を禁じ得ない。功輔を刺した犯人は、そのすぐ後に死亡していたというのか。
「どうして……」キキも呆然としながら言った。
「手元に落ちていた吸いかけの煙草を調べたら、青酸系の毒物が検出された。付着していた被害者の唾液もまだ新しかったから、それを吸って死亡したのは間違いない」
「自殺ですか。それとも誰かに……」
「あの状況だと恐らく、追及から逃れるための自殺だろうね。これは木嶋さんに限らず、星奴署の捜査員全員が賛同しているよ」
「断定できるだけの根拠があるんですね」
「被害者が持っていた煙草の箱からは四本なくなっていた。そして、残っている煙草すべてを調べても毒は検出されなかった。という事は、取り出した後に煙草に毒物を仕込んだとしか考えられない。その箱にも、被害者の指紋以外はついていなかったし」
「…………」
キキは口元に手を当てて考え始めた。何か気になる事でもあるのだろうか。
「それで、その亡くなった犯人の身元は分かったんですか」
「問題はそこだよ。現場に派遣された鑑識官の一人が、被害者の姿を見てすぐに誰か気づいたんだ。なんでも、今回の銃撃事件の最有力容疑者として浮上したばかりの……」
「北原歩!」思わずその名前を叫んだ。
「ああ、やっぱり知っていたのか……そう、直前に前科者データベースで顔を見ていたから、すぐに分かったそうだ。銃撃事件の最有力容疑者が、男子中学生を今度は刃物で襲って自殺した……捜査本部はかなり慌てたよ」
その鑑識官というのは城崎だろう。まさか、功輔を刺したのが北原だったなんて……やはり功輔の一件は、銃撃事件と深い繋がりがあるのか。
「北原は刑期満了で出所しているから、その後の足取りはどこも把握していなくて、現在は北原の住居がどこか調べている所だよ。たぶん今日中に判明する」
「友永刑事」キキが口を開いた。「わたしが城崎さんを介して進言しておいた事、ちゃんとやってくれましたか」
「え? ああ、音嶋隆の親の動向だね? 君の助言通り、向こうには日没後にもう一度訪ねると知らせたうえで、それより早めに訪ねてみたよ。他の三人の親と同様、パソコンを持って蒸発する恐れがあるから先手を打っておこうって……」
「どうでしたか」
「予想通りだよ。僕と紀伊くんで音嶋隆の家に行ってみたら、ちょうど両親が、パソコンを持って逃げようとしていたところだったんだ。その後に少し乱闘になったけど、結局両親はどちらも逃がしてしまってね……でもパソコンだけは押収できたよ」
乱闘ね……警察学校時代に強面の教官を怯ませたという紀伊刑事がいたなら、音嶋の両親はさぞや、大きな肉体的ダメージを被った事だろうな。
「今は鑑識で、そのパソコンの中身を解析している最中だよ」
「家の中はどうなっていましたか」
「他の三者と同様だよ。特別荒らされた様子がない一方で、ルータは粉々に破壊されていた。未だに訳の分からない事が多いというのに、このうえ高村警部が捜査から手を引いたものだから、先の見えない状況が続いているよ」
「別の係の人が派遣されたのではないんですか?」
「本庁内で正式に捜査担当の交代が指示されるのは今日だから、実をいうとまだ来ていないんだよ。まあ、木嶋さんはその前に事件を片づけるつもりでいるみたいだけど」
以前にあさひから聞いた事があるが、警察でいうキャリアは最初、警部補として警察庁に入庁して、研修を経て七年後に警部に自動昇進し、それから本人の希望や人事担当の決定を受けて、警視庁や各道府県警察に出向する形になるという。つまり、未だに警部補で所轄署の係長という低めの役職に収まっている木嶋は、どこかでヘマをして左遷されると同時に降格させられたのだ。木嶋からすれば、手柄を上げて本庁に戻ることだけが最優先事項なのだろう。望み薄としか言いようがないけど。
「ひょっとして……」と、キキ。「木嶋さんは、功輔くんが今回の銃撃事件に加担していると考えているんですか。ありていに言えば事件の主犯だと」
「えっ!」わたしは声を上げた。
「…………」
ミラー越しに見えた二人の刑事の表情は、どちらも固まっていた。どうやらキキの指摘は正しいらしい。主犯格を功輔だと決めてかかっているからこそ、本庁から刑事が派遣される前に片づけられると息巻いているのだろう。分かりやすい人たちだ。
だが、それは絶対に間違っている。わたしは功輔を信じているわけじゃない。しかし、あいつにそんな大それたことはできないと知っている。だから確信できる。
キキの言う通り、警察の方針はわたし達と相容れないものになるだろう。ならば協力する謂れはない。真実を突き止めるために、警察の方針に無条件で従うことがいつも正しいなんて事が、あってなるものか。