表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鬼の行く涯て 竜の往く果て  作者: 長篠金泥
第4章 (リム 鐘後217年6月)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

41/82

037 餞別

「どうした。何を騒いでいる」

「えっと、その……シショーが極めつけのアホなので」

「今更そこを指摘してもどうにもなるまい」

「それはそうなんですが」


 何気にヒドい言われようだ。

 反論の余地はあんなりないから黙っておくが。


「御苦労だったな、マリオン」

「あっ、はい」


 まだ怒り足りなかったのか、マリオンは何か言いたげな空気を漂わせている。

 だが、俺と教官をそれぞれ一瞥いちべつした後、軽くかぶりを振ってから自室の方へと小走りで消えて行った。


「何か……バタバタしててすみません」

「まぁ、構わん。入れ」


 教官の私室に招かれるのも久しぶりだ。

 簡素なベッドと本棚と物品棚、そして机と椅子。

 相も変わらず、シンプルこの上ない殺風景な部屋だ。

 ここで特に目立つのは、肘まで覆うタイプの籠手とジャマダハルを合体させたような、教官の左手でも扱える特注武器くらいだろうか。


「どうだ、そろそろ求綻者としての自覚でも芽生えてきたか」

「いやぁ、実感はないです。初検訝はつけんげんもまだですし」

「そうか。で、お前を呼んだ理由だが」


 教官がコチラに向き直ったので、少し姿勢を正して言葉の続きを待つ。


習士しゅうしの旅立ちに際しては、担当教官から贈り物をする慣例があるのだ」

「はぁ……手編みのチェインメイルとかですか」

「そこまで難易度の高い品を求められても困る。だが、基本は武器や防具だな」


 言いながら教官は机の引き出しを開け、小さな箱を取り出した。


「私からの贈り物は、これだ」


 渡された箱は、ちょうど掌に乗る程度のサイズだ。

 武器や防具という感じでもないし、装身具の類だろうか。


「……何なんです?」

「見ればわかる」


 促されて青色の箱を開くと、中から金属製の小さな円筒の缶が出てきた。

 ネジ式の蓋がついているようだが、そこを更に革紐でギチギチに縛ってある。


「見てもサッパリなのですが」

「ラベルを読め、ラベルを」


 缶に貼り付けてあるそれを見ると、掠れた字で【究鏖殺】と書かれている。

 その文字列を認識した瞬間、一気に血の気が引いた。


「まさか……冗談ですよね?」

「紛うことなく本物だ」


 当然だろう、と言わんばかりな教官の返事に、意識が遠退きそうになる。

 伝説に近い破壊の逸話を持つ猛毒――究鏖殺と書いて『みなごろし』。

 大鐘声だいしょうせい後の戦乱で消滅した七国の一つ、フォルーカ王国を滅ぼした原因。

 歴史の授業でも習った【ポズァーネの鏖殺おうさつ】と呼ばれる事件の主役だ。


 百五十年ほど前、フォルーカ国内で有力将軍による反乱が勃発。

 それに呼応したアーグラシア軍の電撃的な侵攻を受け、首都ポズァーネの防衛線は救援を待てずに突破された。

 包囲された王城が陥落寸前の状況にある中、親衛軍司令官は王と城内に逃げ込んだ臣民を守るべく、偶然に開発され秘匿ひとくされていたこの猛毒物質を使った――らしい。


 曖昧な話になってしまうのは、その場で何があったのかを証言できる人間が、誰一人として生き残らなかったからだ。

 どういう形で使用されたのか分からないが、城内にいた者と城を囲んでいた軍勢、双方合わせて万を超える人々が、一人残らず死に絶えたとされている。


 攻城の主力がフォルーカの反乱軍、後詰がアーグラシアの派遣軍という布陣だった為、被害の少なかったアーグラシア軍は空になった首都を制圧。

 王族と高級指揮官の大多数を失った正規軍は半月と持たずに瓦解がかい、フォルーカはアーグラシアに併合されて消滅した。


 これが、世に知られるフォルーカ滅亡の顛末てんまつだ。

 その契機となった物質は、それからも何件かの大量殺戮に使用され、究鏖殺みなごろしという不吉な名を与えられる。

