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EVIL TARGET~標的の宿命~  作者: 深井陽介
第一章 生者を弄する死者の罪
14/53

その14 被害者たち

 <14>


 星奴署刑事課鑑識捜査係の城崎(しろざき)巡査部長は、デスクのパソコンに向かって何やら黙々と作業をしていた。捜査会議に提出する書類の作成中だという。ハンバーガーを片手に持って口に入れつつ、眼鏡をかけた顔をディスプレイに近づけている。こういう姿勢は近眼を悪化させるのだが、鑑識官なら目は大事にしないといけないのでは……。

「城崎さん、ちょっといいですか」

「ん?」

 紀伊刑事に呼びかけられて城崎は振り向き、何事かと言わんばかりに目を剥いた。口はしっかり閉じているけど。

「ん、んん……?」

「何かしゃべる前に食べ物を飲み込んでください」

 城崎は咀嚼(そしゃく)していたものを嚥下(えんか)して、ようやく口を開いた。

「紀伊刑事、そちらの可愛らしいお嬢さんたちは?」

 言われた直後に、わたしは背筋に悪寒が走った。剣道に我が身を捧げると決めてから、女子らしさを追求しなくなって久しいため、可愛らしいと言われる事に苦手意識を持っているのだ。世の女子の大多数が虫や爬虫(はちゅう)類を見た時の反応と同じである。

 ……わたし、虫も爬虫類も平気なんだよね。やっぱり普通じゃないな。

「先々月の女子中学生誘拐事件と、篠原龍一殺害事件で、捜査に協力してくれた女子中学生ですよ。昨日の事件の被害者の友人でもあります」

「ああ、君がキキちゃんか」城崎は破顔した。「もう一人は、茶髪だからもみじちゃんだね。友永から君たちのことは聞いていたよ」

「友永刑事と親しいのですか」と、キキ。

「警察学校の同期でね、階級も奴と同じ巡査部長だ。いやあ、一度会ってみたいと思ってはいたが、前回はなかなか機会がなくてねぇ。確か篠原龍一の件で、最初はキキちゃんが取り調べをしていたそうだね。隣の部屋から覗いてみようかと思ったけど、係長に止められてしまったんだ。まあ、大量の仕事がある中を抜け出したから、当然だったな」

 そう言って高笑いを始める城崎。屈託などまるでなさそうに、自嘲しながら笑う。キキもよくやっている事だ。同様に天然なのか、この鑑識官は。

 一応褒められてはいるはずだが、キキは恥ずかしがる素振りを見せず、むしろ発言の意図を理解しかねると言わんばかりに首をかしげた。

「そんなにわたしに会いたかったのですか? どうして」

「だって君、聞いたところによると、あの傲岸不遜で傍若無人な木嶋さんを相手に、一歩も引くことなく言いこめたそうじゃないか。おまけに事件の捜査では完全に先行して、木嶋さんの見込み違いを露呈させて、犯人確保から自供までの段取りまで考えていたとか。木嶋さんが地団太を踏む所なんて珍しいから、見ていて気分良かったよ」

 要するに城崎は木嶋を嫌悪しているのだ。だから木嶋を悔しがらせたキキのことを気に入った、大方そんなところだろう。この人も無自覚のサディストだ。

「はあ……」

「どうせ今回も木嶋さんはお門違いの捜査ばかり展開するだろうし、また君が自覚しないうちに彼を悔しがらせてくれないかな。今度は切歯(せっし)扼腕(やくわん)する姿も見てみたい」

「それは完全に木嶋さん次第ですね……」キキはぼそぼそと呟く。「そもそも、みかんの事件は、美衣の強引な調査で犯人が焦ってボロを出したから解決したようなものだし、さそりのお父さんの事件にしたって、フリーライターの福沢(ふくざわ)さんが色々お膳立てしてくれたおかげでもあるし、わたし一人の功績というのは違和感があるなぁ……」

 キキが謙遜をするのは今に始まった事じゃない。彼女は自分の成果を喧伝する事もしなければ、それを理由に自分の能力を推し量る事もしない。これはキキにとって、ごく当たり前の行動なのだ。社会における常識的行為でも、キキにとっては不合理なことにしか感じられない。ほんの数回、もとい何回の実績であろうと、それは自らの能力を確信する材料にはならないし、それで自分を知った気になるのは傲慢が過ぎる行為なのだ。少なくともキキはそう考えている。

