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EVIL TARGET~標的の宿命~  作者: 深井陽介
第二章 断ち切られた禍根の鎖
28/53

その5 功輔の脱走

 <5>


 流成大附属病院のロータリーでタクシーを降りて、わたしは代金を払った。キキと一緒に、一階受付前の待合ロビーに入ると、母が受付カウンターの前から駆け寄って来るのが見えた。慌てて駆けつけたらしく、すっぴんで部屋着のままだった。

「もみじ! あら、キキちゃんも……」

「たまたま一緒にいて……それで、功輔はどこに?」

「ついさっき手術が終わって、三階の病室に移ったって。行きましょう」

 先に駆け出した母の後に、わたしとキキも早足でついて行く。

 病院に担ぎ込まれて手術を受けるほど、功輔は大きな傷を負ったのか。ナイフで切りつけられたと言っていたから、通り魔にでも遭ったのだろうか。予想だにしない事態を前にして、何を考えたらいいのか分からない。とにかく、無事でいてほしいと願うことだ。

 病室の前に辿り着き、わたしは母を追い抜いて先に扉を開けた。

「功輔!」

 叫びながら室内を見渡すが、なぜか視界の中に人がいない。

「お、もみじ。来たのか?」

 ……どこにいる。あ、あの半分だけ閉められたカーテンの向こうか。それにしても、いつもと変わらない口調に聞こえたのだが。

 状況が呑み込めるまでは慌てていたわたしも、ここに来て落ち着きを取り戻しつつあった。普通の速度で歩いて奥に進むと、ベッドの上で上体を起こしている功輔と、その脇に立っている功輔の両親がいた。

「あ、外山さん。お久しぶりです」

 後からやって来た母は、功輔の両親の姿を見て軽く頭を下げた。

「ああ、これはどうも坂井さん」功輔の父親も頭を下げた。「いつもうちの馬鹿息子がお世話になっております」

「功輔ったら、最近はちっともうちで夕飯を食べてくれなくて……ちょっと忙しくて手抜き料理になってるからって、酷いと思いません?」

 本人がそばにいながら遠慮のない物言いだ。功輔は渋面を浮かべる。

「食わせてもらっている立場で偉そうなことは言えないけど、小さい頃から、切って油で炒めるだけの料理ばかり出されたら、そりゃあ嫌気も差すだろ。そういう事は、まともな料理の一つくらい作れるようになってから言えよな」

