046 鞠訊
高そうな調度品が揃った広く明るい室内には、十数人が蠢いていた。
その内の五人は若い女で、半裸から全裸までの格好で湿った肌を惜しげもなく晒している。
男達も似たような雰囲気で、どいつもこいつも揃って腑抜けている。
武器を握っている者は誰もおらず、手にしているのは酒盃か水パイプの吸い口か女の乳だ。
こういう下世話な乱痴気騒ぎは、もっと薄暗い部屋で行うものではないのか。
そんな私の困惑を小馬鹿にするように、男の下卑た笑い声と女の安っぽい嬌声が弾ける。
どういう感じに話を切り出したものかな、と考え倦ねている私に気付いたのか、かなり酔っているらしい男がヨタヨタとこちらに近付いてきた。
「んぁー、おぉ? オンナの追加かぁ?」
「ちっげーよ。コソコソと探ってる奴をココに誘き寄せる、って言ってたろ」
ソファに体を沈めながら水パイプを吸っている、親衛軍の制服をだらしなく着崩した短髪の男が、いきなり計画をバラしにかかってきた。
軽くはない偏頭痛に見舞われ、左右のこめかみを片手で揉み解しながら質問に入る。
無駄な行動だとは分かっているが、こういう場合にも段取りは必要だ。
「消えた求綻者について、ここで詳しく聞かせてもらえる……とのことだったが」
「おうおう、聞かせてやんよ。その前にお姉ちゃんのキャワイイ声、たーっぷりと聞かせてほてぃーな?」
「ぶはははは! おまっ、ほてぃーって! ほてぃーって何だよバァーカ!」
水パイプの毒々しい色の煙を吐き散らしながら、短髪の男はさも愉快そうに笑う。
酔っ払いの兵士は肩を抱こうとする気配を見せてきたので、そっと数歩離れてその動きをかわす。
まともに相手をしようとすると、こちらまで猛スピードで頭が悪くなりそうだ。
全員ぶちのめしてから話を進めた方が、色々と手っ取り早いだろう。
「……女達には、怪我をさせるなよ」
「心得ております」
ディスターはハルバードを壁に立て掛け、右肩を軽く回す。
私はテーブルの上に置いてあった、未開封の酒瓶を拾い上げた。
「おいおいカワイコちゃーん、そいつは効き過ぎるからヤメときなぁ」
「へぇ。ちょっと試してみる」
ヘラヘラ笑いながら私に手を伸ばしてきた、口髭の似合わない若い男。
その横っ面を酒瓶でもって全力で殴りつける。
瞬時に気を失わせる効き目を発揮したので、男のアドバイスは正確だったらしい。
その破砕音で室内は瞬時に静まり、の爛れて澱んだ空気に緊張感が混ざる。
「なっ――」
「ふざ――」
驚きの声が二つ、大気中に放たれる前に途切れた。
ディスターの右膝を顔面で受け止めた金髪と、左手刀で首筋を打ち抜かれた茶髪がその場に崩れ落ちる。
「キャッ――イャアアアアアアアアーッ!」
「ぁにしてんだ、ぉおおおおおっ?」
「なに? なになになんなのっ、やだやだやだやだ!」
「んだっ、てめっ、ぅおるぁあああああああああっ!」
女の悲鳴と男の怒号がアチコチで弾け、乱戦へと雪崩れ込む――いや、雪崩れ込みかけた。
そうなる前にほぼ全員を戦闘不能に陥らせたので、残っているのは部屋の隅で一塊になっている女達と、ソファに腰を下ろしたまま何もできずにいた、赤ら顔の中年男が一人きりだ。
ディスターが怯える女性陣を宥めているので、私がこの薄汚い男の尋問をしなければならない流れのようだ。
「……で? 消えた求綻者について、ここで詳しく聞かせてもらえる、との話だったが」
部屋に入って最初にした質問を半笑いで繰り返すと、硬直していた中年の顔がぐにゃりと歪む。
嘲りや侮りに慣れていない、自尊心の肥大した連中にありがちな態度だ。
男は床に転がったサーベルに手を伸ばすが、その手首を狙って前蹴りを入れる。
