魔道具店は店番要らず
週一のペースで更新は安定すると思います。
穏やかな昼下がり、活気立っている町の大通りに古風な雰囲気の商店がそこにあった。大通りの活気とは対照的にその店内は客が1人もおらず、店番をする少年が1人黙々と掃除をするのみだ。
しかしながら、その商店で売っているものは雑貨などではなく、不思議と言わざるをえないものばかりであった。
緑色の液体が入った瓶、時を刻まない懐中時計、本の形をした彫刻など何の役に立つのかまるでわからないものが所狭しと並んでいた。
そんな価値がさっぱりわからないものの使い道が何なのか、灰色の髪の少年フレイは店内をはたきで掃除しつつ考えていた。
「でも、ガラクタって使い道がないからガラクタなんですよね」
「何がガラクタだ?フレイ」
入り口から聞こえた店主の声に、フレイはそちらを振り向く。
入り口から入ってきた店主、ラインスは一見どこにでもいそうな一般人だが、フレイにとっては恩人であり教師であり、雇い主であった。
「ラインスさんおかえりなさい、相変わらずお客さんは来てませんよ」
「おー、そりゃ安心した。どこぞの誰かさんの目にはガラクタしかここにはないらしいからな、売れない方がクレームがなくて楽だ...ここにあるの俺が何年もかけて命がけで収集した魔道具なことは秘密な?」
「が、ガラクタって言ったことは謝りますから!そんな隅っこでいじけないでください!...って魔道具?」
フレイがガラクタと言ったことに本気で落ち込んだのか、ラインスは店の隅に移動してうつ伏せで寝転んでいる。しかし、気になる言葉がそこに含まれていたことにフレイは気づいた。
ラインスも疑問符を浮かべているフレイを不思議に思ったのか、服を叩きながら立ち上がり問いかける。
「魔道具のこと知らねえのか?」
「魔導器なら知ってますけど、そっちは初耳ですよ...ここにあるのもただの骨董品だと思ってましたし」
「一応ここの看板にもフェルトリィ魔道具店って書いてあるんだどな。まあそれは後でいいや、とりあえず今日は店仕舞いだから戸締まりしといてくれ」
「分かりましたけど、早すぎません?まだ開いてから3時間くらいしか経ってないですよ?」
「構わねえよ、ここそもそも予約制だから1週間前までにメモリアルボードに連絡ないと誰もこねえぞ。んで、今日は誰もこない。以上」
「あの、なんで店番してたんですか僕...」
ジト目でこちらを見てくるフレイの目線を無視しつつ、ラインスはふらりと二階の自室に向かう。
○
フレイとその妹を引き取ってから1週間が経過していた。
サクヤとの会話から半日後に目覚めた彼らはあの森でのことも覚えておらず、自分たちの状況に困惑していた。
聞けば出身は隣国である聖国の片田舎らしく、このフェルトリィの町は王国にあることからも彼らが少なくとも国境を越えてきたことが分かった。
しかしながら、彼ら自身に国境を越えるつもりもなかったらしく、あくまで聖国の近場の町まで兄妹と彼らの村の大人たち数名とで、作物を出荷しに行っただけらしい。
ただ、そこからが問題だ。町に着いた瞬間、領主の私有兵から兄妹だけ拘束され、そこから先は聞くのをやめた。それ以上はおそらくラインスの思う最低最悪な予想のままなことは、彼らの表情から察したからだ。
自覚のない神様兄妹。
聖国に戻すのも状況的にありえない。かといって王国に引き渡した場合、あの森が王国領であったことを考えるならこちらもきな臭い。
それならば、最低限安全が確保できるまでは王国最高の魔導士のサクヤの目の届くところにいて貰った方がいいということで、兄からの申し出もあり、サクヤの入りびたるラインスのフェルトリィ魔道具店で雇うこととなった。
ついでに娯楽程度に神様兄妹に色々なことを教えているわけだ。
建前上は、そういうことにしている。
事態の真相は予想以上に複雑になっているようで、ラインス自身頭を抱えてしまいそうだった。
「サクヤ、魔法って何?」