 現在では少量が抗訝協会の管理下にあって、実物も製法も門外不出となっている――ハズだったのだが。


「どうして教官がこんなモノを?」

「持ち出しの認可は得ている」

「けど、究鏖殺みなごろしってのは……」


 手の中にある小さな缶が、やけに重たく感じられる。

 忌まわしい来歴が、そのまま質量として加わったかのようだ。


「心配はいらない。協会の研究機関が長年に渡る改良を加えて、安定した毒物になっている」

「いや、安定って言われても」

「使い勝手が良くなった、という話だ。威力は少々減じたが、揮発性を抑えて液体にしてあるから、使用者の安全性は大幅に高まっている」

「それよりも、何で俺なんかに」

「毒は普段から使い慣れているだろう」

「でも、アレはその……」


 麻痺毒や催眠毒は、なるべく相手を殺さずに戦闘不能にする目的で使っている。

 教官もそれは分かっているだろうに、何故――そんな風に考えを巡らせていたら、不意にロクでもない可能性へと辿り着いてしまった。


「もしかして、会議室で言ってた……ファズを警戒しろ、っていうアレですか」

「関係ない、とは言えんな」


 教官の表情にかげが差すが、俺の表情は多分もっと分厚く曇っているだろう。

 鈍色にびいろの缶をそのまま突き返そうとするが、かつて毎日のように目にしていた、ダメな教え子を生温かく眺めている時と似た教官の様子に、思わず動きが止まる。


「最後まで話を聞け、馬鹿者。持ち出し認可を得るには、確かにお前のレゾナ――ファズの不確定要素を理由にした。だがな、お前に究鏖殺みなごろしを託したい真意は別にある」

「真意、ですか」

「どんな時でも誰を敵にしていても、命を奪わずに済ませようとするお前の行動は、共感はしないが理解はできる。だがな、そういう甘さが命取りになる場合も多々ある」

「それは――」


 反論しようとするが、教官の右目の一睨みでそれは封じられる。

 今まで何度か対人戦闘を経験してきたが、自分の手で命を奪ったことはない。


「前にも言ったがな、担当教官としての贔屓目ひいきめを抜きにしても、お前の戦闘技能は中々のものだ。体格と筋力の不利を精度と練度と速度でおぎなっている。それでもだ、リム……お前の戦法は危うい。相手が圧倒的に強い場合は勿論、実力が拮抗きっこうしている場合も、殺意の有無は重大な意味を持つ」


 相応ふさわしい言葉をつづれず、俺は否定でも肯定でもない頷きだけを返す。


「己の認識がどうであれ、戦場での手加減とはすなわち『おごり』なのだ」


 驕りとあなどりは間隙かんげきを作り、焦りと怒りは失策を招く――教官から繰り返し聞かされた教訓だ。


「別にだな、常に交戦相手の息の根を止めろ、というのではない。ただ、いざという時に自らの手を汚す覚悟も持っておけ」

「……優秀な求綻者には、そういう心構えが必要ってことですか?」

「少し違うな。殺しを忌避きひしておきながら、自分の命への執着は余り感じられない、お前の心底が気になるのだ」


 教官からの指摘に、ハッとして息を呑む。

 望んで傷つこうとしたり、進んで命を捨てたりするつもりはない。

 だが、絶体絶命の危機に陥った時には簡単に諦めてしまいそうな、そんな自覚と予感は以前からあった。

 無意識の中に、『どうせ拾った命だから』的な気分が混ざっていたのか。


「今はまだ、深く考えなくてもいい。とりあえず生き延びろ。理由が必要だったら、そうだな……私がリムに死んで欲しくないから、でもいい。勝手に死んだら殺す」

「いやあの、ワケがわかりません」


 教官は半笑いで言うが、そこに本気の心配が混ざっているのは、いくら勘の鈍い俺にも理解できた。


究鏖殺みなごろしの扱いに関しては、渡した箱にメモが入ってるからそれを読んでおけ。使わないに越した事はないが、使わないと死ぬ時には躊躇ちゅうちょするなよ」


 話が終わった後、一礼して教官の部屋を辞する。

 重荷を背負わされた感は残っているが、それ以上に大切なモノを渡された感覚が、手の中にある缶をさっきよりも軽く思わせていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