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鬼の行く涯て 竜の往く果て  作者: 長篠金泥
第1章 (リムとライザ 鐘後216年7月)
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007 追躡

 飛び出してきたのは昏絶鱆めまいだこだった。

 多分、そうだったんじゃないか、と思う。

 フワフワとした物言いになっているのは、穴から出てきた二つの何かが、ディスターとグラウによって瞬時に叩き落されたからだ。

 地面に転がった物体の片割れ、そいつをライザが長剣で刺して持ち上げる――やはり昏絶鱆めまいだこだ。


「まさか、コイツらが村を壊滅させたんじゃないよな」

「数百匹がまとめて暴れたってんなら、それもあるかも知れんがなぁ」


 俺の無駄口に、グラウが律儀に応じてくる。

 ディスターは穴の奥をランプで照らし、別の何かが出てこないかを警戒している。

 ライザはタコの死骸を腕組みをしながら睨み、何事かを考えているようだ。

 一分ほど経過したところで考えがまとまったのか、ライザは腕を解いてグラウに訊ねる。


昏絶鱆めまいだこに、長距離を移動する習性はあるか?」

「聞いたことねぇな……エサを探してウロつくのはあっても、そう遠くまで行かん」

「となると、この穴はそう遠くはない場所に通じている」

「そうなるなぁ……やっぱり潜ってみるか」


 どうやら、その選択肢で完全に決定したようだ。

 昏絶鱆めまいだこが動き回れるくらいだから、村を破壊した『何か』と穴の中で遭遇する危険はなさそう、という程度しか安心できるポイントがない。

 あからさまにテンションを下げていると、ライザから声をかけられる。


「……ここで待つか、ノーデンホッブまで戻っていても構わんぞ」

「いや、俺も行く。大して役には立たないだろうが、足は引っ張らない……つもりで」


 イマイチ自信に欠ける俺の返事に、ライザは何とも言えない表情の頷きを返してくる。

 ディスターもチラッとこちらを見るが、その目には優しさもなければあざけりもなく、彼が何を考えているのかは読み取れない。

 俺の微妙な心情を知る由もないグラウはこちらの会話を気にする様子もなく、どこからかロープなどを持ってきて穴に潜る準備を進めている。


「村を襲った直後に反撃されるとは、相手もよもや想定してないだろう。その油断を衝くのは間違いなく効果的なはずだ」

「はい。攻撃と移動を終え、現在はおそらく休息中でしょう。奇襲には最適のタイミングと言えます」


 ライザの推論が、ディスターによって肯定される。

 俺としても、その考えを否定する材料は持ち合わせていない。

 程なくしてグラウによる準備が整い、俺たち四人は地の底まで続いているような穴の中へと降りて行った。

 地中は冷え冷えとしていて、圧迫感のせいなのか実際にそうなのか、空気が薄い気がしてならない。


「それにしても、この空間にあった土はどこに消えたのだ」

「言われてみれば……」


 ライザが何気なく口にした言葉によって、俺も異様さに気付く。

 一ジョウ(三メートル)も直径のある洞穴は、地下八ジョウ(二十四メートル)ほどの深さを長々と貫いている。

 とてもじゃないが、掘った後の土を地上に掻き出せはしないだろう。

 一体どんな存在がこの穴を行き来したのか、それを考えると改めて居心地の悪さが湧き上がってくる。


 俺ほどじゃないにしても、参加者には緊張感があるようで口数が少ない。

 所々でうねってはいるものの、基本的には平坦な道をランプの明かりを頼りに進む。

 迷い込んだ昏絶鱆めまいだこ塞栓蝙くらみこうもりに何度が遭遇したが、先導役のディスターが全てを瞬殺する。

 そんな一方的な戦闘の何度目かが終わった直後、トンネルは急な上り坂へと転じた。

 この先にあるのは多分、穴の出口――或いは入口だ。


「ロープをお願いします」

「お……おう」


 壁面を蹴ってのジャンプを繰り返し、最後はほぼ垂直になっていた穴を軽々と登り切ったディスターに、グラウは若干うろたえながら答える。

 この豚人オークもかなり神経が太いタイプだろうが、ディスターの域で常識を無視した存在にはさすがに驚くらしい。

 端におもりくくったロープが下から放り投げられ、ディスターがそれをキャッチする。

 

「じゃあ、まずは俺から行くわ」

「しっかり掴まっていて下さい」

「えっ――」


 ディスターには勝てないが、それなりに自信のある身軽さを披露しようと思った俺だが、ロープを掴んだ直後に数秒で地表まで引き上げられた。

 確かに、ディスターの膂力りょりょくがあればそれも簡単なのだろうが、しかし。

 俺が微妙にくすぶらせた不満などお構いなしにディスターは黙々と作業を続け、ライザとグラウも穴から引き上げる。


「ここは……」

「まだ地下、なのかぁ?」


 ライザとグラウが、代わる代わる戸惑いを口にする。

 洞窟から出てきたというのに、岩盤の天井があって空が見えない。

 かなりの広さがあるが、ここもまた洞窟内のようだ。

 ランプを手に、壁面を調べていたディスターが軽く首を傾げている。


「何か、気になることでも?」

「この場所ですが……自然のままではない気配があります」

「それは昨日の話に出てきた、森の奥で見つけた怪しい洞窟みたいな感じかな」

まさしく、その通り。よく似た雰囲気と言っていいでしょう」


 ディスターからの答えを聞きつつ、俺も洞窟内の様子を詳しく観察してみる。

 言われてみれば確かに、人の手が加わっているような気がしなくもない。

 特に何かがあるでもないのだが、むしろ何もなすぎるのに引っかかる。


 普通、こういった洞窟が完全に密封されたような状態になることはない。

 木の根が張り巡っていたり、野生生物が巣穴にしていたり、雨水が溜まって池ができていたりと、何らかの要因で荒れた雰囲気を漂わせるものだ。

 だが、ここにはそれらがまるで目に付かず、何というか――管理者の存在が透けて見える。


「そろそろ、黒幕に対面できそうだな。近くで巨大生物は動いているか?」

「そう遠くはない場所にいる、と思われるのですが……活動状態ではないようです」

「ふむ……」


 ディスターの回答に、ライザは中途半端に唸って辺りを見回す。

 何日か前に聞いた話では、ディスターは殺気を放っている人間や、警戒態勢をとっている生物が近くにいると、その存在を察知できるという。

 となると、追ってきた相手は既にこの場を離れたのか――

 そう思った瞬間、巨大な物体が動く気配が俺にも分かった。


「上です」


 ディスターが静かにそう告げた数秒後、轟音と共に砂礫されき岩塊がんかいが降り注いで、俺の視界を全面的にさえぎった。

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