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鬼の行く涯て 竜の往く果て  作者: 長篠金泥
第7章 (ライザ 鐘後216年2月)

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064 権能

 ロベールが討訝志士団とうげんししだんを使って街中に監視網を敷いている、という話が真実だとすれば、こちらの行動は全て筒抜けだろう。

 ならば、相手が繰り出してくるであろう対応策を速度で上回るしかない。

 そう判断し、昨夜の内に可能な限りの手は打っておいた。


 ドゥーミとその家族は、私の館に滞在させる形で保護。

 襲撃してきた四人の身柄は解放せず、更なる尋問を行う。

 情報収集の対象に、透徹視せんりがんのフェリアを追加。

 これは単純にフェリアの行方を追う他に、こちらがその失踪について把握した、というメッセージをロベール側に伝える意味もある。


「何とも慌しいことだな」

「停滞していた物事が変化する際は、いつも過剰な騒々しさを伴うものです」


 溜息混じりな私の言葉に、ディスターが涼しい顔で応える。

 ともすれば忘れてしまいがちだが、このディスターは世界の始まりと同時に生まれたという存在――『竜』だ。

 こういった揉め事など、本来ならば気にも留めない些事さじなのだろう。

 そんなことを思いつつ簡単な朝食を片付けた後、より詳細な話を訊くためにドゥーミを相手の面談を開始した。


「緊張する必要はない。我々がやろうとしているのは、第三管区で起きている異状を解決しようという奉仕活動のようなものだ。包み隠さずに語ってくれれば、それだけ早く事態は収まる」

「はぁ……しかし、こちらにも監査官としての立場というものがあるので、全てを語れというのは……」


 とりあえずの身の安全を保障されたことで余裕が出たのか、ドゥーミは先を見越しての保身にまで気を回し始めたらしい。

 傍らに立つディスターから、じわりと冷笑の気配が伝わって来た。

 あまりの小物っぷりにウンザリしつつ、勘違いを端的に正してやることにする。


「阿呆なことを言うな」

「はっ? なっ――」

「ロベールの脅迫に屈した時点で、お前の協会内での立場も信用も将来もドブの中だ。元の地位に戻してやることはできるが、もう意味のある仕事は回ってこない」

「そっ、そんな」

「信頼を裏切るというのは、つまりそういうことだ。再就職の世話はしてやるから、余計な手間をかけさせるな」


 突き放し気味に告げると、ドゥーミはやっと自分の置かれた状況を理解したらしく、項垂うなだれて長い溜息を吐く。

 再び顔を上げた時には、初対面の時を思わせる疲れた表情と成り果てていたが、そんなことに同情してやれる気分でもない。

 なので、仕切り直しを告げる咳払いをしてから、誤解の余地がないよう質問を投げる。


「ロベールに向けられていた疑惑とは、具体的にどういうものだったのだ」

「細かく挙げていくと数十の問題が並びますが、大きく分ければ三点。不透明な経理と、宣訝せんげん認定への介入、それと……求綻者の暗殺」


 内偵である程度の容疑を固めてから査察を開始したのか、セルジュ達が集めてきた情報よりも、更に踏み込んだ内容になっている。

 討訝志士団が三大厄介事に含まれていないのは、少しばかり不思議だ。

 もしかすると連中は『厄介ではあるけれど、まだ協会で制御できる案件』程度の扱いなのだろうか。


「不透明な経理というのは、管区の運営資金の一部がロベールの懐に消えているとか、そういった疑惑なのか」

「いえ、不正蓄財の疑いもあるにはあるのですが……それはどちらかというと、宣訝認定で便宜を図った相手から受け取った賄賂、という形でのものになります。ここで問題にされているのは、水増し請求や数字の改竄かいざんによって生じた巨額の金が、どこへともなく消えてしまっていること、なのです」


 概算としてドゥーミが口にした金額は、個人が手にするには桁が大きすぎた。

 この金を密かに運用して何事かを為せる才覚が、果たしてあのロベールにあるだろうか。


「で、宣訝認定で云々というのは、しばらく前から問題になっている件か」

「はい……明らかに訝ではない『人災』や『犯罪』に類するトラブルを求綻者に解決させようとする、その件です。持ち込まれるものの大部分は、事前の調査段階でハネられるのですが……」

「貴族や大商人の横車があれば、大抵はあっさり認定されてしまうそうだな」

「残念ながら、一般市民は圧力を跳ね返すにも限度がありまして」


 自分があらがえなかったのもあってか、ドゥーミは私からの問いに声を潜めながら答える。

 公然の秘密と言うべき状態で協会の腐敗が放置されているのは、何とも不愉快だ。

 それはさて措き、以前から取り沙汰されている問題なのだし、わざわざ特筆すべきことだろうか。

 その理由について考えていると、ドゥーミが補足説明を入れてきた。


「詳しい調査に入る前に中止に追い込まれましたが……与えられた資料によると、管区長が金主きんしゅをしている商会や、縁戚関係にある貴族が出所でどころの検訝が多数ありましたので、そこの事情を探らせたかったのではないでしょうか」

「なるほど……このことは、最後の暗殺疑惑にもつながってくるのか」


 私が訊くと、ドゥーミは数秒の迷いを見せた後で頷いた。


「検訝中に何らかの『事故』が起きる、或いは解訝に至らないまま、求綻者が『失踪』。このパターンが、ロベール様が認定に介入したと見られる訝で、多数確認されています」

「全部で何件ほどになる?」

「去年、第三管区内だけに限定しても事故が七件、失踪が五件」

「確かに多すぎるな……」


 当人の意識的にも世間からの評価的にも、求綻者が英雄や勇者の類であった昔ならいざ知らず、現在の求綻者がこぞって検訝に命を懸けるような状況は想像し難い。

 件数の多さについて推論を立てようとしていると、不意にディスターが質問を投げる。


「その失踪者の中には、フェリア・ブニュエルも含まれているのですか」

「いえ……え? それは透徹視せんりがんのフェリアのこと、ですか? そのような話は聞いていませんが、まさか彼女がそんな……」

「不確定ながら、そういった情報があります。協会内では噂になっていませんでしたか」

「少なくとも、自分のところまでは……異名持ちの求綻者ですし、もし噂を耳にしたところで、まず信じなかったと思いますが」


 困惑して問い返すドゥーミの様子に、嘘や誤魔化しの気配はない。

 となると噂は単なるデマか、協会上層部が真相を隠蔽しているかのどちらか。

 出所でどころが討訝志士団の下っ端なのが、どう判断するべきかを迷わせる。

 それはそれとして、ドゥーミから聞き出せそうな有用な情報はこの辺りが限度だろう。

 そろそろ話を切り上げて、次の行動に移るとしよう。


「ではドゥーミ。協会に提出するはずだった、ロベール・ド・レウスティに関する本来の調査報告書を仕上げろ」

「資料は残っているので、作成に問題はありませんが……有効性はあるかどうか」

「問題ない。私がその気になれば、白紙にでも意味は生まれる」


 芝居がかった口調で言うと、ドゥーミは私が何者なのかを今更ながら再認識したらしく、慌てたように何度も首を縦に振った。

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