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鬼の行く涯て 竜の往く果て  作者: 長篠金泥
第7章 (ライザ 鐘後216年2月)

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065 盛讌

 討訝志士団とうげんししだんのメンバーを撃退し、ドゥーミとその家族の身柄をおさえてから保護下に置いてから六日。

 ロベールへの疑惑を深める材料は続々と集まり、ドゥーミによる報告書はそれらの情報を加え、日に日に破壊力を増している。

 証拠隠滅が行われた形跡も多かったが、あまりに多岐たきに亘って工作をしていたせいか、連中の関わった痕跡はアチコチに残されていた。


 こちらのあからさまな動きに対しては、当然ながらロベール側からの巻き返しが予期された。

 利害を説いての交渉を試みるか、問答無用の攻撃を仕掛けてくるか。

 どちらにしても、何らかの接触があってしかるべきだった。

 なのに現在に至るも何も起こらず、その不合理さが私を落ち着かなくさせている。

 嵐の前の静けさ、とかそんな予感を抱かせる蠢動しゅんどうなども確認できず、ロベールはただただ無為を重ねているだけに思えた。


「何が起きているのか気付いてない、というのはないだろうな」

「その可能性は極めて低いでしょう」

「だとすると……ロベールは一体どういうつもりだ」


 私からの質問に、ディスターは無言で頭を振る。

 いかに竜でも、人の内心に渦巻いた混沌の奥までは見通せないらしい。

 ただ、このまま行けば破滅が避けられないのは、ロベールも重々承知しているはずだ。

 これだけ手広く色々と仕掛けておきながら、工作の失敗を座して待つとも考え難い。

 だが、参謀役もいないままにデタラメを繰り広げているとすると、現状を窮地にいると認識できていないのかも――

 そんな私の思考を読み取って、ディスターが疑義ぎぎを差し挟む。

 

「それはどうでしょう。むしろ、何があろうと己が断罪されることはない、とたかくくっているのでは」

「王族で協会幹部という地位に安心して、か……私が介入していると知りながら?」

「消えた求綻者らと同じく、姫様を事故に遭わせる腹積もりかと」

「連中が異名持ちまで消しているとなると、そんな暴挙に出ることも十分あり得るな。直接に対面して、向こうの真意を探ってみるか」


 ロベールのような地位にある人間は、宴席に顔を出すのも重要な仕事の一つとなる。

 なので大した労力もかけず、ロベールが招かれているパーティに潜り込む手筈てはずを整えることができた。

 これから三日後、どこぞの伯爵だか侯爵だかの館で開かれる、特権階級に属する連中が自らの権勢を同類に誇るのが目的の、愚にもつかないもよおしだ。


「まさか、こんな場に自ら望んで参加する日が来るとはな」

「ふん……そうして着飾っていれば、田舎でくすぶってる貴族の令嬢程度には見えなくもない」

「ちょっと待て。私は生まれも育ちも王都リュタシア――というか王女なんだが?」


 高価だが華美ではない、動き易さを重視したドレスで身を固めた私は、自然体で無礼な物言いを発してくるカロンを伴い、会場となる館に向かっていた。

 ディスターは、彼が竜だと知る者がいると騒動の元になりかねないので、留守居役としてドゥーミの警護に当たらせることにした。

 代わりの護衛役として選んだカロンは、人間性はさて措き警護役としての能力には問題ないと思われる。

 小柄な体格と童顔を考慮して、今日は貴族の少年に見えるような装いを用意させたのだが、そのせいでいつも以上に不機嫌になっている気がしなくもない。


「わざわざ足をお運びいただき光栄でございます、エリザベート様」

「ああ、急な参加を頼んで迷惑をかけたな」

「滅相もない! 本日は是非、楽しんでいって下さいませ」


 この手のイベントに殆ど顔を見せていなかったからか、主催者は私の来訪を歓迎する言辞を述べながらも、その態度には困惑と緊張をたっぷり滲ませていた。

 懇切丁寧こんせつていねいに事情を説明してやる余裕もないので、気の毒だが主催者にはしばらく不安を引きずってもらうとしよう。


 パーティ以外に使い道がなさそうなホールには程好い音量で弦楽メインの演奏が流れ、三桁に近いであろう人数が生じさせる賑やかさを中和していた。

 私は幾人かの顔見知りや遠縁の親族と簡単な挨拶を交わし、やたらと手間がかかっているようだが材料が何なのかわからない料理をつまみながら、ロベールが会場に姿を現すのを待つ。


