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鬼の行く涯て 竜の往く果て  作者: 長篠金泥
第7章 (ライザ 鐘後216年2月)

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062 勧誡

 短い打ち合わせの結果、今後やるべき仕事の分担は、セルジュとユーゴがリシャールとのコンタクト、ディスターとカロンが情報収集全般、私とイネスが監査官との交渉ということになった。

 女二人の組み合わせを提案したセルジュは、怯えきっているであろう相手を少しでも安心させるためだと語るが、そこにイネスは異を唱える。


「でもねぇ……王族に脅された後にもっとエラい王女様が出てくる、とかアタシだったら全速力で逃げたくなるけど」

「それについては、逆にそこまでの危機的状況だと理解してもらうしかない」

「んー、まぁ、ロベールさんよりライザ様についた方が安全、と思わせればいいのか」

「家族の安全と次の仕事の保障もしてやれば、どっちを選べばいいかはわかるだろ」


 そんな感じで話がまとまり、各々が今日の内に行動を開始する。

 セルジュとユーゴは、リシャールが検訝に出ているというレウスティ北方へ。

 ディスターとカロンは、酒場の客や旧知の求綻者からロベール絡みの情報を引き出す。

 そして私とイネスは、件の監査官――ドゥーミの家に予告なしで押しかけ、有無を言わさず保護下に置いてしまうのが目的だ。


「ロベールさんは、何がしたいんだろうねぇ」

「それを調べてるんだが……大丈夫か、イネス?」


 同じリュタシア内でも私の屋敷からは遠い、商業区の近くに住むドゥーミを訪ねる道すがら、イネスが言わずもがなの疑問を口にした。

 呆れ気味に問い返した私に、イネスは複雑な表情を浮かべながら続ける。


「いやいや、そういうことじゃなくてさ。どうしたいにしても、どうなりたいにしても、何が不満なんだろ、って話だよ」

「不満……が原因なのか」

「そこはハッキリしないけど、でも一国の王族で巨大組織の幹部、なんていう誰もがうらやむ立場を危うくしてまで行動を起こすんだから、協会の現状に対して相当に不満があって、何とかせずにはいられないって心境じゃないの」

「そういう見方もある、か」


 曖昧に応じながら、あの男はそんなに志の高い人物だったかな、と記憶を掻き回す。

 ロベール・ド・レウスティ――各種儀式やパーティで何度となく顔を合わせているし、言葉を交わした回数も少なくはないが、あまり印象に残っていない。

 歳は壮年とは呼びづらいが老人という程でもなく、今は五十代の半ばくらいか。

 武術や学術や芸術に秀でているでもなく、軍事や政治に才覚を発揮するでもない。

 しかし、そんな『ただいるだけ』の王族だったロベールが、抗訝協会の中枢で陰謀めいた活動を繰り広げているというのも、考えてみれば妙な話だった。


「だけど、ロベールさんの『やってること』を並べてみても『やりたいこと』が見えてこない、ってセルジュも困ってたね」

「確かにな。ただ混乱させるのが目的なら、見事なまでに達成できているが」

「配下の討訝志士団とうげんししだんをさ、アーグラシアのアレみたいにしたい、とかそういう野望があったりとか」

護国親衛軍ごこくしんえいぐんか……話を聞く限りだと、あそこまで思想に偏りのある集団でもないようだし、何より協会は一国が運営しているのでもない。無理を通そうとしても反発は強かろうよ」


