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鬼の行く涯て 竜の往く果て  作者: 長篠金泥
第2章 (リム 鐘後217年5月)

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020 対話

 俺とファズは、ふもとへと続く道を黙々と歩いている。

 だが、実際には言葉にせずに念話で様々なことを話し合っていた。

 話し合うというか、俺が一方的に質問している形なのだが。

 ファズの知識や常識がどの程度なのかを確認しておかないと、遠からずとんでもないトラブルが起こりそうなので、これは避けては通れない作業――だと思う。


 言葉は普通に通じるんだよな?

『問題ない』


 この世界での共通語は、ヒノ語――ヒノモト語と呼ばれる言語だ。

 それにエルディオン語、略してエル語と呼ばれている、失われた言語で使われていた単語が混ざる。

 長さや距離や重さなどの各種単位も、過去にヒノモトで使われていたものがベースらしい。

 らしい、と中途半端な物言いなのは、数百年以上も昔にヒノモトが滅んでいるからだ。

 そしてエルディオンもまた、百年以上も前に国が消滅している。


 鬼人の間では、ヒノモトについて何か伝承が残ってたりするのか。

『特に何も。大陸の東にあって今は混沌に呑まれてる、としか』


 ヒノモトに関しては、情報が驚くほどに少ない。

 大陸東部の果て、大型船でも越えるのが困難な荒れた海を渡った先にあると言われているが、実際に辿り着いた人間に俺は会ったことがない。

 百年近く前、大陸の東端に辿り着いた求綻者が書き残した手記にある、『ヒノモトの方角は虹色のもやに包まれていた』との記述が、現在知られている最新の情報だ。

 

 そうか……他の国については、っていうか国って何だか分かってる?

『馬鹿にするな。大陸にはいくつもの国があって、それぞれに王がいる』

 王だけじゃなくて、皇帝や統領がトップの国もあるけどな。

『……とにかく、ここはレウスティ王国』


 正しくは、レウスティ王国がバレガタン公国を併合して成立した、レウスティ連合王国だ。

 レウスティと南で国境を接しているのは、亜人デミによる分離独立運動がくすぶって政情不安なガッツェーラ王国。

 東に位置するのは、独自の神権政治を行っている聖ソニア教団領。

 そして北方には、先王の急逝と連年の凶作によって混乱気味なアーグラシア王国がある。


 そのアーグラシアの北には大国ヴァルク帝国が、東方には二十年ほど前に革命によって王権を打倒したルセニ共和国がある。

 ルセニの更に東、不毛地帯を超えた旧セリューカ領域にもいくつかの国があるそうだが、大陸東域に関する情報が少なくて詳細は不明だ。

 そういった知識をつらつらと頭に思い浮かべてみる。

 対するファズは「知ってた」と言いたげな表情で頷いているが、本当はどうなのか怪しい。


『一通りの常識は、理解してる』


 そんなファズの主張に、盗賊団を文字通り撲滅――撲殺して壊滅させた非常識な光景が脳裏を過ぎるが、深追いはせずに流しておく。

 鬼人は他種族との交流もないだろうし、文化や金についての知識はどうなんだろう。


『文化、というのは知らないが、カネなら分かる。銅貨が百枚で銀貨が一枚、銀貨が十枚で金貨が一枚』


 大陸通貨ならば、その計算で正しい。

 ただ、国によっては自国で発行した通貨を同時に流通させていたり、自国通貨以外の使用を認めなかったりするので、少々事情がややこしい。

 レウスティの都市部での一人暮らしなら、月に銀貨五枚でどうにかなる。

 だが、ゆとりのある生活がしたいならば、もう二枚か三枚は欲しいところだ。

 

 山道の傾斜がだいぶ緩くなってきた。

 登ってきた時の距離感からすると、麓はもう近いだろう。

 日も落ちているから、夜が更ける前に山を降りたい。


「そういえば、ファズ」

『何』


 しばらくぶりに声を出してみたが、ファズは相変わらず淡々と応じてくる。

 右斜め前を進みながら、振り返りもしなければ歩を緩めもしない。


「俺は求綻者になるのを目指していて、そのレゾナを求めてここに来て、それでファズと出会ったんだが……そういう事情ってのは伝わってる?」

『よく分からない。だが、リムと一緒にいれば良いのだろう?』


 とりあえず、最低限の共通認識は存在しているようだ。

 裏を返せば、最低限しかわかってもらえてない、とも言えるのだが。

 予言された世界の破滅を避けるため、その原因となる綻びを探し求める者――それが、求綻者だ。


『綻び、とは具体的に何』

「判明してない。だから、その可能性がありそうな怪現象や怪事件について調べるのが、求綻者の主な任務になってる」

『あるかどうかもわからないの』

「あることはある……はず、なんだが……」


 根拠となっている出来事はあるが、それは百年以上も前の出来事だ。

 そんなもの、直接に体験した奴が何人生き残っているというのか。

 もしかして検訝けんげんなど、何の意味もない行動なのでは――

 不安に駆られて色々と考えている内に、アイデンティティが怪しくなってきた。

 求綻者の細かい説明については、養成所に戻ってから誰かに頼もう。


『検訝、というのは』

「ああ、さっき言った怪現象や怪事件の総称がげんで、求綻者によるその調査が検訝。訝に関する情報や褒賞を出すのが抗訝協会こうげんきょうかい


 求綻者を統括する組織である抗訝協会は、大陸の各国から資金を集めて運営されている。

 協会は養成所で求綻者となるべき人材を育て、その検訝の旅をサポートする組織だ。

 訝に関する情報を集め、各地の連絡所で求綻者にそれを提供してくれる。

 そして【解訝かいげん】――訝の正体を解明すれば報酬が支払われ、活動費も毎月支給される。


『つまり、求綻者というのになれば、食うには困らないのだな』

「ちょっと違ってるような気がするが……とりあえずそんな感じだ」


 苦笑いで返しながらも、いつも腹を空かせていた幼少期を思い出す。

 食うに困らない、という環境を維持することは何よりも大事だ。

 かつて大陸東域を支配していたセリューカ帝国が滅んだのも、凶作と蝗害こうがいによって発生した大飢饉だいききんに対し、政府が何ら有効策を打てなかった結果の暴動が原因だと教わった。

 現在でも、冷害が続いているアーグラシアからは不穏な噂が流れてくる。


 人は食うためだけに生きてるんじゃない、と言うスタンスはカッコいいかも知れない。

 しかし、どう足掻あがいても食わなきゃ人は生きられない。


『ではやはり、獲物を盗む奴は殺すしかない』

「んー……確かにそうなる、かもな」


 流れ的に、さっき否定した主張に同意せざるを得なくなってしまう。

 俺の答えを聞いたファズは、満足気に大きく頷いた。

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