「来たぞ」

「そのようだ……隣の女は?」

「アレクシア・メルヴィル。ロベールが協会入りした頃からベッタリの求綻者で、愛人との噂もある。ランクは達士だが、関わった訝の大部分が非公開なんで実力は未知数」

「ふむ、中々に複雑な存在だな」


 小声でカロンと言い交わしながら、貴族や大商人に囲まれたロベールとその連れを観察する。

 ロベールは記憶の中の印象よりも、随分といい方向に変わっているように思えた。

 表情は精悍せいかんさを増し発言は快活、立ち居振る舞いにも偉丈夫いじょうぶの風格が感じられる。

 立場が人を作った、とでもいうべき状態だろうか。

 かたわらに立つアレクシアは、画家や彫刻家といった連中が最大公約数として思い浮かべる『美女』に近そうな、わかりやすく恵まれた容姿とプロポーションを有していた。

 全力で女性らしさをアピールしているその佇まいは、同性である身からするとちょっとうるさい気がしなくもない。

 

「なるほど。愛人説が流れるのも納得だ」

「色気を数値化したら、姫さん六十人分くらいだな」

「いや、百八十人分は行くかもしれん」

「自己評価低いな……何にせよ、あの手の女を武器にするどころか凶器にしているようなやからとは、なるべく関わらずにいたいものだ」


 引き続き、壁際で小声の会話を繰り広げながら、ロベールに近付くタイミングを窺う。

 それにしても、アレクシアのような美女にも辛辣しんらつなカロンは、あの手の女性に関わって痛い目に遭った経験でもあるのだろうか。

 そんなことを考えつつ、何種類かの果汁を混ぜた飲み物を口にしていると、ロベールを取り巻く人の輪が徐々に薄くなる。


「さて、と。そろそろ行くか……落ち着いて話せそうな場所の確保を頼む」

「了解した」


 手にしていたグラスをカロンに預けると、談笑する人々の合間を縫ってロベールの元へと向かう。

 やたらと勲章をぶら下げた軍服姿の老人に浅く一礼して別れたロベールが、こちらに気付いて肩の辺りまでスッと手を挙げた。

 隣のアレクシアは、優雅な動作でもって頭を下げてくる。


「おぉ、久しいなエリザベート。求綻者としての活躍の数々、聞いているぞ」

「御無沙汰しております……管区長殿もお元気そうで」


 当たり障りのない挨拶から、家族のことも含めた互いの近況。

 分厚い透明な壁に隔てられながらの、礼儀を守った王族同士の会話がしばらく続く。

 こちらの身分に配慮してか、アレクシアはさりげなく距離を置いている。

 それとは逆に、私達が何を話しているのかを気にして、何食わぬ顔で近寄ってくる野次馬が増えてきた。


 まったく、どんな階層に属していようが、人のやることは基本的に大差ない。

 微笑ましいような嘆かわしいような気分を味わっていると、視界の隅でカロンが準備完了の合図を送ってくるのが見えた。

 アレクシアもカロンに視線を向けていた――さりげない動作だというのに、よく観察している。


「積もる話もありますし、場所を変えて話しませんか」

「あまり長い時間でなければ、構わんよ」


 意識的に眼光を鋭くしつつ申し出るが、ロベールは警戒した様子もなく鷹揚おうように頷く。

 あからさまに敵対行動をとっている相手を前に、こんな態度に出られるとは。

 油断しているのか、或いは油断しても問題ない自信があるのか。

 真意は量りかねたが、とにかくカロンを追ってざわついているホールを後にした。

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