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鬼の行く涯て 竜の往く果て  作者: 長篠金泥
第5章 (ライザ 鐘後217年3月)

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046 鞠訊

 高そうな調度品が揃った広く明るい室内には、十数人がうごめいていた。

 その内の五人は若い女で、半裸から全裸までの格好で湿った肌を惜しげもなく晒している。

 男達も似たような雰囲気で、どいつもこいつも揃って腑抜ふぬけている。

 武器を握っている者は誰もおらず、手にしているのは酒盃か水パイプの吸い口か女の乳だ。


 こういう下世話な乱痴気騒ぎは、もっと薄暗い部屋で行うものではないのか。

 そんな私の困惑を小馬鹿にするように、男の下卑た笑い声と女の安っぽい嬌声きょうせいが弾ける。

 どういう感じに話を切り出したものかな、と考えあぐねている私に気付いたのか、かなり酔っているらしい男がヨタヨタとこちらに近付いてきた。


「んぁー、おぉ? オンナの追加かぁ?」

「ちっげーよ。コソコソと探ってる奴をココに誘き寄せる、って言ってたろ」


 ソファに体を沈めながら水パイプを吸っている、親衛軍の制服をだらしなく着崩した短髪の男が、いきなり計画をバラしにかかってきた。

 軽くはない偏頭痛に見舞われ、左右のこめかみを片手でほぐしながら質問に入る。

 無駄な行動だとは分かっているが、こういう場合にも段取りは必要だ。


「消えた求綻者について、ここで詳しく聞かせてもらえる……とのことだったが」

「おうおう、聞かせてやんよ。その前にお姉ちゃんのキャワイイ声、たーっぷりと聞かせてほてぃーな?」

「ぶはははは! おまっ、ほてぃーって! ほてぃーって何だよバァーカ!」


 水パイプの毒々しい色の煙を吐き散らしながら、短髪の男はさも愉快そうに笑う。

 酔っ払いの兵士は肩を抱こうとする気配を見せてきたので、そっと数歩離れてその動きをかわす。

 まともに相手をしようとすると、こちらまで猛スピードで頭が悪くなりそうだ。

 全員ぶちのめしてから話を進めた方が、色々と手っ取り早いだろう。


「……女達には、怪我をさせるなよ」

「心得ております」


 ディスターはハルバードを壁に立て掛け、右肩を軽く回す。

 私はテーブルの上に置いてあった、未開封の酒瓶を拾い上げた。


「おいおいカワイコちゃーん、そいつは効き過ぎるからヤメときなぁ」

「へぇ。ちょっと試してみる」


 ヘラヘラ笑いながら私に手を伸ばしてきた、口髭の似合わない若い男。

 その横っ面を酒瓶でもって全力で殴りつける。

 瞬時に気を失わせる効き目を発揮したので、男のアドバイスは正確だったらしい。

 その破砕音で室内は瞬時に静まり、のただれてよどんだ空気に緊張感が混ざる。


「なっ――」

「ふざ――」


 驚きの声が二つ、大気中に放たれる前に途切れた。

 ディスターの右膝を顔面で受け止めた金髪と、左手刀で首筋を打ち抜かれた茶髪がその場に崩れ落ちる。


「キャッ――イャアアアアアアアアーッ!」

「ぁにしてんだ、ぉおおおおおっ?」

「なに? なになになんなのっ、やだやだやだやだ!」

「んだっ、てめっ、ぅおるぁあああああああああっ!」


 女の悲鳴と男の怒号がアチコチで弾け、乱戦へと雪崩れ込む――いや、雪崩れ込みかけた。

 そうなる前にほぼ全員を戦闘不能に陥らせたので、残っているのは部屋の隅で一塊になっている女達と、ソファに腰を下ろしたまま何もできずにいた、赤ら顔の中年男が一人きりだ。

