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鬼の行く涯て 竜の往く果て  作者: 長篠金泥
第1章 (リムとライザ 鐘後216年7月)
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005 殃禍

 街へと戻った頃には、だいぶ日が傾いていた。

 領主館に泊まるよう薦めてくるタヴェルニエに断りを入れ、ライザは小綺麗ではあるが高級という程でもない宿の四人部屋を選んだ。


 野宿も粗末な食事も平気な王女、というのもよく分からない感じだが、俺の知っている王族はライザしかいないので、もしかするとこれが平均的なのだろうか。

 そんなことを考えつつナイフの手入れをしていると、ドアが軽くノックされる。


「戻ったか、ディスター」

「はい。少々、遅くなりました」


 単独での調査から戻ってきたディスターは、疲れた様子もなく軽く頭を下げる。

 ノックだけで相手が誰だかライザが判別できるのは、やはりレゾナだからか。

 ハルバードの刃に血曇ちぐもりがあるようだが、あれから何体の新生物ヴィズを斬ったのだろう。

 こちらの得た情報を要約して伝えると、ディスターからも調査結果が語られた。


「――といった有様でして、街の周辺における生物の凶暴化はやはり顕著です。そして新生物ヴィズにせよ野生生物にせよ、攻撃を仕掛けてくるのは知能の低いものばかりでした」

「ふむ……やはりそうなのか。他には何かあるか」

飛礫蜥いんじとかげに遭遇した森の奥を探索してみたところ、不審な洞穴を発見しました」

「……不審だと判断したのは?」

「何年か前に起きた崖崩れの痕、と見えるように入口が塞いであったので」


 どうすればそんな細工を見破れるのか、詳しい話を訊いておきたい。

 しかし、ライザは平然と流してしまうので、俺が口を挟めるタイミングは見つからない。


「洞穴は半チョウ(五十メートル)ほどの奥行きがあり、内部には何かが棲んでいたであろう形跡が残っていました」

「何だったのか、特定はできないか」

「大型の生物だろう、という程度しか」

「むぅ……その洞穴が隠されていたということは、秘しておきたい何かがあったのかもな」

「じゃあ、そこに何かが棲んでたんじゃなくて、そこで何かが飼われてたんじゃないか?」


 俺が思い付きを口にしてみると、ライザとディスターは同意の頷きを返してきた。

 堤防と薬草園の破壊に、その大型生物が関係している可能性もある。

 新生物ヴィズや野生生物の凶暴化との関連も気になるところだが、まだまだ情報が足りていない。


「強大な新生物ヴィズ、或いは不明新生物アンが、周辺に棲息する生物の行動を狂わせることがある、と言っていたな」

「はい。極少数ではありますが、そのような影響を及ぼす種は存在しています」

「たとえば竜、か」


 ライザからの問いに、ディスターは無言の微笑で応じる。

 俺はまだディスターが竜に転変したのを見たことはないが、その姿が周囲を恐慌状態に陥らせるのは想像に難くない。


「確証はないが、名前すら知られていない不明新生物アンが関与している可能性もある。明日からは警備兵や自警団を中心に話を聞いて、何事が起きているのかを絞り込んでいこう」

「それしかなさそうだ」


 俺が苦笑いで答えると、ライザが不審げに顔を覗き込んでくる。


「何か言いたそうだな、リム」

「いや、何がどうってこともないけど……検訝はもっと依頼した方から手掛かりとか情報とか提供されて、それを分析しながら進めるんだとばかり」

「理想としてはそうなんだがな。そこまで楽なケースは殆どない」

「すぐに全体像が把握できるような事件は、そもそも訝として扱われません」


 ライザとディスターから素早く立て続けに否定され、自分が気の抜けたことを言っていたと認識させられる。

 この辺が意識や経験の差、なんだろうか。

 そんなことを考えていると、ライザが小さく一つ手を叩いて言う。


「この件が天災に属しているなら、多少は手間取るかも知れない。しかし、人災に属しているなら解決はそう遠くない」

「そう言い切る根拠は」

「野性はどこに向かうのか分からないが、理性はその筋道が読みやすい。ましてや、目的があっての行動なら尚更のこと」

「つまり、目的から逆算して相手の動きを読む、と?」


 俺のその言葉を聞いて、ライザは嬉しげに笑みを浮かべる。


「その通り。リュタシア・センター始まって以来の劣等生とは思えない模範解答だ」

「共鳴が起こらないだけで、成績はそこまで悪くない……はずだ!」

「おや、それはすまない。とにかく、五日か六日もすれば尻尾くらいは掴めるだろう……事件が人為的なものなら」


 何となく話もまとまり、俺達は宿に併設された食堂で夕食を済ませる。

 メインには名物だという鴨料理を注文してみるが、味付けが濃すぎるのかボンヤリと鳥肉だというのは分かる、という程度の残念なシロモノになっていた。

 料理がそんな感じに微妙だったのと、雑談が難民問題に関する話に飛び火して場がシラケたこともあって、今日はもう早々に休息をとる流れに落ち着いた。


 徒歩で森を抜けて新生物ヴィズと戦い、更には薬草園での聞き込みまでこなした、何とも忙しい一日だった。

 体は確実に疲れているから、すぐに眠れるかと思ったんだが、変に目が冴えている。


 ライザのこと。

 ディスターのこと。

 検訝のこと。

 難民のこと。

 そして、自分のこと。


 様々な考えが浮かんでは消え、妙な胸騒ぎが収まらない。

 寝返りと溜息ばかりが増え、息苦しさに汗が滲んでくる。

 下手をすると朝まで眠れないと覚悟するが、そう腹をくくったら気分が落ち着いたのか、そのまま意識を失ってしまった。


「――ム。おい、リム! 起きろ」

「ん……んぁ? もう朝……じゃないな」


 窓の外は暗く、ディスターはランプを手にしている。

 ライザもディスターも、完全武装ではないにしても寝起きからは程遠い装いだ。

 二人の険しい表情から、聞かされるのは吉報じゃないだろうと予感しつつ訊いてみる。


「で……何事?」

「タヴェルニエからの報せだ。夜半に村が一つ、壊滅させられたらしい」


 ライザから告げられた事態の大きさに、思わずベッドから跳ね起きる。

 村の壊滅というのが文字通りの状況で、それがこちらの予想通り人為的なものだとするならば、俺達が相手にしている『敵』は規模的にも精神的にも普通じゃない。

 俺も急いで出立の支度をし、二人と共に街の南西にあるという現場へと走った。

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