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鬼の行く涯て 竜の往く果て  作者: 長篠金泥
第6章 (リム 鐘後217年6月)

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059 強禦

「ある程度は健闘するかも、とは思ってたけどさ……まさか倒されちまうとはねぇ」


 感心と呆れがぜになっている、といった感じの微妙な声音が不意に背後から響く。

 振り返ると、きらびやかな象嵌細工ぞうがんざいくを施された煙管を手にしたフランが、戦闘で半壊した建物の屋根に腰を下ろして、複雑な色の煙を吐いていた。

 ヴィーヴルを失った彼女としては、怒気に満ちているのが当然であろう状況なのに、その表情は不思議と和やかだ。


「今回が初検訝のコンビに負けるんじゃ、いくら欠陥品だったにしてもあんまりだね」

「欠陥品……あれが?」

「そうさ。足回りのヤワさにも参ったけど、それ以上に意志の伝達が難しくてねぇ。こっちからの単純な命令は理解するんだけど、力の加減すら出来やしない」


 やはり、ヴィーヴルはフランのレゾナだったのか。

 にしても、あんなに苦戦させられた相手が欠陥品なら、問題なく成功したアートというのはどこまで手に負えない怪物なんだ。

 フランの話を聞きながら、知らず知らず俺の背中には汗が噴き出す。


『耳を貸すな。こいつはやばい』


 フランに対しての警戒心を剥き出しにしながら、俺を庇うような位置にファズが立つ。

 いつも冷静なファズから、焦りや不安に彩られた心象が止め処なく流れ込んできた。

 対するフランは緩々ゆるゆると煙を吐きながら、どこか愉しげな風にこちらを見下ろしている。

 だが、そんな中にも誤魔化しきれない殺気が視線に混入して伝わって来る。

 どうやら俺とファズは、この悪名持ちから『敵』として認識されてしまったらしい。


「わざわざ戻ったのは、俺達を始末するのが目的か」

「そうすることも考えてたんだけどねぇ、ちょっとばかり気が変わったよ。この先どうなるのか、しばらくは見物させてもらうさ」

「……どういう意味だ、それは」

「と、その前にやることやっとかないと、ね」


 フランはそう言って立ち上がると、腰から下げていた丸い小壺を取り外し、ヴィーヴルの死骸に向けて放り投げた。

 陶製らしいその壺は、硬い鱗に衝突すると同時に乾いた音を立てて砕け、中からキラキラとした粉末が舞い散って辺りに拡がる。


『毒かも。下がって』


 素早く後退したファズに注意を促され、俺もヴィーヴルから距離をとる。

 俺達が五ケン(十メートル)ほど離れたところで、フランが煙管を引っ繰り返して火種を落とす。

 濛々もうもうと舞う何かの中へと赤い点が吸い込まれた直後、ペポンッ、と気の抜ける破裂音が鳴り響き、強い光が一瞬だけ周囲を照らした。


 反射的に目を閉じて、目の前を手で覆いつつ薄目を開けて見ると、ヴィーヴルの死骸が急速に変形を遂げていた。

 燃えて灰になるのでも高熱で融けるのでもなく、骨も肉も風化して空気中のちりになるような、そんな変化が起きている。

 目の前で進行している現象が理解できず、目を擦りながら隣を窺ってみると、ファズが険しい表情で事態を見守っていた。

 

 一体何をしたんだ、フランは。

『わからない。でも、竜のニセモノを作るような連中だ』

 何をやってもおかしくない、か。

『そう。多分、思ってたより危ない』


 頭に流れ込むファズの言葉は淡々としているが、それに反して緊張感の高まりが伝わってくる。

 体積の半ば近くを消失させているヴィーヴルを横目に、俺は手持ちの武装を再確認しておく。

 唐突な奇観を生じさせた元凶であるフランは、軽く伸びをしてから体重を感じさせない動作でもって、一ジョウ(三メートル)ほどの高さの屋根からふわりと飛び降りた。

 そして音もなく着地すると、俺の方へと歩み寄ってくる。


「今のは、どういう……」

「証拠隠滅さね。調べても大したことはわかりゃしないだろうけど、万に一つってのはいくらでもあるからねぇ」


 どんな原理でもって、ヴィーヴルの巨体が消えようとしているのか。

 バラ撒いた粉の成分は何なのか。

 そもそもあんたらは、どういう目的で動いているのか。

 訊きたいことは色々とあるが、訊いたところで真面目に答えてもらえそうにない。


「そう怖い顔しなさんな。あたしは敵じゃない……味方でもないけどね」


 苦笑気味に言うフランの視線を追った先では、ファズが物騒極まりない眼光を返してした。

 俺としてもフランの言葉を疑っているが、ファズは欠片も信じていないようだ。

 息が詰まる剣呑けんのんな空気に、どうしたものかと思考を巡らせていると、そこにファズの言葉が割り込んでくる。


『こいつは、ここで殺しておいた方がいい』

 いや、殺すって言っても簡単にどうにかなる相手じゃないだろ。

『それでも、放って置くのはまずい』

 待てよファズ、さっきの怪我と疲れがまだ――


 こちらの制止を無視し、ファズは湿った髪の中に紛れ込んだ砂礫されきを払いながら、何気ない足取りでフランに近付いていく。

 対するフランも特に警戒するでもなく、見世物の開始を待つ観客みたいな態度でもって、ファズの動きを目で追っている。


 どうするつもりか確かめようとした瞬間、ファズの姿がブレた。

 地面を蹴る音と金属が衝突する音は、俺にも捕捉できた。

 だが、それ以外のことをまともに認識できない。


「いいねぇ、うん。いい……度胸も筋力も申し分ないし、何よりも迷いがない」


 フランは、さっきまでいた場所から四ケン(八メートル)ほど離れた場所で、ファズが突き入れようとした金属杖をサーベルの刃先で受け止めていた。

 状況から推理するに、ファズが繰り出した猛スピードの突進を、同等の速さで後退することで相殺し、突きの威力を減じさせてからサーベルを抜いた、ということだろうか。

 鬼人のファズが人間離れしているのは分かるが、それに平然と対抗できるフランの身体能力はどうなっているのだろう。


 再び距離をとったファズは、僅かに腰を落として杖を握り直す。

 その表情は、いつもとあまり変わらない。

 だが伝わって来る心情の中に、言語化に至らない混乱が混ざり込んでいた。

 ファズとしても、フランの規格外の能力に戸惑っているのか。

 しかし、ほんの数秒でそんな精神状態から脱したらしく、ファズの双眸そうぼうには再び鋭さが戻る。


「次は全力で行く、って面構えだねぇ……あんたにとってあたしは、命を賭してでも戦うべき相手なのかい? 鬼娘ちゃん」


 正体不明のこの女が普通じゃない、というのは俺にもわかっている。

 だがフランの言う通り、今この場で無理を押して対決しなければならない相手なのか。

 そう心中で訊いてみても、返事はない。

 フランの問いと俺の困惑に対するファズからの答えは、杖の一撃が風を切る音だった。

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