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ヘタレ高校生のご主人はお人好しで最強&凶の准貴族  作者: 極超音速絹ごし豆腐
第1章 『竜紋石』
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第1節 第1話   『其の鵲は竜』

 7月7日、日曜日、8時過ぎからジトジトと雨が降っていた。時々、隣の家に生えている木から一斉に水滴が落ちる。それが屋根に当たった音が、コウの部屋に響いた。ボタボタともガンガンともとれる音である。


 昨日の学校帰りに買った本は読み終ったし、どうしようかな。そう思いながら、コウは時計を見た。12時過ぎだった。


 そういや、まだ昼ごはん食べてなかったな。今日は買いに行くか。たまにはそういうのもいよね。コウは椅子から立ち上がり、財布を手に取る。コンビニでいよな。駅まで出ると時間かかるし。


  玄関先でビニール傘を差す。空に浮かぶ灰色の雲を傘越しに見上げた。


  今年も天の川は見えないな。織姫と彦星は曇りでも会えるのか?地球の天気なんて関係なさそうだけど。


 しかし、すぐにコウは

「ふん。」

と鼻で笑って自らの考えを否定した。16にもなって何考えてるんだか、と。




 コンビニへは600メートル程度だった。コンビニのくせに便利コンビニエンスじゃない、というのはコウの口癖と化している。引っ越してから4ヶ月、2日に1回は言ったのではないかというレベルだ。


 コウとしては、コンビニは自宅から400メートル以内にあって欲しかった。それは、数カ月前までいた都会での生活に慣れきっている証拠なのかもしれない。


 電子音と共にコンビニへ入る。いつもと何ら変わらぬ風景が広がっていた。例え、雨であってもコンビニの商品はさほど変わらない。コウは弁当売場へと直行し、おむすびを二つ買った。


 コウはコンビニを出て、すぐに角を曲がった。神社へと向かったのだ。どうにも7月7日は晴れていて欲しかった。


 ああ、何やってるんだろう。小学生じゃあるまいし……神頼みかよ。こんなの中学の奴らに見られたら、たまったもんじゃないな。


 そんなことを思いながら、一つ目の鳥居をくぐる。足元に気をつけながら階段を登り、二つ目の鳥居をくぐった。雨で濡れた山道の石畳は、普段より黒っぽい。


 石畳の参道を直進して、拝殿はいでんの前に立つ。そして、5円玉を賽銭箱に入れ、参拝を済ませる。パンパンという音が人気の無い拝殿に響いた。


 暫時、手を合わせて、拝殿に踵を返す。


 鳥居をくぐって、階段の前に差し掛かった時だった。コウは時間を確認しようと、携帯を取り出した。その瞬間、携帯が出たはずみで、同じポケットに入っていた財布が落っこちた。


 それをキャッチしようと、体の重心をずらしたのがマズかった。


 雨で濡れた参道の石畳はよく滑った。摩擦なんて無いに等しかった。


 まず、ビニール傘が中を舞った。次に財布が誰にキャッチされること無く、虚しく地に落ちた。最後に、コウの体が飛翔した。


 コウは階段からダイブした。パラグライダーもパラシュートも付けずに、それはそれは勢い良くダイヴしたのだった。


 それはまるで階段の上から飛び降りる小学生のようだった。ただ一つ、頭から落ちていることを除けば。


 死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。これは絶対死ぬ。ああ、くっそおぉぉーー!!こんな所で死んでたまるかよ。せっかくここまで来たってのに!


 しかし、世界は残酷だった。そんなコウの思いなど聞くわけも無く、コウの体は全人類が知っている、ごくごく単純な法則にしたがって落ちていった。


 物は上から下に落ちる。それはややこしい物理の話を抜きにすれば、ずっと昔からからどの人類も経験的に知っていることだ。


 地面はどんどん迫ってくる。どんどん迫ってくる。どんどん…………迫ってきてるか?


 コウが異変に気がついたのは体が落下を始めてから4,5秒が経過した後だった。思わず目をつぶったコウだったが、さっきから風を切る感覚が無い。


 あれ?落ちる時間、長くないか?可怪おかしい。何かが可怪おかしいぞ。




 コウは思い切って目を開けた。その瞬間、目の前に灰色の平面が見えた。ヤバイ、ぶつかる!コウは慌てて顔を覆った。


 しかし、痛みは無かった。コウが考えていた衝撃と痛みはいつになっても訪れなかったのである。

「あれ?」

コウは間抜けな声と共に自分がいかに間抜けであったかに気がついた。


 そういえば、さっきから、腕に地面が触れてた気がする……


 コウがもう一度目を開けると、目先には灰色の平面があった。さっき、目を開けた時と距離は全く変わっていない。


 そうだ、さっきからずっと、俺はここに倒れてたんだ。


 立ち上がってみると、灰色の平面は石畳の一部だった。更に、目の前には同じく石で作られた階段がある。


 なんだ、怪我、しなかったんだ。………………え……?