 それは正論だけど、今はそんな与太話などどうでもいい。しばらく夕飯にカップ麺でも食べていれば、普段の料理がまともなものに思えてくるだろうし。

「それよりも功輔、あんたナイフで切りつけられたんじゃないの」

 わたしが睨みつけながら迫ると、功輔は飄然と答えた。

「ああ。なんとか避けたから深手は負わなかったけど、腹部を少し切られた。幸い、縫って止血するだけの処置で済んだから、手術も二十分くらいで終わったよ」

 病院に運ばれたのもつい先ほどの事だったわけか。

「よかったじゃない、軽傷で済んで」と、キキ。

「あ、そういえばキキさんも来てたんですね」

「あれー、今ごろになって気づく?」

「なんか色々騒ぎを大きくしちまったけど、腹部の筋肉を少し切られただけだから、たぶん明日か明後日には退院できるよ。なんだか、心配かけちまって悪いな」

「……ホントだよ」

 飄々としている功輔を見るにつれ、わたしの中に、言いようのない感情が溢れてくる。拳を握りしめながら、わたしは言った。

「あんたさ、わたしに言ったよね。わたしを心配する奴もいるって事は覚えておけって。……それはこっちのセリフだっつーの!」

 叫んだ途端、功輔は驚いてのけ反った。他の人たちも瞠目している。

 何だろう、この気分は。本気で心配していたんだから、そんな平然と大丈夫だと言われたらむしろ腹が立つ。色々焦っていたわたしが馬鹿みたいじゃないか。

 功輔はじっとわたしを見返してくる。体裁が悪そうな表情で言ってきた。

「……だよな。悪い、もみじ」

 そうやって素直に謝られても困るのだけど。いや、こんな事を言ったら今度は功輔の方が困ってしまうな。わたしは腕を組んだ。

「仕方ないわね。ここはわたしが折れてあげる」

「おいおい、言い方」

「ていうか何があったの? 切りつけた奴はどこに行ったわけ?」

「ああ……犯人はすぐに逃げたよ。警察に通報した人も周りにいただろうけど、どうなったかは分からん」

 警察が動き出しているなら、ひとまず犯人確保は彼らに任せるか。では、この場で訊けることは全部訊いておこう。わたしはまだこの状況を呑み込めていない。

「犯人に心当たりはないの? そもそもなんで切られたわけ?」

「ああ、悪いけど事情を聞くのは後にしてくれ」いきなり出端を挫いてきた。「手当てが落ち着いたから、まずは一晩隠れる場所を探したいんだ」

「は? 隠れる?」こいつは一体何を言っている。

「たぶん警察は、いずれ俺に目をつけると思う。その前に身を隠しておいて、それから別の手段を考えなければいけない」

「おーい、もう少し分かりやすく説明する事はできんのですか、国語が苦手な外山功輔くん?」

「苦手って分かってるのに無茶な事を……」功輔は呆れ顔の後、すぐ真顔に戻った。「今この場で理解できるよう事情を説明する時間はないんだよ。たぶんあと一時間くらいで刑事がやってくる」

「だから、なんで警察が功輔に目をつけるのよ。第一、それなら逃げた方がなおさら危なくなるんじゃない?」

「それは承知の上だよ。ただ……俺はキキさんやもみじみたいに、警察から信頼を得ているわけじゃない。下手にごまかす方がよほど危ないんだ」

「まるで意味が分からないんですけど……」

「分かった」

 え、キキは分かったの? 振り向くと、なぜかキキはスマホを操作していた。誰かにメールを打っているのだろうか。

「要は警察の目をごまかせるような所に匿えばいいんだよね。心当たりがあるから、そこに頼んでみるよ。とりあえず星奴署の人たちが辿り着けないような所に」

「どういうことよ。わたしにも分かるように説明してくれない?」

「詳しいことはわたしも知らないけど、さっきの功輔くんの発言から察するに、警察から信頼を得ているわたし達ならやっても変に思われない事を、功輔くんはやっていた。わたし達やご両親も与り知らない所で、ずっと銃撃事件の調査をしていたんじゃない?」

「ええっ?」

 わたしは驚いて功輔を見た。功輔はバツが悪そうに下を向いている。どうやらキキの想像は図星だったようだ。

「そうなの? どういう事よ、功輔」功輔の母が訊いてきた。

「この場ですべての事情を聞き出すのは無茶ですよ。本人がそう言っている以上は」

 キキはそう言って、その心当たりへのメールを送信した。そして、ベッドを囲むカーテンに歩み寄っていく。

「キキ……?」

 やけに落ち着いている彼女の仕草をただ見ているわたしの前で、キキは驚きの行動に出た。なんとカーテンを引きちぎり始めたのだ。勢いよく、バチバチという音を鳴らす。

「ちょっ、何を……!」

 やがてキキはカーテンをレールから完全に外した。さらにベッドの上のシーツを手に取ると、カーテンの布とシーツの、端っこ同士をきつめに結んだ。本結びだ。

「よし、このくらいの長さがあればいいか。後は……」

 キキは窓方向に視線を移した。窓際に歩み寄ってヒーターの電源を切ると(これ勝手にやっていいのだろうか……)、ヒーターと壁の間にカーテンの布を通し始めた。ヒーターの下から出てきた布を少し引っぱり出し、細く丸めて結び目を作った。

「はい、これで準備は完了」

「いやいや何の準備よ。前触れなく器物損壊をしでかして」

「警察と、ついでに病院スタッフの目をごまかすための、脱走トリックだよ」

 あれだけ派手にカーテン引きちぎってバチバチと音を鳴らしていたくせに……。

「まさかその即席のロープを使って窓から降りるわけ? 手術が終わったばかりの功輔にそれをさせるのは厳しいんじゃない?」

「やってみなきゃ分からないでしょ」

 本気ですか。いつも何を考えているのか分からない奴だとは思っているが、ここまで来ると何も考えていないのではと疑いたくなる。

「とりあえず功輔くんのご両親は先にお帰りください。功輔くんの予想通りなら、警察は確実に功輔くんの家に来て、あなた方に何かしらの質問をするでしょう。ここで起きた事を知っていて、警察の尋問に耐えられる保証はどこにもありません。だからお二人は先に帰って、功輔くんの居場所については関知していない事にしないといけないんです」