 もっとも、世の人間の大多数はそんな考えを持っておらず、それこそ、ほんの数回の実績でキキの能力を過大評価してしまう。ゆえに、そうした人たちにはキキが単純に謙遜しているだけに見えるのだ。

 かく言うわたしは、他の人と違ってキキを名探偵とは思っていない。こいつはただ天然なだけの普通の中学生だ。(おご)り高ぶる事がないから、わたしはキキを信頼するのだ。

「ところで、君たちはやっぱり、一連の銃撃事件を調べるためにここへ?」

「はい。警察が事件を公表していないので、ここに来ないと情報が集められないと思ったもので……」

「なるほど、さすがに胆が据わっている。友人のために警察署へ潜り込んでまで情報収集とは」城崎は椅子から立ち上がる。「僕も君たちがどのくらい捜査に貢献できるのか、しかと見てみたいものだ」

「わたし達は城崎さんの観察対象ですか」わたしは苦言を呈した。

「的外れではないな。しかし、花は水をやらなければ成長せず、観察の意味がなくなる。花も恥じらう乙女たちには、綺麗な水をあげようじゃないか」

 そう言って城崎はスチールラックの向こうへと姿を消した。どうやら事件の証拠品はその先にあるらしい。

 しかし……何なの、あの人。花も恥じらうなんて言われて、また悪寒がしたのだが。

「あれはジョークなんですよね?」と、キキ。

「人を(けむ)に巻いたりからかったりするのが好きなのよ、あの人は」

 わたしの周りにも似たような人がいますよ、紀伊刑事。変な事を言われて鳥肌が立つのは仕方ないけれど、基本的に困惑させられるほどの言動ではない。彼自身がどうなのかは知らないが、こういう変わり種と日常的に接しているわたしは、きっとどんな皮肉を言われても動じないのだろうな。

 スチールラックの横を抜けると、大きな正方形のテーブルが目に入った。てっきり、ビニール袋に入った証拠品が所狭しと並んでいるのかと思ったが、大部分を占めているのは書類だった。紀伊刑事いわく、警視庁科捜研から届いた鑑定結果らしい。

「さて、これを見てくれ」

 城崎はどこからか可動式ホワイトボードを持って来て、何枚かの写真をマグネットで貼り付け、マーカーペンで補足情報を書き込んだ。城崎は右端に貼った写真を、マーカーペンで指し示して言った。

「まず、こいつが一人目の被害者。名前は平津(ひらつ)卓也(たくや)、十五歳」

「燦環中学校所属、ですよね」

「……あれ、なんで知っているの」

 城崎が驚くのも無理はない。被害者の身分が公表されていないだけでなく、ホワイトボードにもその事は書かれていない。それなのに、なぜキキは一人目の被害者の出身校を知っていたのか。……今までに何度も見たから、わたしは驚かないけど。

「友永刑事から聞いた話で、なんとなく」

「ああ、奴なら何かの拍子に口を滑らせても不思議はないが……」

「まあわたしが聞いたのは、三件とも被害者の所属中学校が異なるという事と、二人目の被害者が能登田中出身という事だけですけどね」

「ん? だったらなんで一人目の被害者の出身校まで知ってるんだ?」

「三人目の被害者の真鍋くんが絵笛中出身である事は、わたしも目撃者なので知っていました。星奴町にある中学校は全部で五つ。一件目に当てはまる候補は、燦環中、璃織中、そしてもっちゃんも通っている四ツ橋学園中の三つです」

 さりげなく“もっちゃん”を使ったこいつの頭を、わたしは即座に引っぱたいた。

「ああ、うん……」半ば呆れている様子の城崎。「で、その三つからどうやって絞り込んだわけ」

「簡単ですよ。被害に遭った少年がどの中学校に所属しているのか、警察ならその日のうちに特定できたはずです。だったらその日、遅くても翌日には、どこよりも早くその学校に対応を求めなければなりません。でも四ツ橋学園中は三件目が起きた日になって初めて対応を取っていますし、璃織中に通っているわたしの友達も、同じ日に放課後まで図書室に籠っていたそうなので、この二つは除外されます」

「だから燦環中学校だと思ったわけか……やるじゃないか」

 この程度の褒め言葉ならしっくりくるらしく、キキは満足げに微笑んだ。でも、燦環中に通っているキキが学校の動きを察していれば、こんな面倒をしなくて済んだのでは。まあいいけど。

