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EVIL TARGET~標的の宿命~  作者: 深井陽介
第一章 生者を弄する死者の罪
22/53

その22 約束の言葉

 <22>


 柴宮酪人の取り調べは、彼が星奴署に連行されてすぐに始められた。同日に五人目の被害者が出たために、両方の捜査は夜を徹して行われたという。混乱は必至だった。柴宮も素直に取り調べを受けるとは思えず、時間は相応にかかるだろう。だからこちらに連絡が一向に来ない事は致し方ないといえた。

 次の日、わたしは横村先生の助言もあって、普通に登校して授業を受けた。柴宮が捕まった事で警察の捜査は進展が望めたはずだが、星奴町内の中学校にまだ報告がなされていないためか、やはり授業は午前中だけで終わった。

 ホームルームと掃除を終えて、わたしは綾子に「先に帰る」と告げて教室を出た。功輔も何か用事があるらしく、すでに姿を消していた。校門に向かう途中で携帯を覗くと、メールが二件入っていた。一つは剣道部の新しい部長から、部活動停止が解禁された後の練習メニューについて相談したいというものだった。もう一つは……。

 部長には「考えておきます」という旨の返信をして、もう一方には「OK」とだけ伝えておいた。約束していた事だし、無視はできないと思ったのだ。

 校門に来てみると、キキが待ち構えていた。ほぼ同じくらいのタイミングで授業が終わったはずなのに、どうやって短時間でここまで来たのか……。もしくは授業後のホームルームを無視して先に学校を出たのか。なんだか訊いて確かめるのが恐い。

「お待たせ」結局わたしは普通に挨拶。「で、これからどこに行く?」

「決まってるじゃない。星奴署だよ」

 いつもの花畑オーラを抑えていて本当によかった。下校中の生徒が他にも大勢いて、その人たちの視線がキキに集まっている中でその単語を口にしたら、間違いなく変な噂が立ってしまう。これ以上こちらに視線を向けられないうちに、校門を離れた。

 周囲に人が少なくなってきた所で、わたしはキキの頭に手刀の制裁を加えた。

「いったぁい……いきなり何するの」

 キキは頭を押さえながら、涙目でわたしを見た。

「不穏な空気を漂わせる言葉は声を小さくして言え。で、行って何を調べる?」

「まあ、柴宮くんの取り調べの行方も気になるし、あと、昨日の被害者についても知っておきたいかな。警察に直接訊かないと情報が得られないなんて、面倒だよね」

「それは何が何でも事件を調べたい人に限られるけどね……」

「一応、部分的には友永刑事から聞いているけど、まだ調べ始めた段階で、通報の内容しか教えてもらえなかったからなぁ」

 柴宮を捕まえる作戦を実行するより前、五人目の被害者が出た事を、友永刑事から電話で知らされた。まだ通報を受けたばかりで詳細が分からないなか、その時点で分かったことだけが伝えられた。

 被害者の名前は音嶋(おとじま)(たかし)、美衣と同じ璃織中学校に通う十五歳の男子生徒。彼も例にもれず不良で、ほとんど学校に行かず遊び呆けているという。現場は璃織区にある立体駐車場の一階で、血を流して倒れている所が発見され、救急隊が駆け付けた時点ですでに死亡が確認されていた。それ以上の事は何も分からなかった。

 ただ、最初に駆けつけた機動捜査隊がひと通り調べた限り、遺体の周辺からは、あるはずの銃弾が見つからなかったそうだ。他に同様の事件は報告されていないため、早い段階でこれも一連の事件の犯人によるものと結論付けられた。

「先の四件で、銃弾を消した方法は何となく分かったけど、それで犯人の手掛かりが掴めたわけじゃなかった」と、キキ。「柴宮くんは唯一、犯人と生きて接触している可能性があるから、取り調べで主犯の正体に一歩近づけるかも」