「で、でも……」

 当然ながら両親にはためらいがあるだろう。キキは胸に手を当てた。

「大丈夫です。後はわたし達に任せてください。功輔くんは絶対に、警察の手に渡したりしませんから」

 自信と決意に満ちたその表情を見ているうちに、両親は覚悟を決めたらしい。迷いを押し込むように、声を絞りだして言った。

「分かったわ、あなたがそこまで言うなら……」

「ありがとうございます」キキは丁寧に頭を下げた。「後は、脱走後に出歩いても不自然じゃないように、服を替えておきたいけど……退院が許可されていない患者の所に、一度出て行った人が着替えを持って戻って来たら、さすがに警察も怪しむかも。時間もそれほど残されていないし……」

 ここにいる人間が用意するのは難しい。つまり外部の人に頼むしかないわけか。

「功輔が持っている服である必要はないんだよね?」と、わたし。

「もちろん。逃げる時に怪しまれない恰好であれば。だからサイズが同じくらいで、これといった特徴のない男物の服がいいね」

「んじゃ、ここはわたしが心当たりに電話してみるよ。功輔、携帯貸して」

 わたしは功輔に手を差し出した。眉をひそめる功輔。

「……なんで俺の携帯を?」

「だって、わたしは同年代の男の携帯番号なんて登録してないし。功輔の携帯には登録してあるでしょ、市川(いちかわ)くんの携帯番号」

 市川将彦(まさひこ)はわたしと功輔と同じ二年D組の生徒で、功輔の友人の一人だ。

「ああ、将彦ならちょうどいい服を持っているし、話も分かってくれるだろうけど、そのくらい俺から連絡しても……」

「駄目よ。病室じゃ電話は禁止されているし、功輔がまだ病院内をうろつくわけにはいかないでしょ。それに、わたしが頼んでも市川くんは逆らえないだろうし」

「もっちゃん、学校で何やってるの……?」

 そんな、思わず頬筋を引きつらせるほどの事態は起こしていない。

「分かった、将彦への連絡はお前に任せるよ」功輔は諦めたように言った。「スマホならそこに掛けてある上着の中だ。ロックはかけてないから」

「オッケー」

 わたしは壁際のフックにかかっているジャケットのポケットから、スマホを探り当てて手に取った。確かにロックはかかっていなかった。

「ねえ、今さらだけど、わたしに携帯の中身を見られてもいいの」

「別にお前に見られて嫌なものは入ってねぇから」

 まあ、そうだろうな。だからこそわたしに預けることを許可したのだ。

 キキが何を考えているか分からないが、彼女の考える作戦がそうそう失敗する事はないと、わたしは確信している。それは先日の、柴宮酪人を捕らえる作戦をこの目で見て、よく理解した結果だった。

 わたしは市川に電話をかけるべく病室を出ようとしたが、その前に立ち止まり、功輔の方を振り向いた。

「功輔、後で必ず事情を聞くからね……」

 奴の反応を見ることなくわたしは病室を出た。何といわれようと、功輔に無理だと言わせるつもりはない。功輔がわたしのことで無関心でいられないように、わたしも功輔のことで無関心ではいられないのだから。


 それから大体一時間は経っただろうか。功輔の病室の前に、スーツ姿の男性二人がやって来た。どちらも星奴署内で見かけたことがある。つまり星奴署の刑事だ。

 片方が扉をノックしたが、室内からの返事はなかった。再度ノックしても同じ。痺れを切らした刑事たちは「失礼します」と言って扉を開けた。直後、刑事たちは廊下にも聞こえる頓狂な声で言った。

「あっ? 何だ、これは……!」

「まさか、これを使って外に逃げたのか?」

「じ、冗談じゃない! おい、すぐ本部に連絡だ!」

 恐らく、中にいるはずの功輔がいなくなっている事と、窓の外に、カーテンとシーツで作った即席のロープが垂れている事に気づいたのだろう。病室内で携帯電話は使えないから、この流成大附属病院だと、一階の待合ロビーまで戻らないとならない。案の定、刑事たちは慌てて病室を飛び出した。

 ……という光景を、わたしは近くの給湯室に隠れて見ていた。ここまではキキの想定通りの展開だ。わたしはキキに向けて用意しておいたメールを送信した。

『刑事らしき男性二人、先ほど病室を飛び出した』

 二人という部分はさっき追加したものだ。

 キキは今、同じくこの病棟に入院しているあさひの病室だ。あさひが無事だという事が能登田中の生徒たちの耳に入り、今日だけで多数の生徒がこの病院に出入りしている。キキはこの状況さえ計画に利用していた。