 悪い噂しか聞こえてこない、隣国アーグラシアが新設した軍組織のことを考え、そこはかとない不快感が滲んでしまう。

 自分の親族がそこまで愚かだとは思いたくない、という理由で無責任なことを言ってはいないだろうか。

 そんな不安も湧いてくるが口には出さず、雑談へと移行したイネスの話に適当な相槌あいづちを打ちながら歩いている内に、目的地近辺へと辿り着いた。


「セルジュの書いた地図によると、あの家のようだが」

「見たところ、監視も警備もついてないみたいだね」


 監査官の給金がどの程度かは知らないが、それなりにゆとりある暮らしをしていると推測できる、庭付きの小奇麗な家だ。

 ただ、どことなく敷地全体が暗い雰囲気で覆われているような、そんな気配もある。

 今現在、日が沈みかけているのとは関係なく、生活感の乏しさみたいなものが感じられるのだ。


「もしや家を出て、どこかに身を隠しているのか」

「そうなると面倒だね……とりあえず、確認だけはしてみますか」


 イネスの意見を採用することにして、ドアについているノッカーを叩く。

 何度か繰り返している内に、メイドと思しき若い女が対応に出てきて「御主人様は誰ともお会いになりません」と面会を拒絶してくる。

 そう言われても、「では日を改めて」と退散するわけにもいかない。

 私とイネスは強引に屋内に上がり込むと、怯える使用人にドゥーミを呼んでくれるよう柔らかい口調で要求した。


「わざわざ姫様に御足労いただくとは、大変に申し訳なく……」

「ここには求綻者のライザとして来ている。そうかしこまるな」


 応接室へと通された私は、座り心地のよくないソファに腰を下ろした。

 やたらと恐縮するドゥーミをなだめつつ、回りくどい話は抜きで本題に入る。

 こちらが知りたいのは、ロベールに対して行われた査察の真の結果と、向けられている疑いに関する情報全般。

 それを渡してくれた場合は、ドゥーミ本人とその家族の安全と生活を保障する、というシンプルな交換条件だ。

 

「管区長の査察に関して、ですか……それは、その、提出しました報告書の通り、です。各種の疑惑に関しましても、報告書の中で否定してありますので……そちらに目を通していただければ、と……はい」


 悩むまでもなく即決できる提案だと思ったのだが、意外にも渋い反応が返ってきて戸惑わされる。

 土気色つちけいろに近くなっている疲れた顔に脂汗を浮かべた四十男は、かたくなにこちらと目を合わせようとはせず、どう切り込んでもやんわりと拒絶し続けてくる。

 有形無形の脅迫を受け続けたことで、ドゥーミの心は折れてしまったようだ。

 私は正攻法での説得を諦め、もっと噛み砕いて状況を理解させようと試みた。


「少し頭を冷やして考えてみろ。私がこうして会いに来た意味を」

「会いに来た、意味……」

「そもそも、だ。管区長殿の権力が磐石ばんじゃくなら、査察が入るような状況にならんだろう?」

「それはそう、なの、でしょうけど」


 やっとのことで真っ直ぐ私を見たドゥーミに、勢い良く畳み掛ける。


「実のところ、ロベールの立場は危うい。私の他にも、疑念を持って調べている者は複数いる。家族に手を出してくるような過剰な脅しも、余裕がないが故の強硬手段だ。遠からず、奴は失脚するだろう……そうなった場合、お前の処罰も避けられない」

「えっ――処罰、されるのですか?」

「お前の一連の行為が何らかの圧力によるものだったとしても、事実として残るのは調査結果を改竄かいざんし、断罪されるべき人物を野放しにした悪質な欺瞞ぎまん工作と任務放棄であり、当然ながら重大な服務規程違反だ。減俸や辞職で済むような失態ではない」


 私の糾弾にドゥーミはますます顔色を悪くし、目を泳がせ呼吸を乱しながら反論する。


「し、しかし……それはっ!」

「自分と家族を守るために仕方なかった、か? 気持ちはわかるがな、脅迫されて仕事を放棄するようでは監査官として役に立たん。言い方は悪いが、賄賂を受け取って盗賊を見逃す警邏兵けいらへいと、本質的には同じだ」

「うっ、ぐっ」

「今ならまだ、こちらの口添えでお前を救えなくもない。職責に対する矜持きょうじが僅かなりとも残っているならば、行動で示せ」


 ドゥーミの反応を窺いながら、どうにか目的を果たせそうだと安心していると、玄関を監視させていたイネスが応接室へと駆け込んでくる。

 表情が険しい――何か、不測の事態が発生したようだ。

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