「ぺげぇ? あああぅぬああああぁばああああっ!」
筋と骨が破損した音に続いて、濁った悲鳴が撒き散らされる。
男は喚きながら、弛んだ全身を使っての前衛的なダンスを披露し始めた。
見るに堪えないので、今度は胸を蹴ってソファへと押し戻す。
「ぁぼっ――」
「次はない。質問に答えろ」
可能な限り冷たい声でそう告げると、男は卑しい笑みを浮かべて見上げてきた。
反射的に肘を落としたくなるのを我慢し、努めて無表情を作って見下ろしておく。
自分の笑顔が何の役にも立たないと悟ったのか、男は痛みに身を震わせながら語り始める。
「……おっ、お前らの探している連中は、我ら救国親衛軍へのきょ、協力を申し出てだな、現在はシュナース閣下の指揮下にゃ、に、ある」
「求綻者が、特定の国や組織からの直接雇用を禁じられている、と知ってのことか」
「ワシがき、決めているので、ではない……全ては総帥のっ、思し召し、だ」
ドバドバと脂汗を流している男が、途切れ途切れに発した言葉を吟味する。
護国義勇軍の創始者にして救国親衛軍の総指揮官、イッテンバッハ伯爵。
謎の多い人物ではあるが、単なる私兵集団を国軍の中枢に据えてしまう手腕からして、それなりに有能だと思われる。
なのに、今回の一件ではどうにも雑さが目立っているような。
「国境地帯での騒動も、親衛軍の仕業か」
「そ、それは……」
男はその先を答えようとしない。
だが、視線を逸らして指先を震わせている態度が、何より雄弁に親衛軍の関与を物語っていた。
「お前は、全てが本当に総帥の指示だと思うか?」
「し、知らぬ。我らは命令があれっ、あれば、それに従うまで」
こいつは犬だ――躾がなっていないから、何の役にも立たないが。
そう断を下すと同時に、ディスターの右靴裏が男の顔面を蹴り飛ばした。
男の体が宙を舞い、ソファごと壁に叩き付けられる。
「おい、殺すな」
「手心は加えてあります。使ったのは足ですが」
冗談なのか何なのか、よく分からないことを言うディスターに渋面を見せ、血と吐瀉物の臭いが幅を利かせる部屋を後にする。
練兵場へと戻ると、想像通りの光景が待ち構えていた。
レモーラとシングを蹴散らしてから、私達のいる建物へと援軍に向かう予定だったのであろう伏兵が、派手な壊滅状態を晒している。
其処彼処で呻き声が上がっているし、手足や首も転がっていないので、全力での戦闘は避けてくれたのか――とはいえ全員、長期の入院治療が必要な重傷だとは思うが。
門の近くまで戻ると、レモーラが倒れたマント男の顔面を踏み躙っているのが見えた。
シングはその傍らでランプを掲げている。
二人とも怪我はないようだ。
「ああ、エリザベート。わたくしに刃を向けた痴れ者共を退治しましたが、そちらは?」
「似たような状況。やっぱり罠だったから一暴れしてきた」
「ライザ、そこのアホを締め上げたら、妙なコトを色々と口走ったぞ」
「確か……国境地帯の訝は親衛軍の仕業で、北のコルブズ砦には首謀者のシュナース少将がいて、西のノフスク砦には協力を拒んだ求綻者を幽閉している、だったかしら」
ディスターの失笑が微かに聞こえたが、私も同感だった。
どいつもこいつも、軽々と重要機密を白状し過ぎる。
親衛軍の精神力や忠誠心には多大な疑問が残るが、今はそれどころではない。
「それで、二人に頼みたいことがあるんだが」
「分かってますわ。わたくし達は北と西、どちらへ」
「じゃあ…………西をお願い」
少し考え、ソミアより内陸の拠点ならば大した兵力を置いていないだろう、と判断してノフスクを担当してもらうことにする。
派手に暴れられると後始末が大変そうだが、その辺りの苦労はシャレルに背負ってもらうとしよう。




