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鬼の行く涯て 竜の往く果て  作者: 長篠金泥
第1章 (リムとライザ 鐘後216年7月)
8/82

008 直黒

 砂埃と砂利の雨が立ち込める、雑然の極みにある空気の中に異物が混入する。

 それは物理的にも存在的にも規格外の大きさを持っているようで、姿がハッキリ見えていないというのに俺の全身の皮膚を粟立あわだたせる。

 

「これは……何だ?」

「姫様、まずは外へ。左手に、外部に通じる穴があると思われます」


 状況が把握できていない様子のライザだったが、ディスターにうながされて動き出す。

 状況どころか視界もまともに確保できなかった俺は、ライザの足音を追うことにする。

 ディスターに渡されたらしいランプの灯は激しく揺れ、洞窟の壁をまるでうごめいているかのように見せていた。

 その壁に映った影の数は三つ――確認していないが、グラウもちゃんとついてきているらしい。


「風の流れがある。外にはつながってんな」

「外に出られたとして、それから?」


 グラウと俺の言葉を受けたライザは、少し走る速度を緩めた。

 そして、背後から伝わって来る音が途切れたタイミングで言う。


「洞窟の天井を突き破ってきた『何か』は真上から来た。まずは、その穴を探す」

「ふむ……相手がデカけりゃ頭隠して何とやら、になってるかもな」


 グラウの言葉を否定せず、ライザは再び速度を上げる。

 たとえ奇襲できたにしても、そんな巨大な相手をどうやって仕留めるんだ、という疑問がなくもない――というか思考の九割方を占めていた。

 だが、数分後の自分達がきっと何とかしてくれるだろう、と前向きに結論付けて思考停止しておく。


 やがて、光が洩れている壁の前へと辿り着いた。

 この場に出入りする何者かが、外に出てから石組で塞いだのだろう。

 グラウが雑に放った二発の蹴りで、出入口は騒々しく姿を現した。

 森の中、だと思われる景色だ――すっかり夜は明けているが、本来ならば穏やかなのであろう朝の空気は、穴の奥から響く震動が台無しにしている。


「グラウ、この場所に見覚えは?」

「ねえな……かなり深い場所かもしれん。もしかすると禁足地――冥竜めいりゅうの杜の領域ってことも」

「ああ、確かそんな名の立ち入り禁止区域があったな。そうか、この辺りだったか」

「おう。余所者なんでレウスティの伝説には詳しくないんだが、とにかく近付くなと通達されとるな」

「ふむ……とにかく、まずは来た道を地上から辿るぞ」


 やや物憂ものうげな表情を浮かべたライザは、ランプや探索用の荷を置いて出発する。

 俺もそれにならって荷物の大部分を置いて行くが、グラウはあってもなくても同じだと言わんばかりに、元からこちらの倍近く担いでいる諸々をそのまま持って行くようだ。

 さっき襲って来た何かが暴れたのか、所々で木が数本まとめて薙ぎ倒されている。

 近隣の生物は逃げ去ってしまったようで、普段はやかましいくらいに聴こえてくるであろう鳥の声もまばらだ。


「なぁライザ、アレの正体は何だと思う」

「穴を掘って地中を移動する、というと萎凋鼴からしもぐらが思い浮かぶが……」

「サイズがおかしいわな。天井から出てきた感じからして、相当に巨大な相手を覚悟しといた方がいいかもな」


 グラウがそう言って話をまとめ、俺とライザは揃って「ん」と低く短く応じる。

 萎凋鼴からしもぐらは異様な大食いで、何の前触れもなく群れで出現して根菜の畑を一晩で壊滅させることもある厄介な新生物ヴィズだが、体長は大きくて二シャク(六十センチ)程度、直径一ジョウ(三メートル)の穴には似つかわしくない。

 それに、あのモグラの仕業だとすると、消えた土の問題が宙に浮いたままになる。


 それにしても、俺よりも各種生物に詳しいライザとグラウから具体的な名前が出てこない、というのが不安を煽ってくる。

 これはもしかすると、不明新生物アンとの遭遇を覚悟しておくべきなのかも。


 そんな考えに囚われかけた直後、奇妙な物音が近付いてくるのを俺の鼓膜こまくが知覚する。

 地中からの振動音とは異なる、蛇が地面を這うような擦過音さっかおん

 いや――体長二ジョウ(六メートル)近い大蛇だったにしても、こんな派手な音は出さないんじゃなかろうか。


「おい、何かヤバそうだ」

「リムは下がって、牽制を頼む」


 数瞬早く異変を察知していたらしいライザとグラウは、既に長剣と山刀を抜いて戦闘態勢に入っていた。

 俺は二人に前衛を任せて後退し、手持ちの中で最も危険性の高い麻痺毒を使ったナイフの柄に指先を添える。

 若木のヘシ折られた音がいくつか続いた後、その元凶が姿を現した。


 黒い――艶のない、消し炭のような乾いた色合いの黒い巨体。

 蠕動ぜんどうする円筒形の体は、五ジョウ(十五メートル)を軽く超えていそうなのだが、木々に紛れて全体像は把握できない。

 頭部に当たるであろう部分にはパーツが少ない、というかウネウネと伸縮する口らしき穴が一つ存在しているだけだ。


「こいつが……」

「でかいな」

「……何じゃこりゃ」


 ライザ、グラウ、俺が短く感想を述べる。

 目の前に出現したのは、馬鹿デカい真っ黒なミミズだった。

 恐怖や驚愕よりも呆れに近い感情が湧いてしまっているが、相手の巨大さと凶暴さは揺るぎないので、油断していいワケがない。

 気を取り直して俺はナイフを鞘から抜く――が、果たしてこの体格の持ち主に毒が効くだろうか。

 

 どういう方法で位置を把握しているのか分からないが、ミミズの頭はコチラに向けられて、ゆっくりと左右に揺れている。

 これはちょっと、いやかなり、ダメなんじゃなかろうか。


 撤退する――いや、ただ逃げるのではなく、ディスターと合流しての戦力増強を図る、とかそういう方向で。

 しかし、さっき洞窟内に出現したのがコイツだとしたら。

 ディスターが逃がすか、或いはディスターが退くかした結果、ココまでやって来たのだとしたら。

 

 ゥブェフブッ――


 鳴き声なのかゲップか何かなのか、ミミズの顔の穴から妙な音が発せられた。

 直後、蛇が鎌首をもたげるような挙動でもって、揺れる頭部が数ジョウの高さに位置取られる。

 よだれと思しき粘着質の液体が、水滴というか水塊となってボチャボチャと地面に落下する。


 こんなサイズの相手と、どうやって戦えばいいんだ。

 その時になれば勝手に体が動くだろう、という見通しは甘すぎた。

 自分よりも明らかに強大な存在を前にすると、体も頭も動きを止めてしまう。


「行くか」

「おうさ」


 俺の混乱を他所に、ライザとグラウは何の気負いもなくミミズに向かって歩を進める。

 黒ミミズの頭の揺れが止まり、周辺の空気が一瞬にして張り詰める。

 ヴゥウウウンッ、と骨まで響くような低く重い音が短く鳴った。


 それを合図にするようにミミズの頭が地面を叩く形で振り下ろされ、ライザとグラウが左右に飛び退いて回避する。

 背面に回っての牽制を選ぶことにした俺は、低木の間を縫って駆け出した。

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