 改めて平津卓也の顔写真を見てみた。ピアスに、ワックスで尖らせた頭髪が、いかにも奔放な印象を与えるが、どこか気弱そうな性質が顔に滲んでいた。

「続けよう。一人目の被害者、平津卓也は、心臓を撃ち抜かれてほぼ即死だった。場所は燦環区二丁目の繁華街にある、ビルの間の路地だ」

「あの、ほぼ即死というのは……」

「一秒の隙も与えない、本当の即死に至らしめるには、脳幹の最下部である延髄を破壊するしかない。ちょうどこの辺りだ」城崎は自分の後頭部の生え際近くを指差した。「心臓を撃てば確かに血液の供給が止まり、わずかな時間で脳の機能も停止して死に至るが、それでも数秒の猶予はあるんだよ」

「だからほぼ即死なんですね」

「まあ、相手は中学生だから反撃の恐れもないし、完全な即死にする必要はないけど」

「どういう状況下で事件が起きたんですか」

「それについては、現場に立ち会ったそちらの女性刑事に訊くといい」

 キキとわたしが視線を向けると、紀伊刑事は、やむをえまいと観念したようにため息をついた。

「事件発生前の状況は誰に聞いても判然としなかったけど、突然に銃声が聞こえて、その直後に、路地に立っていた平津が後ろ向きに倒れた所は目撃されている。目撃者の一人が駆け寄って体を揺するなりしたけど、その時点で反応はなかったそうよ」

「ちなみに現場の状況はこんな感じだ」

 城崎が指し示した写真を、キキはじっと見た。幅二メートルもなさそうな狭い路地に、人の形を象って白いテープが貼られている。頭を表の道路に向けて、真っすぐに倒れている。流れ出た血液がこびりついているが、ちょうど胸のあたりにマンホールの蓋があるのが見える。

「この体勢で、後ろ向きに倒れたという事は、路地の奥から撃たれたのですか」

「倒れた向きから類推するのは正確じゃないけれど、その通りだよ。実際、路地の奥のビルの二階に、直前まで誰かがいた形跡が見つかっている。それと、そのビルの入り口の近くには防犯カメラがあって、事件直後に立ち去る人の姿が映っていた。事件当時はビル内に誰もいなかったし、その人物が犯人と見て間違いない」

「え?」わたしは瞠目した。「それなら、犯人の顔とかも分かるのでは……」

「ところがどっこい、犯行前に、カメラのレンズに霧吹きで水滴をつけていたんだ。おかげでどんなに映像を解析しても、大体の背丈と、ゴルフバッグらしきものを背負っている事しか分からなかった。三件目で写真を撮ったのは君だそうだが、正直、鮮明な写真が手に入ったのはありがたかったんだよ」

 よかった、とっさの判断だったけど、あれで正解だったみたいだ。それにしてもこの犯人、本当に証拠を残さないように徹底しているな。

「次は二人目だ」城崎は平津の横の写真を指し示した。「室重(むろしげ)翔悟(しょうご)、十五歳。友永が口走った通り、能登田中の所属だ」

 写真の中の少年は、平津と同じようにピアスを装着し、頭髪は金に染めてワックスで尖らせていた。平津よりだいぶきつめの印象を与える。

「殺害場所は、能登田区にある公園の砂場だ。公園といっても、近くにもっと大きく遊具も多い別の公園があって、滅多に使う人はいないようだけど」

「事件があったのは平日の昼間ですから、もっと人は少ないでしょうね」

「ご明察。実際、目撃者といえるのは、公園の出入り口近くのカフェにいた人だけで、しかも殺害された瞬間を見ていたわけじゃない。ただ単純に、銃声らしき音が聞こえて、しばらく経ってから覗いた時にようやく遺体の存在に気づいたというだけで」

