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鬼の行く涯て 竜の往く果て  作者: 長篠金泥
第7章 (ライザ 鐘後216年2月)

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074 落暉

 上半身を狙っての刺突が来る、と判断して長剣を横薙ぎに振るう。

 アレクシアの動きを視認はできなかったが、予想は当たっていたようで金属音が派手に弾けた。

 どうやらあの剣、繊細な見た目に反して頑丈に仕上げられているらしい。

 バックステップで距離をとったアレクシアは、刃毀はこぼれ一つないレイピアを再び構え直してこちらに向けてきた。


 間髪をれずに、ニ撃目三撃目が繰り出された。

 速さで押し切るつもりなのか、フェイントを入れたりタイミングをズラしたりの小細工を混ぜ込むこともなく、ひたすらに連続攻撃を仕掛けてくる。

 体勢を崩されたら最後、アレクシアの刃に貫かれるハメになるのは明白だ。


 最小限の動きで対応しつつ受け流していくが、初めて遭遇する戦闘スタイルに合わせるのは困難で、徐々に呼吸は乱れて足取りも怪しくなっていく。

 大胆に踏み込んできたアレクシアを前蹴りで跳ね除けつつ、相手の厭らしい攻めと自分の不甲斐なさ双方へのイラ立ちに、半ば無意識に大きな舌打ちを何度も発していた。


「フフッ――王族の姫とは思えない態度、ですね」

「自分でも疑わしくなってきている!」


 侮蔑の滲んだ軽口に同じく軽口で応じつつ、突き出された切先を長剣の腹で滑らせるように受け流す。

 トリッキーな挙動へと攻撃を切り替えたアレクシアは、声色や表情にこそ余裕な態度を漂わせているが、その眼の奥にある揺れを隠しきれていない。


 スタイル的に一撃離脱に近い戦法を得意としているようだし、私にこうも粘られるのは想定外の展開なのだろう。

 しかし、現状ではどちらが有利なのかは不明瞭だ。

 体力には余裕があっても、傀儡貓あやつりねこの声が邪魔してくることもあって、集中力が持つかどうかはかなり怪しい。

 

「セルジュ! まだか!」


 発破をかける意味で大声を出すが、余裕がないのか答えは返ってこない。

 不規則に突き出されるレイピアをさばけず、跳び退いてかわさざるを得ない状況も増えてきた。

 何か一つイレギュラーが起これば、それきっかけで終わりかねない。

 つのっていく焦りが、散らかった思考をますますバラけさせていく。


「ロベール様は、あまり優秀な踊り手とは言えませんが……あなたなら、もう少しまともにやってくれるかもしれませんね、エリザベート様」

「誰、がっ!」

「国家の、王家の都合で捻じ曲げられた人生なのでしょう? それを自分の手に取り戻したくはないのですか? 我らと共に来れば――」

「黙れっ!」


 更なる動揺を誘おうとしているのか、アレクシアは細身の刃を突き出す合間合間に、毒気を含んだ発言を織り交ぜてくる。

 雑ではあるが心の柔らかい部分を的確に射抜いてくる、こういう論法によってロベールは陰謀に引き込まれたのだろうか。

 邪念を払い、反撃の糸口を掴もうと大きく息を吐こうとした瞬間。

 呼吸が止まりかねない大音量が、至近距離で立て続けに炸裂した。


「くぉ、お……ふ」

「わたくしが来たからには、もう安心でしてよ! エリザベート!」


 装飾過多なバトルアックスが、見た目より安普請やすぶしんだったらしい壁をぶち抜き、その裂け目を蹴り飛ばしてレモーラが躍り込んできた。

 ここまでアレクシアの攻撃を辛うじてだが全て避けていたのに、レモーラの飛び散らせたレンガの破片に脇腹を直撃されていたが、不意打ちすぎて抗議する余裕もない。

 うずくまるのを余儀なくされていた最中、ガギンッ――と金属同士の衝突音が響いた。


『ブェアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』

 