「キキは……主犯も捕まえるまで調査をやめる気はないんだね?」

「当然だよ。あっちゃんを実際に撃った犯人は、まだその素性さえ判明していない。全てを明らかにしない限り、本当の意味での解決なんて見えてこないから」

 その曇りのない瞳を眺めるうちに、胸が締めつけられる感覚を覚えた。

 ただ真実を明らかにしたいだけなら、単純な好奇心に起因しているという事になるが、キキの場合はそうでない。大切な友人が傷つけられた事で歪んでしまった現状を、悪化する前に矯正したいのだ。正義だとか、使命だとか、そんなものは抜きにして、大切な人たちを守りたいという理由だけで動いている。キキの行動原理は本当にシンプルで、そしてこの上なく正しかった。露ほども間違っていない。

 だけど、徹底して正しさを貫ける人は少ない。そんな人は、純粋なまでの正しさにあてられてしまい、動けなくなる事もある。わたしがいい例だった。わたしは、キキみたいに純粋にはなりきれない。

 意識せずとも足が止まってしまう。キキが気づいて振り向いた。

「もっちゃん、どうしたの?」

「いや……」顔をあげたくない。「キキ、先に行っててくれない?」

「先に? もっちゃん、他に何か用事あるの」

「えっと……唐沢さんに、昨日の出来事について話しておこうかと思って」

「……わたし、それについてはどうしようか迷っていたけど」

 こちらも同様だった。あさひが事件に巻き込まれた要因には、唐沢菜穂が少なからず関わっている。菜穂にそのつもりがないとしても、この事実を本人に伝える事で菜穂が何を思うか……それを考えたら、伝えるべきか迷うのは当然だった。

 それでもわたしは決めたのだ。

「いつかは知らせないといけない事だし、たぶん、唐沢さんも何となく気づいてる」

「うん……」

「そんな状況でさ、後になってあさひが全部の事情を話すのは、きっと、どっちにとってもつらい事になると思う。お互いに、気持ちの整理にかける時間が必要じゃないかな」

 偽らざる本心に違いはなかった。だけど、後付けである事も否めない。これでキキが納得してくれる保証はどこにもないけれど……。

「うん、分かった」キキは了承した。「わたしは早く情報を集めたいから、星奴署に行く方を優先したいけど……菜穂さんの方も大事だから、そこはもっちゃんに任せるね」

「いいの?」

「気持ちの整理にかける時間は、確かに必要だもんね」

 少し照れくさそうに微笑むキキを見て、わたしは気づいた。ああ……これは納得したわけじゃない。察したのだ。

 ますますキキの顔が見られない。真っすぐでいられない自分が、情けなく、そして同じくらい恥ずかしい。それでもキキはわたしを親友と信じている。そしてわたしは、キキがそう信じている事を知っている。知っていて、甘えるしかないなんて。

「もっちゃん、早めに来てね」

 キキがわたしの肩に手を置いて、優しく告げている事が分かった。目を合わせることもできないまま、わたしはこくんと頷いた。肩から手が離れる。

「じゃあ先に行くね。待ってるから」

 駆けだしていく足音。キキにとって、友達の心に寄り添うのは、呼吸することと同じくらい当たり前のことなのだ。

 でもわたしには……キキに言えない事がいくつもある。例えば、菜穂の元へ行こうと思い立ったのは、さっき菜穂本人からメールが来て、作戦がどうなったか教えてほしいと頼まれたからだ。作戦実行の前にも、電話でそのことを示唆されていた。わたしはそれを言わなかった。あらぬ誤解を招きそうな気がしたのだ。

 考えることが増えるたび、あるいは増やすたび、ため息の頻度も高くなる。わたしはキキと一緒にいたい。それはキキも同じ。その思いに嘘はないし、不安もない。だがなぜだろう。その思いを意識するといつも、胸にぽっかり穴が開いたような気分になる。何も不満はないはずなのに、いったい何が足りないというのだろう。

 キキの言うとおり、わたしにも、気持ちの整理にかける時間が必要みたいだ。


 能登田中の生徒会室は三階にある。職員室は一階にあるため、移動がいつも大変だと生徒会役員の何人かは不満そうに言っているらしい。

 わたしは菜穂と一緒に生徒会室のベランダに出て、静かな校庭を眺めていた。ベランダには鉢植えの観葉植物が三つ置かれている。昨日の出来事についての説明を終えると、隣にいる菜穂は小さく呟いた。