 キキはあさひの病室から、外の様子を見ているはずだ。何もなければ、そろそろ彼女から返信が来るはずだが……あ、来た。

『異状なし』

 事前に聞いていた、現状に変更がない事を伝えるサインだ。わたしはスマホを仕舞い、給湯室を飛び出した。次に向かうのは一階待合ロビーだ。

 到着してロビー内を見渡してみると、整然と並ぶ待合用ベンチの向こうに、携帯電話で必死に状況説明をしている刑事たちの姿が見えた。大声を上げることを想定して、邪魔にならない所を陣取ったらしい。これもキキの想定通りだ。

 わたしも、他の電話をかけている人たちに交じって、刑事たちから離れた所でスマホを取り出し電話をかけた。今度の相手は功輔だ。

「功輔、今どこ?」

 わたしは口元を手で覆いながら尋ねた。

「タクシーの中だよ。言われた通り、刑事たちが待合室に戻って来てから外に出て、ついさっき表通りでタクシーを拾った」

 功輔は刑事たちが来訪するまでずっと待合ロビーにいた。見舞い客の中に紛れていたから、病室にいると思っている刑事たちには気づかれない。誰が刑事かは、あさひの病室から外を見張っていたキキが、星奴署の刑事課で見たことのある人を見つけて、その姿をスマホで撮影して功輔のスマホに送信したので、功輔も判別できたのだ。

「言った通りの場所に向かっているね?」

「ああ、住所を書いた紙を運転手に見せたから。門間町にも友人がいるなんて、もみじも交友関係が広いな」

「それはキキの方だよ……とにかく、その家に着いたら大人しくわたしからの連絡を待ってね。間違っても功輔から連絡はしてこないように」

「心得ているよ。じゃあ、また後で」

 あまり長い会話はできない。功輔が通話を切ったのに合わせてわたしも切った。功輔からの連絡を禁じたのは、後で警察がわたし達に目をつける場合を想定してのことだ。もし警察の目の前で功輔から連絡を受けたら、そこから功輔の居場所に辿り着かれる恐れがあるからだ。無事に到着した事のサインは、匿ってもらう先の篠原さそりの携帯から、『お勉強を教えてください』をわずかに変えた文章をメールで送る事と決めている。

 ちなみになぜそのままではいけないのか訊いてみると、キキいわく、

「万が一、警察がさそりの家に目をつける事があって、わたし達を油断させるために偽のメールを送ろうとした場合に備えてね。偽のメールなら、文章をそのまま打って送るしかない。少し変更する事を口頭でさそりに伝えておけば、それだけでさそり本人からのメールだと判別できるでしょ?」

 そんな事まで想定して作戦を練るとは、さすがというかやり過ぎというか……。なんかのスパイ小説にでも影響されたな。しかしこれ自体は悪くない。甘い想定で失策を重ねる政府の役人にも見習ってほしいものだ。

 キキは細部までこだわって作戦を練っていた。飄然として、カーテンを引きちぎるなんて荒事(あらごと)までやっておいて、頭の中では慎重を期した計画が構築されていたのだ。

 功輔を窓から逃がすという方法は、初めから採用するつもりなどなかった。それが無茶である事をキキは承知していた。でもその方法を採ったと思わせることに有効性はあると考えていた。だから功輔を含めた全員が病室から出る際に、準備していたカーテンとシーツのロープを窓から垂らし、そのまま放置しておいた。到着した刑事が外からこのロープに気づいても、また病室に来て初めて発見し、ロープが揺れていない事を確認しても、どちらにしても警察は、功輔が刑事の到着より前に逃げたと錯覚する。当然、その後の行動はすべて自力でやるしかないから、周辺の捜索に力を注ぐことになる。院内を探す事はまずありえない。

 実際には、功輔は警察が周辺の捜索を始めたその後に病院から脱走し、タクシーを拾って遠方に逃げたわけだが。病院に来た刑事が応援を要請したとしても、駆けつけるまでには時間がかかる。二人だけなら、刑事の目を盗んで表通りに出ることもたやすい。