「銃声が聞こえたらすぐに駆けつけそうなものですけど」

「サイレンサー付きの銃器などを使ったのなら、それが銃声だとは気づかない。実際に目撃者が聞いた音も、映画とかで見られるような破裂音じゃなかったそうだし」

 なるほど……普段から映画などでしか銃声を聞かない人にとっては、音量などが小さく調整された音を、即座に銃声とは認識しないだろう。

「それで、室重くんはどこを撃たれたんですか」キキは恐れを知らずに訊いた。

「右目だよ。貫通していたが、例によって遺体の付近から銃弾は発見されていない」

 目を撃ち抜いたのか……やり口がグロテスクだ。相当な恨みがあったのか。

「でも、一件目も二件目もそうですけど、その現場に野次馬は多数集まっていたでしょうから、銃弾を拾うのは難しくないんじゃありません?」

「まあ確かに、人ごみに紛れて銃弾を拾うのは不可能じゃないが、一件目は服の上から、二件目は頭蓋骨を貫通しているから、銃弾の物理エネルギーはその時点でほとんど失われる。運よく貫通したところで、遺体から離れた所まで飛んで行くことはそうそうない」

「でも目撃者の中には、遺体にかなり近づいた人もいますよね?」

「目撃者イコール共犯者の可能性か。その辺、現場の判断はどうだったのかな。刑事課の女性捜査官」

 挑発するような物言いに、紀伊刑事は頬をぴくりと動かした。

「呼ぶなら名前でお願いします。もちろん二件とも、銃弾が見つからない事が分かってすぐに、任意ではありましたが目撃者の身体検査を行いました。それに、十五歳の少年が血を流して倒れている現場に、必要以上に近づく野次馬もいませんから、被害者の死亡を確認するため接近した人がいれば、目立って誰もがその人物の行動を注視します。ですが、誰ひとりとして、目撃者が誰かに何かを渡している所を見ていません」

「つまり、どさくさに紛れて銃弾を拾った可能性は皆無というわけか」

「まるで煙のように消えたみたいですね……」と、わたし。

「科学捜査の世界に身を置いている以上、物質が影も形も残さず消えるという現象には、否定的な立場を取らざるを得ないがね」

 まあ、誰が何を信じようが自由だけど、超常的あるいは超自然的な現象を、現実の捜査に持ち込むわけにはいかないからな。

「それじゃあ、遺体が発見されるより前に、公園に出入りしていた人は?」

 キキからの問いに紀伊刑事が答える。

「カフェにいた複数の目撃者が見る限り、そういう人はいなかったそうよ。あの公園に出入り口は一つしかなくて、外周のほとんどは金網の柵が立っているから、銃声の後に誰も出入りしていないのは確かでしょうね」

「ちょっとした密室状態ですね……犯人がどこから撃ったかは分かりますか?」

「公園の、出入り口の反対側にお堀があってね、そのお堀と柵の間の草地に、真新しい足跡と射撃残渣(ざんさ)が見つかっているから、たぶんそこから撃ったんだと考えているわ」

「遺体の状況から見ても、その可能性は高そうなんだ。ごらん」

 城崎はホワイトボードに現場の状況をマーカーで描いて表現した。ほぼ正方形の公園の上部に出入り口、下の方にお堀、中央より少しお堀寄りの位置に砂場。遺体はその砂場の中に、頭を出入り口に向けて倒れている。

 事件現場の図解の隣には遺体の写真がある。素人への配慮からか、顔の写っていない写真が選ばれていた。室重少年は仰向けに倒れ、少し両膝を曲げていた。砂に押し留められていたせいで、膝が真っすぐにならなかったのだろう。

「この写真を見ても分かるように、遺体は出入り口に背を向けたまま倒れている。この体勢で目を撃ち抜いて仰向けに倒すには、正面から撃つ必要がある。柵とお堀の間は草地になっているし、絶好のポジションと言える」

「そうすると、銃弾が転がっているとすれば、遺体と出入り口の間という事になる」

「ああ。だけどそれらしいものは何も見つかっていない。唯一見つかったのは、遺体のそばに転がっていたコレだけだ」

 城崎がマーカーで指し示した写真には、外国のものらしい硬貨が写っていた。少し血痕が付いているが、外国人男性の横顔と、LIBERTYの文字が書かれている。

「ダイム硬貨……アメリカの十セント硬貨だ。刑事課の連中によれば、これは被害者の所持品ではないらしい。指紋も検出されなかった」

「なんでアメリカのコインが遺体のそばに……?」と、わたし。

「さあね。僕の仕事は証拠品採集で、想像を働かせるのは刑事課や君たちの仕事だ」

 厳密に言えばそれは中学生の仕事でもない。やるのは自由だけど。

 それにしても、聞けば聞くほど訳が分からない状況だ。不自然に銃弾が消えているというのもそうだが、事件の発生状況はちゃんと想像できるのに、それ以上先に進むための手掛かりが何一つない。妙なものは転がっているし……。

