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ヘタレ高校生のご主人はお人好しで最強&凶の准貴族  作者: 極超音速絹ごし豆腐
第1章 『竜紋石』
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第1節 第2-2話  『禁書』

 少女は起き上がると、コウの前に立った。少女はコウに目を合わせる。綺麗な目だった。澄んだ紺色の目は人のモノとは思えない。瑠璃でも入っているんじゃないかというほどに美しかった。


 コウは気まずくなって、目をそらそうとした。別に何かやましいことがあったわけじゃない。単純に、長時間、人と目を合わせているのが苦手なのだ。だが、少女の真剣な眼差しは、コウにそれが失礼だと思わせるのである。


 少女は何も言わなかった。ただ、コウの目を見つめ続けていた。


 え、急にどうしたの?俺、何かマズいことした?主人公ヒーローっぽくあいつを追いかけた方が良かったのか?いや、それよりこの子の方が心配だよ。それに、俺は主人公ヒーローなんかじゃない。そんな、物語の主人公ヒーローみたいに凄いことなんかできるはずないじゃないか!


 とにかく、この沈黙は苦手だ。何か話そう。

「あの~。」

コウは少女に話しかけた。話しかけたものの何を話すかは考えていなかった。この後は少女の方が話を始めてくれると思っていた。


 しかし、少女は何も言わなかった。「どうしたの?」すらも言わなかったのだ。黙ってコウを見つめているのだ。


 少女の表情からは感情を読み取ることができない。ぼうっとしているようにも見えるし、怒っているようにも見えた。少なくとも笑っていないのは確かである。


 けれども、変化はあった。コウが話しかけてから1,2秒経ったころだ。少女はコウから目を逸らして、少年が去った方を眺めた。


 特に意味も無く、コウは少女の視線を追った。強いて意味付けをするなら、それ以外にすることが無かったというところだ。少女が見る先にはこれといって何かあるわけでは無かった。不思議に思い、コウは少女に目を戻した。その時、コウの目に入った少女はどこか悲しそうだった。


 それから、また、1,2秒の間を置いて、少女はスウッと息を吸った。深呼吸と普通の呼吸の中間くらいだ。若干だが、息をする音がコウには聞こえた。


 そして、少女はコウに視線を戻すと、思い切ったように言い出した。

「ねえ……本当はどこか来たの?」


 何だ、そんなことか。随分と簡単なことを聞いてくるんだな。もっと、とんでもないことを言うのかと思ったよ。

「にほ――」

だが、コウは日本と言いかけてやめた。


 危ない、とっさに言っちゃうところだった。まあ、言っても問題無いだろうけど……いや、問題あるな。この子に不審感を与えてしまう。俺だって、バカじゃない。そのくらいのことは予想できるさ。だって、突然あった人間が知らない土地の名前を言ったら不審に思うだろ?俺だってさっきそうだったんだから。まあ、とはいえ、悪い子ではなさそうだから、言った所で酷いことにはならないだろうけど。


 ところが、少女は小首を傾げて、唇に指を当てると、言った。

「にほ……ん?」

「え!?あ、ああ、そうだけど……」

コウは突然の出来事に思わず本音を言ってしまった。まさか、少女の口からその単語が飛び出すとは思っていなかった。

「そうなの。」

少女はサラリと言った。少女は全然驚いた様子を見せなかったのだ。


 あれ?もしかして、ここって異世界じゃないのか?この子も日本語分かってそうだし、まさか、本当に明晰夢!?もしくは地球の何処か?


 明晰夢だとすれば、このデジャヴの説明もつく気がするし、それなら早く起きないと!


 しかし、コウのそんな希望は少女が発した次の言葉によって玉砕した。希望はわずか数秒で砕け散ったのだ。

「日本?よね?それって国なの?少なくとも、私が知る国でそんなのは無いわね。」

「え……あ、うん、何でも無い。」


 1度上げてから落とされると、その分落差が大きい。希望という位置エネルギーは絶望という運動エネルギーに変換され、コウを地に叩きつけた。


 コウの希望は2階から落とした泥団子のごとく、音も無く、砕けた。


 ただ、一つ運が良かったとすれば、その泥団子は固くなかった。まだ、乾ききっていない柔らかい泥団子だった。おかげで、砕けはしたが、被害は少なかった。変形こそしたものの、泥の塊としては健在だった。硬いと脆いは表裏一体とはまさにこのことだろう。


 コウはふと力が抜けるのを感じた。崩れ落ちそうになるのを一歩下がって止めた。


 何をそんなにがっかりしてるんだ。今までもこんなもんだっただろ?世の中、不条理なことだらけなのは中学で分かってたんじゃないか。どうせおまえにできることなんて無いんだよ。だったら、ここで生きるしかないんじゃないか?何を今更、こんな事でがっかりしてるんだよ。


