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鬼の行く涯て 竜の往く果て  作者: 長篠金泥
第1章 (リムとライザ 鐘後216年7月)
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003 流氓

 小動物ではない、二タン(百キロ)くらいの重量がありそうな生物の足音。

 道の先から何がやってくるのか、目を凝らしてその出現を待つ。

 

「おぉ? こんなとこで何をしとんのかね」


 暢気そうな大声が聞こえ、張り詰めた空気がぶち壊しになる。

 現れたのは簡素な服を身に着けた亜人デミ――豚人オークの男だった。

 六シャク(百八十)前後の身長と、ガッチリした固太りの肉体。

 豚や猪に似た耳と鼻、それと桃色がかった白い肌をした、典型的な容貌だ。

 亜人デミの年齢は概して判別しづらいが、壮年から中年のどこかだろう。


「この森を抜けて、ノーデンホッブに向かう最中だ」

「はぁ、無茶をするね。確かに近道かも知れんが」


 ライザの答えに、男は呆れた様子でヤレヤレとかぶりを振った。

 大丈夫そうだと判断した俺は、何気ない感じで木陰から出て男を観察する。

 武器らしきものは腰に下げた山刀のみで、大きなカゴを背負っている。

 不意に現れた俺に気付いても警戒するでもなく、「子供が二人で何をやってるんだ」とでも言いたげな気配を滲ませていた。

 豚人オークには人間嫌いが多いらしいが、この男は特にそういう態度でもなさそうだ。


「あなたは、この辺りに住んでいるのか」

「まぁ、そうなるかな。元々はガッツェーラの北……ここから見りゃ南の、イリネアってとこに住んでたんだがな。知ってるか、イリネア」

「ええ。二年前に王国軍と独立派の間で、本格的な戦闘があったとか」

「そうだ、そこがおれの故郷だった」


 ガッツェーラの政情不安は、レウスティと国境を接する北部に勢力を持つ、分離独立を主張する亜人デミの武装集団の存在が主な原因だ。

 大小合わせて二十とも三十とも言われる武装集団は、ガッツェーラ国内で長年差別的な扱いを受けてきた亜人デミの支持を受け、近年になって活動を活発化させている。

 

 イリネアで何があったのか、俺は断片的にしか知らない。

 だが、武装組織の拠点壊滅を目的にした軍の作戦で市街の七割が焼失し、大量の難民がレウスティに流入したことは知っている。

 この豚人オークもおそらく、その時にこの地へ流れてきたのだろう。


「ところで、あなたはここで何を?」

「おれはパトロールみたいなもんだ。最近は妙な新生物ヴィズがウロついてっから、それを見かけたら狩ったり街に知らせたりで対処する。あんたらも、こういうのに遭ったりしなかったか?」

 

 言いながら男は、カゴを降ろしてその中身を見せてくる。

 さっき見た昏絶鱆めまいだこが複数、ひと塊になってヌメっている。

 タコの出血は少なく、山刀で斬りつけられた傷も見当たらない。

 どうやら殴って始末したようだ――あの速さにキッチリ対応するとは、見かけの印象と違ってかなり運動能力が高いらしい。


「ああ、どうにか追い払った」

「そうか、運が良かったな。この昏絶鱆めまいだこ、ふざけた見た目だけど毒の霧を吐いてくる。見かけたら戦わず、なるべく逃げた方がいいぞ」

「ありがとう、そうするよ」


 控えめに答えた俺に、男は真剣にアドバイスをしてきた。

 既に知っていることでも、その心配りには素直に感謝を述べておく。

 タコを眺めていたライザは、男に質問を重ねる。


「この新生物ヴィズは、以前から街の近くに?」

「いやぁ、見るようになったんは、ここ数ヶ月だな。そもそも、棲息地せいそくちはもっと別の場所って話だ」

「他にはどんな新生物ヴィズが危ないかな」

「んー、飛礫蜥いんじとかげに【塞栓蝙くらみこうもり】、あとは【膨潤鼡ふくれねずみ】、くらいか。普通なら襲って来るこたぁ滅多にねえんだが」

 

