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鬼の行く涯て 竜の往く果て  作者: 長篠金泥
第3章 (ライザ 鐘後215年11月)

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026 疑念

「棄てられたっつうけどな、形としては行方不明って事になってんだ、オレらは」

「……と、言うと?」

「どんな由来かは知らんがな、この辺りにゃ食うに困った家で年寄りを処分したい時の決まり文句がある。『ヤブダマ採ってきて』ってのがそれだ」


 ――それは、どういう意味なのか。

 軽く首を傾げてみると、ノーラはこちらの戸惑いを察してか補足してくる。


「ヤブダマってなぁ、白くって丸くってでっけぇキノコだ。どこにでも生えて、蹴っ飛ばすと白い粉がブワッて出る。食えるは食えるけど、すげぇ不味い。だから、こんなモンをワザワザ採りに行くアホはいねぇ」


 気にもしていなかったが、森や道端でたまに見るあれはヤブダマというのか。

 こちらが小さく頷くと、溜息を一つ挟んで話が続く。


「で、カゴを一つ渡されて年寄りは出て行く。カゴの中身は少しの食い物だったり、首を括るロープだったり……まぁ色々だ。ついでに連れてってくれと、どっかの家からガキを押し付けられるコトもある。で、誰かが消えた年寄りやガキを気にしても、ヤブダマを採りに行ったって聞かされりゃ何も言わねぇ」

「……足が悪かったり、病気で動けぬ場合はどうする?」

「そういう連中も、どうしてだかヤブダマを採りに行って、残念ながら帰ってこねぇのさ」


 つまり、問答無用で森や山に棄ててくるのか。

 大声を出したい衝動に駆られるが、向かいに立つディスターが視線で制してきた。

 私は呼吸と姿勢を軽く整え、感情を落ち着けてから質問を続ける。


「ここでは、そういう人々を保護してるのか」

「そんな大層なモンじゃないがな。要らんからどっか行けと追い出されても、どこにも行き場がなきゃどうにもならん」

「追放された方々は、その現実を受け容れているのですか?」


 唐突に会話へ参加してきたディスターに、少し驚いた様子を見せるノーラ。

 だが、すぐに気を取り直してディスターに向き直った。


「大体は……受け容れるってより諦めてんだろうな、きっと。ココや、他の似たような場所で暮らしてる連中もいるが、そうじゃねぇのはもっと多い」


 つまりは、死を選んだという事か。

 苦々しいノーラの顔が、私の想像の正しさを裏付けている。


「諦めなかった場合は、どうなります?」

「どうっておめぇ、そりゃあ……」


 ノーラがディスターへの答えを濁していると、ドアの下方が荒っぽく叩かれる。

 そして、返事を待たずに勢い良く開けられた。


「そんちょー! みんなかえってきたー!」

「おう、そうか。ご苦労さん」


 屋内に飛び込んできた子供は、それだけ告げると来た時と同じ勢いで出て行った。

 五歳か六歳くらいの埃に塗れた少女だ――ここで見かける子供に女の子が多いのは、将来の労働力を計算に入れた結果なのだろうか。


「森での仕事、というのは狩りか」

「それもあるが、芋掘りや薪拾いもあるし、色々だ……ったく、満足に働けねぇから棄てられたのに」


 冗談めかしてはいるが、実感のたっぷり含まれた愚痴をノーラは漏らす。

 確かに、文句の二つ三つ出てくるのも仕方ない、理不尽極まる状況だ。

 開いたままのドアから出て行く老女に続き、私とディスターも小屋の外へと出た。


「あ? 新生物ヴィズ? あー、だーいぶ前に【滑翔豺とびいぬ】見かけたくれぇだ」

「いやぁ、知らんのう」

「馬鹿でけえ不明新生物アンがいるかって? そんなんおったらこんなトコ住めねぇよ」

「見たことねぇ」

新生物ヴィズどころか、最近はシカもイノシシもおらん。時々ウサギは罠にかかるが」


 老人をメインに十人ほどに話を聞いてみたが、揃いも揃って似たような反応だった。

 誰も彼もが素っ気無く、手短かに否定の言葉を返すだけだ。


「こちらも同様です」


 手分けして聞き取りに向かったディスターも、大した収穫は得られなかったようだ。

 森へと続く道が延びる村の外れで、お互いに冴えない表情を見交わす。

 ただ、微妙なわだかまりも伝わってくるので、一応そこを確認しておく。


「どこか、気になる点でも?」

「話を聞いた全員に、早く問答を切り上げたがっていた印象がありました」

「ほう……」


 仕事に疲れた状態で、見知らぬ相手の質問に答えるのは確かに面倒だろう。

 だが、村を襲う危険性もある怪物に対し、全く興味を持たないのも妙な話だ。


「もしかすると、何事かを隠しているのかも知れません」

「先程のお前の問い――あれに答えがないままだったのも、腑に落ちんな」

「諦めなかった場合、ですか。絶望して死ぬのも絶望しながら生きるのも拒むのならば、残る道は一つでしょう」

「……戦いに希望を見出す、か」


 ディスターが無言で頷く。

 しかし、老人と幼児ばかりで一体どうしようというのか。

 戦う手段として怪物を手懐てなづけたにしても、それはどんな方法で。

 もし、怪物を操れたからこそ戦いを選んだとなると、この件は――


「どうだ、何か分かったかよ」


 不吉な予感に囚われる心を鎮めていると、背後からノーラの声がする。

 どうしよう、ぎこちない反応になりそうだ――

 そんな思いが浮かんだ瞬間、ディスターが代わりに答えていた。


「いえ、どなたも御存知ないそうで」

「だろうなぁ。ここらで新生物ヴィズ不明新生物アンを見たんなら、まずオレに一言あるだろうしよ」

「そうですね」

「ほんでおめぇら、こっからどうすんだ? もう日も暮れるし泊まってくか? 何もねぇけど寝場所なら貸してやるぞ」


 どうしますか――とディスターから伝わって来たので、肯定の思念を返す。


「では、お言葉に甘えて」

「そっか、じゃあ……あー、まぁ、ココでいいか。どこもボロ家だかんな」


 苦笑いしながら、ノーラは少し離れた場所にある小屋を指差す。

 言葉通りに中々のあばら家で、元より乱雑さが否めない造作の建物が、手入れもなく風雨に晒されて壊滅的な打撃を受けている。


「メシとか毛布は大丈夫か?」

「ご心配なく」

「そうか。じゃあ後は勝手にやってくれ。出てく時も挨拶はいらん」


 立ち去るノーラに軽く手を振り、姿が消えたところで屋内を覗いてみる。

 予想外に片付いている――が、世間一般ではこの状態を『何もない』と呼ぶ。


「野宿よりはマシ、か」

「はい」

「どの道、ここで夜を明かす事もないだろうし、どうでもいいな」

「やはり、付近を探索しますか」

新生物ヴィズ不明新生物アンもいない、とわざわざ念を押してくる理由は、親切心ではあるまい」

「姫様も、他者の心の機微にお詳しくなられて」

「求綻者などやっていると、否応なしに疑い深くなるからな」


 加速度的に性格が悪くなっているな、と今更ながらに痛感して自嘲気味に返す。

 ディスターは一瞬何か言いたげな表情を浮かべたが、それもすぐに消えた。

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