 コウは自らに問いかけた。考えてみればこんな不条理には慣れきっていた。今回はちょっと規模が大きいだけだ。そう考えれば、絶望するほどのことではなかった。


 そう、ちょっと規模が大きいだけなのだ。ちょっと異世界に来てしまって、ちょっと日本に帰れなさそうで、ちょっと突然ひったくりに会っただけだなのだ。


「大丈夫?」

少女は突然ふらついたコウを心配したのか、そう言って、手を差し出した。

「うん、大丈夫。」

そう言いつつも、コウは少女の手を掴んだ。


 小さい手だった。細い指だった。真っ白で絵に描いたような肌だった。それでいて、温かかった。コウには、久しぶりの人の温もりに感じられた。


 半ば反射的に掴んだ少女の手であったが、時間が経つと、やはり恥ずかしかった。

「あ、ごめん。」

コウは少女の手を離した。同年代の女子とこんなに接近するのは初めてだった。

「あら、別にいのよ。」

女子は特に気にしない様子で言った。

「んん、大丈夫。」

コウは首を振った。


 少女はもう一度、少年が過ぎ去った方を見た。コウに視線を戻すと

「巻き込んじゃったわね。」

と言った。


「別に気にして無いけど。」

とコウは言った。しかし、それでは少女の方が納得いかないようで

「ごめんなさいね。」

と謝った。少女がペコリと頭を下げると、つむじが見えた。


「いいよ。それより、俺も何か手伝おうか?」

「あら……あなたは家に戻ったほうがいんじゃないの?」

「家?」

「家よ。日本……だったかしら?あなた、そこの貴族か何かじゃないの?」

「うーん、貴族ではないと思う。それと、家は無いよ。」

『おそらくこの世界には』と、コウは心の中で補足した。


「え?……ええ!?」

少女はコウに聞き返すように言った。そして、その後、徐々に理解してきたのか、驚きの声を上げた。


 少女はどうしようかと言うように頭を掻いた。

「じゃあさ、まさかとは思うけど、一人なのよね?」

「ああ、そうだけど?」

「従者は?」

「従者?」

「いないのね……」

「いないよ。」

コウは少女の質問に、オウム返しのように答えた。こんなので、会話が成立してしまうとは……


 少女は、しばらく、考えるように腕を組んだ。

「どうしたの?」

コウは聞いた。


 少女はコウの問いかけに、少し時間を置いて答えた。

「いえ、ちょっと、考えてたの。」

それは把握しています。コウは口には出さなかったが、突っ込んだ。


 少女はそんなコウの心情を察したのか、それとも考えがまとまったのか、更に10数秒経ってから言った。

「要はあなたって、家は無い、知り合いもいない、この国の人間でもないってことよね?」

「そうなるね。」

「……お金はあるの?」

少女は上京を心配する母親のように聞いた。


 ポケットの財布が入っていたはずの部分には何も入っていなかった。ああ、やっぱりあそこで落ちたのか。まあ、使えるかどうかも分からないしな。

「無いよ。」

コウは正直に答えた。もう、わざわざ隠す気も無かった。


 コウの前には、口を開けてポカンとする少女がいた。

「あなた、今までどうしてたの?」

少女は聞いた。

「え、いや、まあ、それは……」

しかし、ここまで来ても、コウには異世界人だと言う勇気は無かった。


 案の定、少女は不審そうに眉を潜めた。しかし、少女はそこを追求はしなかった。むしろ、コウの未来を心配していた。

「あなた、これからどう生きてくつもりなの?」

「特に考えてないけど?」

「はぁ!?」

「え、いや、ごめん。」

コウはとっさに謝った。


 ふふっという笑い声が聞こえた。少女のものだった。少女は口に手をあててくすっと笑ったのであった。

「何か?」

謝って笑われるということにムッとするコウであった。

「いえ、ごめんなさい。でも、まさか、そこまで行き当たりばったりだったなんて……」


 行き当たりばったり……か。そんなこと言われたのは初めてかもな。というか、今回は想定外のことが起きすぎてるんだよ!誰が異世界に飛ばされるなんて想定するか?それも何の特典も無しで。


 仮に、そんなことを想定して日常生活をしている奴がいたら、相当な変人か天才だよ!


 しかし、コウのそんな思いなど少女に分かるはずもない。だが、不思議なことに少女はコウに最適解とも取れる案を提示してくるのだった。

「じゃあ、私の所で働かない?」

「はい?」

ナーディストラスク(ここ)に来るときに、ルルを家に置いてきちゃったのよ。だから、ここにいる間、働いてくれない?あ、でも、もしよければ、その後もいんだけど……」

「ルル?」

「ああ、言い忘れてたわね。うーん、なんて言うのかな……メイド?かしらね。ただ、私の所ってルルしかいないからメイドって感じじゃないのよね。」

「ふーん。」

コウは事態がよく飲み込めなかった。


 メイド?……ってことは俺は執事か?うーん、まさか、この子に人を雇えるほどの財力があるとは……どうなんだろう。執事って凄くブラックなイメージあるけど……でも、このままじゃ野垂れ死ぬの確定だから、了解するしかないのか。


 コウはそう考えた結果、言った。

「分かりました。やらせてください。」

「そんなにかしこまらなくていのよ。さっきも言ったでしょ?うちにはルルしかいないのよ。そんな貴族みたいに何10人、何100人っているわけじゃないんだから、皆家族みたいなものよ。」

アットホーム……少数精鋭……俺はとんでもなくブッラクな職場に着いたんじゃ……いや、ブラックかどうかなんて言ってられるか!生死がかかってるんだからな。


 ボソッと呟く声がコウに聞こえた。

「カンナ。」

それは少女の声だった。

「カンナ?」

コウは聞き返した。

「ええ、私の名前よ。カンナ。カンナ・ストレガ・ドラコが本名だけど、カンナでいわよ。敬称はいらないから。これから、一緒に生活するのに名前が分からないのも不便でしょ?」

「あ、ああ、そうだね。カンナが名前?」

「ええ、カンナが名前で、ストレガが階級、ドラコが苗字よ。」

「分かった。じゃあ、俺はコウ・カリガワだね。よろしく、カンナ。」

「よろしく、コウ。」

カンナはそう言って、はにかんだ。

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