 塞栓蝙くらみこうもりは、見た目は大型のコウモリで、運が悪いと噛まれた後で呼吸困難になったり気を失ったりするらしいが、洞窟とその周辺にしか現れない。

 膨潤鼡ふくれねずみは、集団で行動する掌サイズの毛玉のようなネズミで、通常時は無害だが同種の血を浴びると三シャク(九十センチ)ほどに巨大化し、群れを守るために外敵に応戦する。

 男の言った通り、どちらも普通ならば警戒の必要のない新生物ヴィズだが、やはり凶暴化しているのだろうか。


「ふむ……しかし、単独行動はさすがに危険ではないのか」

「おれを心配してくれんのか? 今日はあれだ、元々は三人で森を探索してたんだが、一人がタコにやられたんでな。もう一人をつけて治療に戻らせた」

「解毒剤は」

「手持ちのが効かなくてなぁ」


 言いながら男は、腰のベルトから粗末な小袋を外してこちらに示す。

 万能薬、という売り文句で雑貨屋などに置かれている安い丸薬だ。

 商品名は色々とあるが、薬効は殆ど一緒で基本的には軽い痛み止めの効果しかない。


「ノーデンホッブといえば薬の産地なのに、随分と酷いのを使ってるな」

「名産品なんてなぁ、逆に地元じゃ出回らんさ。それに、おれらみたいな立場は仕事を選べなくて、収入が不安定でよ。街に自由に出入りできりゃ、マトモな仕事もあるんだろうが」

「女性や子供は、どうしている」

「俺らと似たようなもんだ。幼すぎるのと年を食いすぎてるのは、畑仕事の手伝いや釣りでもってどうにかしのいどる」


 苦笑を浮かべて言う男に、ライザは渋い表情を返す。

 命の危機から逃げてきたのに、命懸けの仕事をしないと食っていけない。

 そんな仕事をせざるを得ないのに、十分な安全を確保することもできない。

 短い会話の中からも、難民の生活環境の厳しさが垣間見えた。


 その生活を強いているのはこの国であり、突き詰めればレウスティ王家だ。

 自国民を第一に考えるのは権力者の立場としては正しいのだろうし、難民を優遇するのも政策的には色々と問題があるのかも知れない。

 しかし、個人の感情はそんなに簡単に割り切れるものじゃない。

 テンションを急降下させたライザに代わり、俺が情報収集を引継いでおく。


「森で新生物ヴィズが暴れてる他に、何か事件は起きたりは」

「事件、なぁ……事件なんかな、あれは」

「事件じゃないにしても、何か変なトラブルが?」

「いや、川の堤防が突然何箇所かで崩れるとか、地下水が溢れて薬草園がだめになるとか、そういうのなんだが」

「最近になって続いてる感じかな」

「続いてる、って言やぁ続いてるのか? 新生物ヴィズがおかしくなったのと、時期的にも大体一緒だしな」


 まだ断定はできないが、タイミングとしては結構な怪しさだ。

 ライザの様子を確認すると、さっきまでの落ち込んだ気配は消えている。

 眼光が鋭くなっているのは、男の話を吟味しているからだろうか。

 しばらくして顔を上げたライザは、腰から革の小袋を外して男に渡した。


「ん? 何だね、こいつは?」

「毒消しだ。飲まなくても、口に含んでいるだけで効く。即死しないような毒なら、殆どそれで何とかなる。色々と聞かせてくれた礼だ」

「おぉ? 貴重なんじゃねえのか、そんな薬は」

「気にするな、まだ三つほど予備がある」

「ハハッ! そいつは豪気だな。おれとしては気前のいい金持ちは大歓迎だが、世の中には相手が金持ちってだけで頭に血が上る連中がいる。そこは気を付けな」

「心得ておこう」


 ライザも十分にわきまえているのだろうが、男の親切心を貴重なものだと思ったのか、さっきの俺と同じく素直に応じていた。

 豚人オークの男と別れ、しばらく進む内にあっさりと森が終わる。

 そういえば名前を訊くのを忘れてたな、と思ったところでノーデンホッブを囲む外壁らしいものが見えてきた。

 周囲の長閑のどかな風景との調和を乱す、高く無愛想な防壁だ。

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