「そう、ですか……」

 説明の最中、意外そうに目を開く事はなかった。やはり、柴宮が犯人だという事を、菜穂もなんとなく分かっていたようだ。

 菜穂は、ベランダの柵の上で組んだ腕の中に顔を沈めた。

「……柴宮くんのストーカー行為に気づいた時、最初は、どうしたらいいか分からなかったの。誰かに相談しようにも、もし柴宮くんがその人に危害を加えたら……そんなことを考えたら、声をかけるのも怖かった」

「きっとストーカーって、そういう心理につけ込むものなのかもね……」

「どうするべきか迷っている時に、あさひさんから声をかけられたんだ」

 そうか……相談するきっかけを作ったのは、あさひの方だったのか。目に見えて心身ともに疲弊していた菜穂を、放置してはならないと思ったのだろう。

「すべての事情を打ち明けたら、あさひさん、自分に任せてほしいと言ったの。話をする条件として、この事は誰にも言わないでほしいと約束したんだけど、あさひさんはその約束を忠実に守りながら、柴宮くんを追い詰めた……すごかったなぁ」

「つまり独力で挑んだってことだよね。確かにそれは並大抵のことじゃないよ」

「それだけに、柴宮くんはあさひさんに対して相当な恨みを持ったと思う。いや……実際かなり恨んでいたから、あんな事をしたんだよね」

 だけどその恨みはあまりに独善が過ぎた。キキやわたしがどれほど言っても、柴宮は反省の色を全く示さなかった。世界が自分の独擅場(どくせんじょう)だと確信していて、菜穂を自分の所有物にする事も正しく、そうなるのが当然だと思っていたのだろう。だからそれを止めようとした人を邪魔者扱いし、身勝手な理論武装で(おとし)めることも厭わなかった。逆に相手に論破されれば、暴力でねじ伏せてでも、自分の正当性を強制的に認めさせようとした。

 なぜそんな人格が形成されてしまったのだろう。それらしい要因を探るのは容易だ。しかしその要因を排除すれば、本当にそれで解決したのだろうか。こんな悲劇が起きることもなかったのだろうか。

「仕返しをされるかもしれないとは思った……だけどあさひさんは、柴宮くんへの追及を終わらせた後にこう言ったの。『あなたが気にしなくていいよ。これはわたしが勝手にした事だから、何があってもあなたが責任を感じる事はないわ』って……」

「それは……うん、きっと、精一杯の気遣いだったんだね」

 あさひが言いそうな事とは思わない。だけどあさひは、何があっても菜穂に火の粉が飛ばないように、菜穂の代わりにすべてを抱え込もうとしたのだ。だから柴宮に手紙で呼び出された時、友人であるわたし達にも相談しなかったのだ。結果として、自分の身を痛めつける事になったけれど……。

「でもさ、責任を感じないわけにはいかないよ……」

 顔をうずめながら、泣きそうな声で菜穂は言った。肩が震えていた。

「わたしの相談に乗って、わたしを守るためにストーカー行為を咎めたせいで、あさひさんはあんな事になってしまった……なんか、合わせる顔がないよ」

「あれは完全な逆恨みだった。悪いのは柴宮だけで、唐沢さんは被害者だよ」

「でも、わたしにも原因はあるから……他の誰にも言わないでほしいなんて、そんな約束するんじゃなかった。迷惑をかけるのが恐くて、他に誰も味方を作らなかった。あさひさん一人に背負い込ませたせいで、あさひさんは……」

 それは、約束を忠実に守っていたあさひにも言えることだ。他にも色んな人に相談するべきだと、あさひが菜穂を説得しなかったせいでもある。だがそれを言ったところで、それでも菜穂は自分が悪いと思ってしまうのだろう。

 ここが違う。柴宮は色んな人たちを傷つけておきながら被害者を装おうとした。だが菜穂は、純然たる被害者にもかかわらず、それを理由に責任を感じないとは言わなかった。まるで対照的な二人。柴宮はどうして菜穂にこだわったのだろう。菜穂のこの性格を知っていれば、上手くいかない事は歴然としているのに……。