「ところで、被害者が持っていた携帯の記録は調べましたか」

 さっきからキキは考える様子をあまり見せない。情報収集のみに徹しているようだ。必要以上に吟味しない事で、先入観を植え付けないようにしているのかもしれない。

「携帯の記録ね……実はそれも、ちょっと気になっている事ではあるんだ」

「何か奇妙なものがあったんですか」

「むしろ逆だな。あって然るべきものがなかった。亡くなった三人とも、所持していた携帯に家族との通信記録が一切なかったんだ。そればかりか、電話帳に固定電話は登録されていたけど、家族の携帯番号は登録されていなかった」

 それはまた不可解な……あれ、家族にも内緒にしている携帯の存在、どこかで前に聞いた事があるような。

「もっちゃん、覚えてる? 真鍋くんの連れの子たちの話で、親に内緒でもう一つの携帯を入手していたっていうのがあったでしょ」

「ああ、あれか。……って、またわたしをもっちゃんと呼んで」

「どうです?」キキはわたしの不平を無視した。「親御さんたちも、被害者の少年たちが持っていた携帯に見覚えがないと証言したのではないですか」

「ええ、そうよ」と、紀伊刑事。「どうもあの携帯は、特定の友人との連絡用に入手したものみたいだけど、親御さんたちは存在を知らなかったわ。親御さんの知らない所で密かに持ち歩いていた、表に出していない携帯だったみたいね」

「じゃあ、親が存在を知っている方の携帯はどこに?」と、わたし。

「それも見つかっていないわ」紀伊刑事はかぶりを振った。「一応親の許可を取って被害者の自室を探してみたけれど、どこにもなかった。恐らく犯人が持ち去ったのだろうと考えているけど、そのタイミングが分からないのよね。状況を見る限り、犯人は遺体に近づいていないみたいだし……」

「まあ、事件が起きる前のどこかで盗んだと考えるしかないだろうね」と、城崎。「それにしても、君はなんで携帯のことが気になったんだい?」

「真鍋くんが撃たれる直前に、真鍋くんの携帯にメールが届いていました。犯人が初めからあの廃ビルを拠点と決めていたのなら、彼を立ち止まらせるためにメールを送った可能性もあると思ったんです」

 それで真鍋少年の取り巻き達に、携帯のアドレスを知っている人に誰がいるか尋ねたわけか。さすがに頭の回転が速い。

「なるほど……勘がいいな。そのメールについてはすでに解析済みで、僕たちも不可解に感じていたところだよ」

「何が書いてあったんですか」

「『確信犯に罰を与ふ』……とあったよ」

 キキは表情が固まった。瞬時に言葉の意味を理解できなかったらしい。

 確信犯。直後の銃殺が罰だと解釈すれば、確信犯とは真鍋少年のことか。つまり、何らかの悪事を悪事と認識しながら実行した事のある不良ということ……過去に人を殺した事があると語っていたらしいが、それと関係あるのだろうか。

「それは……確かに不可解ですね」

 キキのセリフからは感情が消え失せていた。言葉の定義が分からない事も、ある意味で不可解といえるだろうか。

「ちなみに誰が送って来たのかは分からん。送信元のヘッダ情報が書き換えられていたうえに、辿ってみたら海外のサーバをいくつも経由していてね。簡単に言えば、どこから送ったか分からなくするために色々偽装工作をしていて、手掛かりゼロってことだ」

「あ、どうもありがとうございます」

「いくら賢くても、中学生だと知らない事も多々あるだろうしね」

 気遣いはありがたいが、キキの場合、知らないことの方が多いような気もする。中学生でありながら、凝固点降下も知事の地位も知らないくらいだ。そのくせ紙飛行機の記録については知っていたのだから、知識に隙間がありすぎる。

「だがまあ、君の言う通り……犯行の直前に不審なメールが送られたとなれば、何か意味があると勘繰らざるを得ないよな」

「城崎さんも同じ事を考えていたみたいですね」

「君が具体的に何を考えているかは知らないけどね。それで色々と調べて、今朝になってようやく分かったんだ」

 城崎は、テーブルの上の書類の一枚を手に取った。科捜研からの報告書だ。

「科捜研による分析結果が届いた。予想はしていたけど、これで、真鍋少年の殺害に使われた銃弾が消えた謎は解けたよ」

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