 先程とはトーンの異なる轟音が、傀儡貓から発せられた。

 全身の毛穴と汗腺を強制的に開かれたような、説明が難しいのだがとにかく不快な感覚が、腹の底からじんわりと拡散していく。

 数秒か、十数秒か、数十秒か。

 一分は経っていないであろう自失の後、レモーラに腕を掴まれて立ち上がった時には、アレクシアとそのレゾナは姿を消していた。


「うぅ……逃げられた、か」

「傀儡貓は厄介すぎる。飛び道具もナシで戦うのは自殺行為だ」


 セルジュの返事に、そういえばクロスボウを使うシングはどうした、との疑問が湧く。

 それを察したのか、私の髪に絡んだ砂礫や木片を取り除きつつ、レモーラが言う。


「シングとカロンでしたら、この館を警備している志士団の連中を相手してますわよ」

「私らは地下道から来たんだが……ここはどこなんだ?」

「どこかの商会が所有している館、のようですわ。伝令係らしい団員を捕まえて締め上げてみましたら、この場所とあなたたちのことを白状しましてよ」

「商会、か……ロベールに取り入って、甘い汁でも吸おうとしたのかな」

「どんな野望があったにせよ、今日で何もかも終了ですわね。ロベールは、この上にいるそうですわ」


 私の髪から一通りゴミを落としたレモーラが、冷たい笑顔でサラッと述べる。

 入ってきたドアしかないように見えた部屋だが、壁に掛かっていたタペストリーの裏にも出入り口が設えられていた。

 アレクシアが唐突に現れた理由に気付きながら部屋を出て、今度はスムーズに上階に続く階段を発見する。


 伏兵による攻撃に備え、先行するレモーラと背後を警戒するセルジュに挟まれながら、辺りの気配を探りながらゆっくりと移動していく。

 だがロベールは、そんなこちらの行動を豪快に台無しにしてくる。

 階段を上がりきった先には、志士団の制服を身に着けた連中を四人侍はべらせたロベールが、薄笑いを浮かべて待ち構えていた。


「これはこれは、管区長……陰謀の失敗を悟って、自首に来られたのですか」

「何を馬鹿なことを。何もかもが順調に推移しているではないか。これで全ては変わる……協会の硬直した体制も各国との関係も、協会にないがしろにされてきたこの私の手によって! 新しく生まれ変わるのだ!」


 自分の言葉に酔っているロベールを、四人の部下は陶然とうぜんとした様子で見つめている。

 こちらは当然ながら、シラケ面でその茶番を眺めるしかない。

 どう考えても失敗の半歩手前な状況だというのに、ロベールのこの余裕ぶり。

 とんでもない秘策を隠しているのか、それとも本当に酒か薬にでも酔って正気を失っているのか。

 正気を失う、との言葉を思い浮かべたところで、ある可能性に気がついた。


 性格を激変させて急に活動的になった末に、今回のような騒動を起こしたロベール。

 明らかにリーダーとしての資質が欠けているロベールに、高い士気と忠誠心でもって仕えようとする討訝志士団とうげんししだんの面々。

 そして、アレクシアのレゾナである傀儡貓の、精神を操る特殊能力。

 これらの情報を組み合わせると、この件の全体像がボンヤリと見えてこないか。


「エリザベート、それにレモーラ……お前たちの死は、無駄にはならない。協会の腐敗への抵抗者、そして犠牲者として改革のシンボルになるだろう。やがて、革命のさきがけとなりいしずえになった志士として、その名は永久とこしえに残る」

「……寝惚けていらっしゃるので?」

「そもそも、第三管区の問題というのも、私を陥れて弾劾しようと企んだオーゼロフによって捏造された、悪意あるでっちあげに過ぎない。その悪意の積み重ねが、前途ある求綻者に犠牲を強いる……そう、この国が私をにじり続けたようにっ!」