 いや、知ろうとしなかったのだ。自分以外全てが下等な存在で、自分に従うのが当然という思いこみに囚われていたのだから……。

 一方で菜穂は、すべてが自分のせいだと思い込んでいる。その意識を変えるのは難しいが、他人のわたしでも、背中を押すくらいのことはできる。元よりわたしは、そのためにここに来た。

「ねえ……あさひは今、何を考えているだろうね」

「……え?」か細い声で菜穂が言う。

「もしかしたらあさひも、唐沢さんがつらい思いをしていたら申し訳ない、とか考えていたりするかもね」

「そんな事は……」そう言いかけて口をつぐむ。「いや、ありそう」

 そう、思ったはずだ。あさひはずっと、菜穂のために力を尽くしてきたのだ。その結果として自分が傷つけられ、その事を菜穂がどう思うか、考えないはずがない。

「お互いに自分が悪いと思っているなら、多少つらくても顔を合わせて話さないと」

「話すっていっても、どうしたらいいのか……」

「唐沢さんからあさひに言うべきことは、二つだけだよ」

「二つ……?」

「『ごめんなさい』と『ありがとう』……これだけ」

 菜穂はこちらをぼうっと見つめたまま、無言を返した。

「正直に言うとね、唐沢さんの話に出てくるあさひは、わたしの知っているあさひとは少し違うんだ」

「えっ」

「何事も手を抜かない、最後までやり通す、利害とかは考えない。あさひは確かにそういうやつだと思うけど……誰か一人のために力を尽くすって事は、あまりないんだ」

「一人のために……」

「むしろ、それはキキがよくやる事だよ」

「キキさんが?」あさひの友人だからなのか、さん付けだ。

「キキはね……自分の身も顧みずに、ただ大好きな友達のためだけに力を尽くす、そういう奴なの。友達が誰か一人でも苦しんでいれば、他のあらゆることを投げ出してでも、その苦しみから解放してあげようと考える。でもね……自分に何があっても、決して友達を悲しませたりはしない」

「…………」

「もしかしたらあさひは、自分でも気づかないうちに、そんなキキの姿に感化されてしまったのかもね。こんなの、誰でもできる事じゃないのに……」

 ストーカーの相談に乗って一人で解決しようとするなど、冷静に考えれば無謀としか言いようがない。でもあさひは行動を起こした。そのうえで菜穂が自分を責めることのないよう気を配っていた。キキと同じように……上手くはいかなかったけれど。

「そう、なんだ……」菜穂の顔に少しだけ笑みが浮かんだ。「なんか意外。あさひさんにも、そんな不器用な所があるんだ……ちょっと安心した」

 完璧な人間など存在しない。あさひだってそうだ。完璧じゃないからこそ、本当の意味でその人を信頼できるのだ。わたしは剣道部にいる中で身に染みて理解できている。菜穂もようやく、その事に気づいたみたいだ。

 今の菜穂ならきっと大丈夫だろう。同じような心境にあるみかんは、どうだろうか。

「ありがとう、もみじさん」菜穂は微笑んだ。「少し元気が出てきました」

「それならよかった」わたしも自然に笑みがこぼれた。「わたし、これからまた出掛けないといけないから、名残惜しいけどこれで帰るね」

「そうなんだ……あ、そうだ。もみじさんに訊きたい事があったんだ」

「訊きたい事?」

 一度ベランダから室内に戻ろうとして、わたしは足を止めて振り向いた。

「わたしの従姉妹に、川谷(かわたに)唯那(ゆいな)って子がいるんだけど……」

 その名前を聞いた瞬間、ぴくりと、体が少し跳ね上がった。

「わたしより一歳下なんだけど、もみじさんのファンらしいの。知ってる?」

 キキは方便として軽く嘘をつくけれど、わたしはどんな理由でも嘘は苦手だった。だから正直に答えた。

「……うん、知ってるよ」

 口調が沈みがちだっただろうか。菜穂は気に留めることなく言った。

「あー、やっぱり。最近は会ったり話したりするたびに、唯那からもみじさんの話を聞いていて……実はもみじさんのことは会った時から知ってたんだ。唯那ったら、お姉さんと話す機会があまりないからって、わたしにいっぱい話しかけてくるから」