 やがて警察は、功輔が誰かの助けを借りて逃走し、タクシーを使うだけのお金も受け取っていると考えるかもしれない。そうなればタクシー会社にも手を回すだろう。キキはそれさえも考慮に入れて、タクシーは目的地とは違う星奴町内の別の場所で、早い段階で降りて警察の追跡をかわし、時間差をつけて迎えにきたさそりの母親の星子さんが拾って連れていくという段取りにしていた。警察がタクシー会社に連絡したとしても、状況やタイミングを考えれば切迫したものにはならない。間違いなく、功輔が乗っているタクシーに連絡が来た時には、もう功輔は星子の車に乗っているだろう。

 まったく、よくここまで警察を翻弄する作戦を思いつけるものだ。この手の思考に優れているから、犯罪者の仕掛けるトリックにめっぽう強いともいえるけど。

「よし、応援が来るまで、俺たちは周辺を探すぞ!」

 さっきの刑事たちの声が聞こえてきた。振り向くと、刑事たちが駆け足で外に出て行く所が見えた。どうやら星奴署への説明は済んだらしい。

 刑事たちが病院を出たタイミングで、キキが姿を現した。星奴署の刑事課の人ならわたしやキキの顔を知っている。同じ学校に通う功輔が姿を消したタイミングで、単独で怪しい行動を取っている所を見られては危ないと考えたのだ。

「もっちゃん、功輔くんは?」

「無事にタクシーに乗って、キキが指定した場所に向かったよ。とりあえず、ここまでは順調に進んでいるね」

「後は、さそりから連絡が来れば万事OKだね。じゃあ、わたし達も帰ろう」

 わたし達は揃って病院を後にして、こっちはバスで自宅に戻る。

 燦環区内に向かうバスの、一番後ろの席に並んで座りながら、わたしはキキに言った。

「功輔のご両親に約束した通り、功輔は警察の手に渡さずに済んだね」

「でも、安心するのはまだ早いよ」キキは前方を見つめながら言った。「これで警察は、事件が終結するまで功輔くんを追い続けることになったからね。それにわたし達は、もしかしたら警察を敵に回したのかもしれないし……」

「まあ、これがばれたら確実に敵扱いだよね」

「もっとも、わたしはどうなる事を覚悟でこの作戦を考えたんだけど」

 その覚悟に、説明もしないうちにわたしを巻き込むのはいかがだろう? でも、わたしだってキキの行動について行く覚悟はあったはずだし、同じことだ。

「どうする?」キキがこちらを見た。「警察に目をつけられた時の事も考えて、わたし達だけの合言葉を考えておかない?」

「合言葉?」

「そう、例えば……警察は人数かける千円で、それ以外は人数かける百円で」

「ああ……」わたしは思いついた事を言った。「警察って悪い人からサツって呼ばれるから、警察はお札の枚数で、それ以外は硬貨の枚数で、ってこと?」

「そうそう。あと、尾行があるかどうかはもっちゃんが気配で探るとして、それをわたしに伝える必要もあるよね。えーと、尾行、尾行……あ、鼻腔(びこう)をくすぐる微香(びこう)ってことで、『いい匂い』としておこうか」

 駄洒落じゃねぇか。まあ、その方が気づかれにくいだろうけど。

「移動手段も考えておいた方がいいんじゃない? バスとかタクシーとか」

「じゃあバスは『お風呂』で、タクシーは選択肢から『選ぶ』ってことで。車は英語でカーだから『(カラス)』にしておこう」

「あんた、ただ駄洒落が言いたいだけでしょ……」

「そうとも言う」キキは悪びれず答えた。「あ、(おとり)である事はどうやって伝えよう。囮って漢字と英語はどんなやつだっけ」

「英語は知らないけど、漢字は国がまえに化けるという字だよ」

「つまり、四角と『化』か……そうだ、『視覚(しかく)化』からとって『見えるように』という事にしておこう。これは簡単には気づかれないだろうね」

「うーん、確かにそうかもね……」

 もはやこいつ、この状況を単に楽しんでいるだけだな……。

 しかし、厄介なことになったものだ。銃撃事件の手掛かりはまだ十分に得られていないというのに、功輔がなぜか事件を調べていて、その結果警察に追われることになり、わたし達もそれに巻き込まれた。先の見えない展開ばかりが続く。

 これもキキの天然のなせる業なのかな。まあでも、最終的にすべてにけりをつけるのもキキだから、何ともいえない。

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