 自分がまだ生きている、と安心したのもつかの間、すぐに大きな問題がコウの前に立ちふさがった。


 ここ……どこだ?


 目の前に有るのは確かに石階段だった。足下にあるのは確かに石畳だった。しかし、さっきまでのそれとは決定的な違いがあった。


 石畳は乾いていた。コウはしゃがんで、石畳を触ってみるのだが、濡れた痕跡など無い。空を見上げたら、バカみたいに晴れた空がのうのうとしていた。


 慌てて左右を見回す。鎮守の森ではなかった。クリーム色の壁だった。階段の幅も2メートル程度しかない。


 え?は?……え?……何なんだよこれ……


 左右の建物で作られた日陰にあり、若干湿っぽい空間はまさしく路地である。


 とりあえず、人がいる場所に行った方がいよな。


 コウは階段を登った。階段の上の方が騒がしかったからだ。


 階段は人通りがある通りに繋がっていた。アスファルトは敷かれていない。


 階段がその通りに合流するのは、道が広くなって広場のようになっている場所だ。広場の中央には噴水があってジャージャーと水と流している。


 わけも分からず、ただ座れる場所を求めて、コウは噴水の縁に腰掛けた。


 コウの周りを歩く人々は皆、コウをちらりと見るも、声をかける者は誰一人としていなかった。多くの人はすぐに目をそらし、関わりたくないという風をあからさまにして通り過ぎて行くのだった。


 俺って、ヤバい人なの?何で皆、俺のことを避けるの?ていうか、ほんと、ここどこだし。まさか幻覚?そうすると明晰夢みたいなものか?


 しかし、そんなコウの『?マーク』への回答などあるわけもない。コウの頭のなかには解決することのない『?』が何処までも広がっていた。


 そうだ、とにかく周りの人の観察だ。何はともあれ周りと自分の差異が分かれば補正のしようがある。とにかく行動あるのみだ。


 結果、コウの第二声は「猫……耳?」となった。この、理解不能な状況下において、混乱しながらも何とか理解しようと辺りを見回した結果、目に入ったものは理解不能な猫耳だった。


 猫耳……だよな?……あ、今度は犬耳だ。尻尾は……生えてるのか。とういうか、何が起きてるの?まさか、コスプレ?なら、俺より目立っていだろ!


 そんな逆切れに近い感情を抱くコウは、ふと、自分の尻に触れる四角い感触に気がついた。


 携帯……持ってた。じゃあ、こいつのGPSで位置を確認すれば……


 コウは携帯を取り出した。ところが、電源を入れて画面を見ると、そこには死刑宣告が堂々と無感情に映しだされているのであった。


 圏外…………。


 だが、コウの受難はこれで終わらなかった。


 携帯は驚きのあまり思わず緩んだコウの手から滑り落ちると、地面に向かって一直線に落ちていった。


 コウがキャッチする間もなく石畳に衝突した携帯は、コウが思わず感動するほどに綺麗に破壊された。誰がどう見ても、携帯としての機能は何一つ留めていなかった。


 万事休す……コウは力無くその場に崩れ落ちた。




 何だろう、柔らかい。


 気が付くと、コウは柔らかい何かの上に頭を乗せていた。


 コウがゆっくりと目を開けると、少女の顔があった。


 コウを覗き込む少女の髪は茶色で、目は紺をしている。陳腐な表現を使うのなら、雪のように白い肌というやつだろう。血管が透けて見えるんじゃないかってほどに白かった。15,6といったところだろう。


 少女はコウが目を開けると、声を発した。しかし、コウがそれを聞き取ることはできなかった。声であることは分かるのだが、言葉として聞き取ることができないのだ。


 英語……じゃない。それなら少しは分かるはず。……でも、フランス語って感じじゃないし、ドイツ語っぽくもない。……何語だ?


 少女は更に二言三言と話すのだがコウの頭には何処どこまでも続く「?マーク」があるばかりであった。


 何なんだよ。携帯は圏外だし、壊れるし、言葉は通じなさそうだし……と、いうか、この子とずっと目線合わせてるの気まずい。


 コウは横に目線を逸らした。少女の体が見える。ちょうど腹のあたりだ。


 視点を徐々に下ろすと、スカート越しに股の位置が分かる。そしてその先には――。


 て、俺、今、この子の膝枕に寝てるのか!?