「へえ……お姉さんがいるんだ」

「歳は離れているけどね。都内のどこかの会社に勤めているそうだけど、どんな仕事をしているかは、唯那にも話していないらしくて……あんなに仲良かったのに、最近はあまり話せていないって言ってた」

 姉妹仲は良好ながら、仕事のことは妹の唯那に話していないのか。引っ込み思案だけど笑顔の似合う女の子だった。ギスギスした状態が続くのは、他人とはいえ心苦しい。

「まあ何が言いたいかっていうと、せっかく唯那のこと知ってるなら、いい話し相手になってほしいなぁ、って思ったわけ。なんたってファンだし」

 ああ、その話をするために、わたしと直接会いたいと申し入れてきたのか。ようやく腑に落ちたよ。なんというか……つくづく巡り合わせだな。

「まあ、そういうことなら……」

 どちらともつかない返事しかできない自分が情けない。気が進まないなんて、口が裂けても言えるはずがなかった。でも嘘が苦手なわたしには、快諾もできなかった。


 空は晴れている。だけどわたしの心は曇り空のように、どんよりとしていた。

 能登田中の校舎を出て、もう誰もいない校庭を横目にとぼとぼと歩く。早くキキと合流したいけど、いま一度、気持ちの整理にかける時間が欲しかった。とはいえ、わたしが一人で考えたところで、ろくな答えを出せた試しがないのだが。

 事情はまるで違うけれど、誰にも相談できずに迷っていた菜穂の心境が、少しだけ分かる気がする。引くことも進むこともできず、ただ一本道の真ん中で立ち尽くしている。そんな感覚なのだ。菜穂はあさひに手を差し伸べられて、戸惑いながらも打ち明けた。でもわたしはどうだろう……誰かが気づいてくれたとして、内心を打ち明けられるだろうか。

 そんな事を考えていると、わたしの携帯に着信が入った。功輔からだった。

「功輔? どうしたの」

「ああ、作戦の方はどうなったのかと思って……」

 お前も気になってわたしに尋ねてきたのか。まあ、功輔が知っている人の中で、作戦の内容を聞いているのはわたしだけだから、こうして尋ねてくることは必然だけど。

「今朝のお前の様子を見る限り、解決の目処が立ったように見えなかったし」

「いやあ、どうなるかはまだ分からないからね。……功輔、口は堅い方?」

「なるべく言わないでほしいというレベルでも言わない」

 だったら話しても問題はないな。長い付き合いだから、一回確認すれば十分だ。

 わたしは昨日の作戦の成果、そしてさっきの出来事を簡単に説明した。他人の事情に深く突っ込んだ話なので、あまり詳しくは言わなかった。無意識に主観が入ることもあり、下手をすると赤の他人に誤解を与えることになりかねないのだ。

「うーん……それは確かに、解決に近づいた感じがしないな」

 功輔は唸りながら答えた。

「協力者はなんとか捕まえられたけど、誰もすっきりしていないというか……このまま色んな人たちの気持ちを置き去りにしたら、本当の意味で解決した事にはならないかもしれない」

「本当の意味での解決か……難しいな。一切のしこりを残さず、犯人を捕まえるだけでなくケアやフォローも細かくやるわけだろ。その辺、キキさんはどうなんだ?」

「キキか……」少し考えてしまう。「頼りにはなる奴だけど、すべてを委ねられるかといえばそうでもなくて……」

「そうでもない?」

「必要以上の重圧に弱いのよ、あいつ。そのくせ色んなものを一人で抱え込んでしまう所もあるから、見ていて危なっかしくて」

「そこはお前と似ているな。さすがは親友だ」

 わたしも同じようなものだと功輔は言う。重圧を跳ね()ける力は養われたと思うけど、色んな事情を一人で抱え込んでしまう性質が、わたしにもあるのか。

「……功輔にはそう見えるの」

「お前は意識していないかもしれないけどな。もろ刃の(つるぎ)ではあるけれど、そういう性格はアフターケアをする人間に向いているんじゃないかな。まあ、事後処理の役割に違いはないから、一定の解決を見た後じゃないと機能しないけど」

