006 鑽孔
夜明けの光の中、ボンヤリと見えてきた村から受ける印象は『瓦礫』の一言だった。
焼け崩れた建物や、大勢の人間に蹂躙された家屋なら、過去に目にしている。
しかし目の前に展開されているそれは、そうした現実的な事故や事件とは遠く離れた場所の出来事、という雰囲気を醸していた。
「予想以上だな……推定される原因は」
「これだけでは何とも」
ライザとディスターが小声で交わす会話を聞き流しつつ、俺も二人に合わせた小走りで村――のあった場所へと近付いていく。
大勢の人々が忙しく動き回っているが、怒号や悲鳴が飛び交っているでもなく、奇妙な静けさが場を支配している。
それはまるで、未経験の圧倒的な破壊を目の当たりにして、どんな態度を取ればいいのか戸惑っているようだった。
「……あんたらは」
「求綻者だ。ノーデンホッブ周辺の訝を調査している」
「っ! お前らがモタモタしてるからっ――」
「我らがこの地に到着したのは、昨日のことです」
誰何してきた左手を包帯で吊った若い緑人は、ライザの淡々とした返答に激高しかけるが、ディスターが両者の間に割って入ったことでトーンダウンする。
「つっても、おかしなことは前々から起こってただろうが! 何で、何でもっと……」
「それは今する話ではありません。責任者は、どちらに」
あくまで冷徹なディスターからの問いに、緑人は泣きそうな顔を浮かべながら、無事な右手で自分の背後を指差す。
家族や仲間と過ごす日常を失ったのであろう彼の言葉は多分、俺達よりも自分自身に向けられている。
居た堪れなさを抱えながら、俺は前を行くライザとディスターを追った。
朝日が高さを増すに従って、一帯の惨状はその姿を露にする。
元が何だったのか想像できない、建物の残骸。
男か女か老人か子供かも判別できない、人体の一部。
そして、各所に穿たれた一ジョウ(三メートル)近くの直径がある大穴。
絵物語で見た『大戦』の惨禍を思い出させる、苛烈なまでの破壊。
「堤防と薬草園の続き、なのかな」
「その可能性は高いのだろうが……難民村を狙う意図が分からん」
ライザの言葉で、ここが難民を収容するために急造された居留地だったと気付く。
言われてみれば周囲は荒地ばかりで畑はなく、開墾の形跡もなかった。
隣国から流れてきた人々を国境付近に定住させた結果、後に領土問題に発展したケースが少なからずある、のだそうだ。
なので、どこの国でも難民や流民による土地の所有を禁じているか、大幅な制限を設けている。
移住を歓迎されるのは、特殊な技術や能力を持つ者だけ。
それ以外の大多数は難民村から出ることもできず、単純労働で生計を立てるしかない。
難民が置かれた状況について、昨夜の食事中にライザとディスターからそう教えられた。
では、そんな場所に住む人々を襲う意味はどこにあるのか。
様々な可能性を考えてみるが、正解に近いと思えるものは浮かんでこなかった。
やがて、集会所か何からしい半壊した大きな建物が見えてきた。
その入口に視点の定まらない呆けた顔で佇んでいる、頭に血の滲んだ布を巻いた老いた犬人にライザが声をかける。
「この村の長は?」
「……ワシじゃ」
「私達は、この地で検訝を行っている求綻者だ。それで、一体何が起きた?」
「分からん……地鳴りのような音が、遠くから近付いてきて……家が揺れたと思ったら、直後に天井が落ちてきた……どうにかこうにか外に出たら、この有様じゃよ」
老犬人は、現実を認められないのか認めたくないのか、気の抜けた声でもってライザの問いに応じた。
何かが起こる前兆は、薬草園で聞いたものと一致している。
となるとこれはやはり、連続した物事の一つとして考えるべきなのか。
崩れた壁から差し込む日の光に照らされた建物の床には、少なくない人数が物言わぬ肉塊となって転がされている。
豚人、緑人、犬人――犠牲者は恐らく南からの難民であろう亜人ばかりだ。
故郷の戦火を逃れ、安住からは遠い苦境での暮らしの果てが惨死とは、何ともやりきれない。
息苦しくなって死者から目を逸らすと、豚人の男が大股で近づいてくるのが見えた。
「ん? あんたらぁ、こんなとこで何してんだ」
「おぉ、グラウか。彼女らは、街が呼んだ求綻者だそうな」
「求綻者……はぁ、なるほどなぁ」
昨日、森で行き会った豚人の男――グラウは、色々と納得したように俺達を見遣るが、その視線がディスターの所で止まる。
顔を合わせるのはこれが初だから、何者かとグラウが警戒しているのかと思ったが、そういうのとは少し違うようで、しばらく見つめた後で納得したように頷いた。
ある程度の経験を積んでいると、竜であるディスターの纏っている普通じゃなさ、みたいなものが理解できるのだろうか。
「私は求綻者のライザ、彼がレゾナのディスター、これが求綻者候補生のリム」
「これって言うな」
「おうおう、そういやお互い、自己紹介してなかったな。おれの名はグラウ、昨日も言ったが、この辺のパトロールが仕事だ」
「グラウには、自警団のまとめ役を頼んどるんじゃ」
俺の抗議は黙殺され、グラウと村長からの事情説明が続く。
難民村はノーデンホッブ近郊に四つあり、ここが最大のもので居住者はおよそ六百。
現時点で確認された犠牲者は四十名以上、行方不明者は百名前後。
不明者の中には、難民達の指導者的存在だったホルフェという人物も含まれている。
そんな中で最も気になるのは、穴から出てきた巨大な何かが暴れ回っていた、との目撃証言が複数確認された事実だ。
「この穴、か……見覚えはあるか」
「残念ながら。こうなると、新生物ではなく不明新生物の存在を念頭に置いて行動すべきかも知れません」
大穴を前にしてのライザとディスターの会話に、俺はこめかみが軽く引き攣る。
不明新生物はその名の通りアンノウン――正体不明の怪物だ。
「手がかりもねぇし、この穴ぁ辿ってみるか?」
「ちょっ――」
「それが一番、手っ取り早そうだ」
グラウからの雑な提案にツッコミを入れようとするも、それより早くライザが同意してしまった。
どうやら、短時間で村を壊滅状態にした相手との戦闘が避けられないようだ。
軽めの頭痛を感じながら穴を覗き込んでみると、闇の奥からの風が頬を撫でる。
その違和感に気付いた俺は、その場から飛び退いて投げナイフを抜く。
「何か来るぞ!」
叫びながら周囲を見回すが、俺の動きで危険を察知したのか、或いはその前に気配を感じ取っていたのか、ライザもディスターも、そしてグラウも既に臨戦態勢だった。