「レインちゃん魔法に興味津々!?いいよいいよお姉ちゃん教えちゃうよ!でも私のことお姉ちゃんって呼んでくれてもいいんだよ?」
「おい、願望混ざってんぞサクヤ」
自室に戻ったら魔導バカがバカなことを言っていたため、ラインスはつい口を出してしまった。
フレイよりも身長が小さく、肩に届く黒髪と黒い瞳の少女レインはそれを意に介さず、早く質問に答えないのかとジッとサクヤを見つめている。
「あ、サクヤさん。僕も魔法について知りたいです」
店の戸締まりをしたのか、後ろから追いついてきたフレイもレインに便乗する形で、サクヤに魔法について聞きたそうにしている。
サクヤはラインスに目配せをしてくるが、別に今まで教えてなかったことに面倒くさかった以上の意味もなかったため、適当にアイコンタクトをとっておく。
「いいよ!じゃあまず魔法って何なのか分かるかな?」
「魔法が何なのかって、各国の騎士団の魔導士様が使うことのできるすごい力くらいしか...」
「不思議なもの」
サクヤはうんうんと頷いていたかと思うと、急に手で×をつくる。
「それは間違い!魔法って本来は誰でも使えて不思議でも何でもないものだよ!じゃあ魔法ってねーー」
サクヤの授業はそこからハイテンションで進んでいった。
それにしても、自覚のないとはいえ神様が人間に魔法について教わっているのは不思議な光景だ。
ラインスも魔法について思い返してみる。
簡単に言うなら、空気中からどこからともなく湧いてくる魔素。それを呼吸によって体内に取り入れ、エーテルというエネルギー体に変換する。
それを様々な現象にエーテルを変換することを魔法という。
魔素をエーテルに変換するだけなら、生物は元々魔素を変換する力を持っているため割と簡単にできる。
しかし、エーテルをさらに変換するのは至難の技だ。変換する力を生物が持っていないわけではない。ただその方法を人間が忘れてしまっただけなのだ。
完全に忘れてしまったことを思い出すには長い時間と知識が必要となる、だからこそ各国は限られた人間だけにエーテルを変換する理論を教え、管理を行う。
魔法というものは強力であるが故に、誰もかれもが使うなら手綱を握るのが難しくなる。そんな思惑もあり、魔法は選ばれた人間にしか使えないことにしたのだ。
それで出てきたものが魔導器だ。例を挙げるなら、情報更新用端末のメモリアルボードがそうなる。
魔導器とはつまりエーテルを注ぎ込めば動くエーテルバッテリーが組み込まれた簡易型の魔法だ。
どれもこれもお高いわけで、そこそこ裕福でないと買えないが便利さは飛び抜けている。
魔導器の飛び抜けた便利さが、魔法とは選ばれた人間しか使えない神の技とし、国の管理は徹底されていた。
サクヤを除いては、だが。
「ここまでが魔法についてだね!実践とかしてみる!?実践!」
「おい、全力過ぎて付いてけてねえぞサクヤ」
ぼーっとしていた意識を戻してみると、フレイはショート寸前の顔をし、レインは寝ていた。
当たり前のように流石に1度に詰め込みすぎたらこうなると察していたラインスは、丁度良いのでガス抜きついでにサクヤに朝に出かけていた用事を伝えることにした。
サクヤは文句を言っているがそんなことは知らない。
「実は今日の町内会で変な話を聞いたんだよ。なんでも急に現れては消える美人の幽霊さんがいてよ、それを見た鍛冶屋のダグマさんが失神して寝込んでるって話なんだ」
「へ、へえー。それは困った幽霊さんもいるんだね!」
「ああ、ほんとそうだよな。幽鬼だって町の結界に阻まれて進入できないって話なんだけどなー、ははは」
「うん!き、きっとすごい幽鬼なんだよ!」
フレイもすでに意識が戻っていたが、目が笑っていないラインスと珍しく冷や汗をかいているサクヤのやり取りに背筋が凍る思いだった。
気温は暖かくもこの場はすでに極寒であった。
今は祈りの月だ。神様、なんとかしてくれと祈りを捧げる彼に奇跡が起きる。
「魔道具店のラインス!!!今すぐ出てこぉぉおい!!!」
その時以上のラインスの本気で嫌そうな顔を、フレイは知らない。