「ほとんどキキに任せているせいで、わたしにふさわしい役割なんてちっとも考えてなかった……」わたしは頬をぽりぽりと掻いた。「先々月の事件でも、事後処理はやっぱりキキがやっちゃったし」

「お前が必要な事態になればキキさんだって考えるさ。それより今は、どうやってこの事件を解決に持ち込むか、だな。分かっていると思うけど油断はするなよ。計画的な犯人なら、最後の一人を手にかけた時点で逃げる準備を整えておくだろうけど、もしそれが叶わない状況になれば、何をするか分からないし」

「最後の一人って……やっぱり功輔も、これが無差別殺人だとは考えないの?」

「え? あー……無差別だと考えるには、被害者に共通項が多いと思って」

 一昨日もその話をしたような気もするけど。あれはあくまでキキ個人の心証で、確信的には言っていなかったはずだ。

「ふうん? まあでも、間違ってもそんな事態にはしたくない。どういう経緯でこんな犯罪に走ったのか知らないけど、これ以上の凶行は何としても止めないと。悲しい被害者ばかりが増えていくなんて、見ていられない」

「同感だな。次の犯行に及ぶ前に、真相を突き止める必要がある」

「って、功輔がそんな力強く言ってどうするの。協力してくれるわけでもないんでしょ」

「俺が加わったところで、たいして変わることもないだろうからな。ただ、お前の友人が巻き込まれたとなれば、他人事で済ませるつもりもない」

「なんだか中途半端な協力に終始しそうな物言いだなぁ……」

「俺が何かしなくても、もみじなら大丈夫だろ。昔から、一度こうすると決めたら最後までやり通す奴だったからな、お前は」

 どうせ本人が耳に入れる事もないから、功輔がキキを高く買うのは別に構わないが、巻き添えでわたしまで持ち上げるのは勘弁してほしい。重圧に弱いわけではないけど、変に期待を寄せられる事には慣れていないのだ。

 ただ、功輔の言うことに間違いはないのだろう。完全に自覚できているわけではないものの、そういう側面がある事は功輔以外の人からも指摘されている。正しさを貫くことに自信を見出せない反面、馬鹿みたいに曲がった事が嫌いで、間違っていると確信できる事は何が何でも手を出さない。そんな性格が、今のこの状況を作ったとも言えるのだが。

「……どうした?」

 無言が続いたせいか、功輔が心配そうに話しかけてきた。

「ううん、ちょっと考え事。そうだね……大丈夫かどうかは分からないけど、諦めずに頑張ってみる。もっとも、ほとんどキキが何とかしちゃうだろうけど」

 わたしが苦笑する一方で、功輔は少しためらいがちに告げた。

「もみじ……覚えてるよな。俺とお前で、遊園地で遊ぶ約束」

「え? うん、覚えてるけど」

「この事件、その時までに必ず終わらせよう。俺は絶対に果たすよ……約束を」

 ずいぶんと真剣な物言いに、わたしは返答に詰まった。元々功輔が提案したことだし、功輔が必ず守ろうとするのは自然なことだ。ここまで力強く確約する必要はない。

 しかし……わたしとしても、できればその約束は果たしたい。この事件の調査がどんな結末を迎えても、功輔と一緒であればいい気分転換になるだろう。だからわたしは、功輔の決意に応えることにした。

「うん……功輔、終わったら絶対に行こう。一緒に」

「……おう」

 改めて約束を交わし、わたしは通話を切った。

 話しているうちに少し心が軽くなり、さっきより歩く速度が上がっている。気を遣われてばかりだと申し訳なく感じるが、功輔との会話は無駄じゃなかった。目指すべき地点が明瞭に見えたなら、わたしは迷わず前を向いて進む事ができる。

 能登田中の敷地を出て、ふと考えた。歩みは止めないけど。

「……あいつ、そんなに遊園地が好きなのかな」


 この時、わたしはなぜか気づかなかった。学校近くの電柱の陰から、怪しい人影が、じっとこちらをうかがっている事に。

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