 コウは慌てて体を起こすと、少女の方を向いた。マズイ、超恥ずかしい。顔、赤くなってるんじゃないかな。やべぇ、顔、熱い。でも、とりあえず、お礼はしないと。

「あの……ありがとうございました。」

コウは思いっ切り日本語で言った。


 少女は照れるわけでもなく、かといって「どういたしまして。」と言うわけでもなかった。


 少女は不思議そうに小首をかしげると、人差し指を下唇に当てた。和服のようになった袖が座った少女の膝にかかった。


 あ、日本語通じないのか?でも、多分、この子しかいない。だって、この子以外はやっぱり俺のこと避けてるから。


 コウは少女に不審がられないよう、目だけを動かして周りを見た。案の定、目が合った人は逃げるように、そそくさとコウから離れていった。


 と、とにかく、話しかけてみよう。

「あ……あの?」

コウが話しかけると、少女はコウの声に応じることは無く、しばらく黙っていた。

「ありがとうございました?」

少女は何故か、さっきコウが言った言葉をそのまま疑問形で反復した。


 え?「ありがとうございました?」?なんで疑問形なの?いや、まず、この日本語分かってそうで分かってない感じ。まさか、この子、相当な天然なんじゃ……


 しかし、少女はコウのそんな疑問などお構い無しに言った。

「あなた、この言葉が分かるの?」

「分かるも何も日本語だろ?」

おい、ふざけてるのか?大丈夫だよな、この子。

「ええ……ああ、そうですね。そう言うんですよね。」

少女は一人納得したように言った。


 この子、天然だ。多分、筋金入りの天然だ。コウはそう確信した。


 だが、今のコウにとってみれば、少女が天然かどうかは関係無かった。

「あの……ここって、どこです?」

少女は一瞬きょとんとした。

「え?レストムス王国のナーディストラスクだけど。」

少女の言い方は、「何を当たり前のことを聞いているの?」とでも語尾に付きそうな調子だった。


 レストムス?どこだよ。聞いたこと無い。ふざけてるのか?でも、そういう雰囲気の子じゃないんだよな。天然っぽいけど。


 それとも……いや、そんなことあるわけない。あってたまるか。


 コウは自らの頭によぎった考えを信じたくない思いで聞いた。

「えーっと…… 一応聞いておきますけど、今日って何月何日です?」

「7月7日だけど?」

それを聞いたコウは一瞬安心した。


 だが、次の質問でコウは現実を知るのであった。

「何年の?」

「499年よ。」

「え………… あ、はい。」


 まさか……いや、でも、この子が言ってることが全て正しいとすると、俺が思いつくのは一つだけだ。


 多分、ここは俺が知ってる世界じゃない。だけど、そんなことありえるのか?ナルニア国物語じゃあるまいし、気がついたら別の世界にいたなんて……


 この子に聞いてみるか?だけど、そんなこと聞くか?ていうか、どう聞けば良いんだよ。


 それに、普通、聞かないよな。だって、仮にここが別の世界とする。そこがそういう人が多い世界ならけど、そうじゃなかったら変人扱いだ。それどころか変な儀式の生贄にされたらたまったもんじゃねえ。


 無理、無理、無理、俺ならぜ~たい無理。どう転んでもい方向にはならない。だから、俺にそんなこと言う勇気は無い!断じて無い!


 そういうわけで、結局、コウは聞かなかった。しかし、ここが別の世界であることだけは、なぜだかすんなりと理解できたのであった。


 しばらくの間、気まずい沈黙が二人の間に流れた。気まずく感じているのはコウだけかもしれないが。


 その沈黙を打ち破るように話し始めたのは少女だった。

「ねえ、この町、初めてなの?」

少女の唐突な発言に、一瞬ビクリとコウはした。

「うん」

え?いきなりどうしたの?

「そう……あのね、ちょっと、付き合ってよ。」

「へ?」

付き合う!?

「師匠に『レストムス行くなら本買ってこい。』って言われちゃったのよ。良かったら一緒に来ない?」

ああ、そういうことか。いや、いきなり何を言うのかと思ったよ。


 コウは少し考えてから、それもそうかもしれないと思った。

「ええ、じゃあ、お願いします。」

コウは同年代の女子と2人だけで歩くという初めての体験を異世界ですることになったのかと考えていた。

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