 呆れた調子で問い返すレモーラの言葉を無視し、ロベールの語りは熱気を高めていく。

 彼の中では理屈が通っているようだが、その内容はどうしようもなく支離滅裂だった。

 なのに、興奮状態が頂点に達したらしいロベールの部下四人は、サーベルを抜いて躍りかかってくる。

 

 体格は立派だが、全員揃って動きは鈍い。

 反射的に柄を握ったものの、これでは剣を抜くまでもなさそうだ。

 そう判断した私は、構えも何もなくサーベルをかざして駆け寄ってきた男に、床を蹴る軌道で足払いをかける。


「うほぁっ、がっ――」


 均整の取れた長身を転倒させた男は、背後に控えていたセルジュの一撃を受けたのか、わめこうとした瞬間にその声を途切れさせる。

 同じように芸のない突撃をかけてきた、長い金髪をなびかせた少年の団員に対しては、髪を掴んで体勢を崩させてから、あごを蹴り上げて意識を強奪した。


 二本のサーベルをデタラメに振り回し、高速で突っ込んでいった筋肉質のヒゲ男は、退きも避けもしないどころか逆に踏み込んできたレモーラの右拳に迎撃され、三ケン(六メートル)ほど吹っ飛んで壁に衝突し、その場でトグロを巻いた。

 残る一人、三十手前くらいの志士団員が、サーベルの切先を私に向けながら叫ぶ。


「特権階級に居座って安逸あんいつむさぼりり、世の乱れに目を向けようともしない無為徒食むいとしょくの小娘! 我らの正義が貴様を――」


 尻を上げた姿勢でうつ伏せに突っ伏した金髪の腰からサーベルを抜くと、トンチンカンなことをほざく男の首筋をむねで打ち据え、行動不能に陥らせる。

 デタラメな演説は、どこまで横滑りするのかしばらく聴いていたい気もしたが、レモーラの表情が凶暴化していたので、戦斧に肉塊にされる前に黙らせておいた。

 さて、青褪あおざめているであろうロベールの顔色はどうだろう――と様子を窺うが、護衛が一人も居なくなったというのに余裕たっぷりな態度のままだ。


「どれだけあらがおうと、意味のないことだ。こちらには――」

透徹視せんりがんのフェリアならば、既にこの街を去りましたよ」


 堂々としたロベールの語りは、聴き慣れた声で中断させられる。

 どこからどうやって入ってきたのか、ハルバードを担いだディスターが、ロベールの背後から悠然と姿を現した。

 街から去った、とは勝負がつかない内にフェリアが退却した、ということだろうか。


 振り返ってディスターの存在を確認したロベールは、愕然とした様子でこちらに向き直った後、数拍置いてもう一度勢い良く振り返る。

 その表情からは完全に血の気が失われ、小刻みに震えているように見える唇は、音声化されない何事かを呟いているようだ。

 

「副総帥を発見した。怪我はしているが、致命傷はない」

「ぐっ、ふぅうううう……」


 そして、いつの間にかフロアの探索に回っていたらしいセルジュが、手短にオーゼロフ発見の報告をしてくると、ロベールは絶望に満ちた呻きを漏らしながら天を仰ぐ。

 足元が覚束なくなっているロベールの襟首を掴んだディスターは、相手が数秒で十歳ほど老けたかのように悄然しょうぜんとしているのにも構わずに言う。


「フェリアからロベール様に、伝言を預かってきました」

「あ、あれは何と……?」

「手伝えるのは、ここまで。あとは自分で、どうにかして……以上です」

「くっ……ふっ、ふふふふふふふふぁ! ふざっ、ふっ……ふざけるなぁああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

 

 この上なく容貌を歪ませたロベールの、恐らくは生涯で最も感情をあらわにしているであろう絶叫が響く。

 とりあえず、騒動の大部分はこれで片付いたようだ。

 ロベールの拘束とオーゼロフの世話をセルジュに任せ、私たちは街のあちこちで続いている無意味な戦闘を終わらせるための行動を開始した。

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