 ディスターが怯える女性陣をなだめているので、私がこの薄汚い男の尋問をしなければならない流れのようだ。


「……で? 消えた求綻者について、ここで詳しく聞かせてもらえる、との話だったが」


 部屋に入って最初にした質問を半笑いで繰り返すと、硬直していた中年の顔がぐにゃりと歪む。

 あざけりやあなどりに慣れていない、自尊心の肥大した連中にありがちな態度だ。

 男は床に転がったサーベルに手を伸ばすが、その手首を狙って前蹴りを入れる。


「ぺげぇ? あああぅぬああああぁばああああっ!」


 筋と骨が破損した音に続いて、濁った悲鳴が撒き散らされる。

 男は喚きながら、たるんだ全身を使っての前衛的なダンスを披露し始めた。

 見るに堪えないので、今度は胸を蹴ってソファへと押し戻す。


「ぁぼっ――」

「次はない。質問に答えろ」


 可能な限り冷たい声でそう告げると、男は卑しい笑みを浮かべて見上げてきた。

 反射的に肘を落としたくなるのを我慢し、努めて無表情を作って見下ろしておく。

 自分の笑顔が何の役にも立たないと悟ったのか、男は痛みに身を震わせながら語り始める。

 

「……おっ、お前らの探している連中は、我ら救国親衛軍へのきょ、協力を申し出てだな、現在はシュナース閣下の指揮下にゃ、に、ある」

「求綻者が、特定の国や組織からの直接雇用を禁じられている、と知ってのことか」

「ワシがき、決めているので、ではない……全ては総帥のっ、おぼし、だ」


 ドバドバと脂汗を流している男が、途切れ途切れに発した言葉を吟味する。

 護国義勇軍の創始者にして救国親衛軍の総指揮官、イッテンバッハ伯爵。

 謎の多い人物ではあるが、単なる私兵集団を国軍の中枢に据えてしまう手腕からして、それなりに有能だと思われる。

 なのに、今回の一件ではどうにも雑さが目立っているような。


「国境地帯での騒動も、親衛軍の仕業か」

「そ、それは……」


 男はその先を答えようとしない。

 だが、視線を逸らして指先を震わせている態度が、何より雄弁に親衛軍の関与を物語っていた。


「お前は、全てが本当に総帥の指示だと思うか?」

「し、知らぬ。我らは命令があれっ、あれば、それに従うまで」


 こいつは犬だ――しつけがなっていないから、何の役にも立たないが。

 そう断を下すと同時に、ディスターの右靴裏が男の顔面を蹴り飛ばした。

 男の体が宙を舞い、ソファごと壁に叩き付けられる。


「おい、殺すな」

「手心は加えてあります。使ったのは足ですが」


 冗談なのか何なのか、よく分からないことを言うディスターに渋面を見せ、血と吐瀉物としゃぶつの臭いが幅を利かせる部屋を後にする。

 練兵場へと戻ると、想像通りの光景が待ち構えていた。

 レモーラとシングを蹴散らしてから、私達のいる建物へと援軍に向かう予定だったのであろう伏兵が、派手な壊滅状態を晒している。


 其処彼処そこかしこで呻き声が上がっているし、手足や首も転がっていないので、全力での戦闘は避けてくれたのか――とはいえ全員、長期の入院治療が必要な重傷だとは思うが。

 門の近くまで戻ると、レモーラが倒れたマント男の顔面をにじっているのが見えた。

 シングはそのかたわらでランプを掲げている。

 二人とも怪我はないようだ。


「ああ、エリザベート。わたくしに刃を向けたれ者共を退治しましたが、そちらは?」

「似たような状況。やっぱり罠だったから一暴れしてきた」

「ライザ、そこのアホを締め上げたら、妙なコトを色々と口走ったぞ」

「確か……国境地帯の訝は親衛軍の仕業で、北のコルブズ砦には首謀者のシュナース少将がいて、西のノフスク砦には協力を拒んだ求綻者を幽閉している、だったかしら」


 ディスターの失笑が微かに聞こえたが、私も同感だった。

 どいつもこいつも、軽々と重要機密を白状し過ぎる。

 親衛軍の精神力や忠誠心には多大な疑問が残るが、今はそれどころではない。


「それで、二人に頼みたいことがあるんだが」

「分かってますわ。わたくし達は北と西、どちらへ」

「じゃあ…………西をお願い」


 少し考え、ソミアより内陸の拠点ならば大した兵力を置いていないだろう、と判断してノフスクを担当してもらうことにする。

 派手に暴れられると後始末が大変そうだが、その辺りの苦労はシャレルに背負ってもらうとしよう。

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