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鬼の行く涯て 竜の往く果て  作者: 長篠金泥
第1章 (リムとライザ 鐘後216年7月)
2/82

002 事訳

「何だこりゃ」

「どこかの晩餐会ばんさんかいでこういうのを見た……ような」


 ライザに向かって降ってきた何かは、近くの木の根元に転がっている。

 俺が投げたナイフは二本とも、赤茶けたレンガのような色をした生き物に刺さっていた。

 丸く大きな頭らしき部位の下に、七本か八本の触手が生えている気味の悪い姿だ。


「これは【昏絶鱆めまいだこ】ですね」

「タコって、海で獲れるやつか」

「見た目が似ているだけで、こちらは新生物ヴィズですね。泳ぎませんが、木々の間を跳び回ります。海のタコは逃げるために黒い汁を吐くのですが、この昏絶鱆めまいだこは獲物を捕らえるために、吸うと動きが鈍くなる黒い霧を吐きます。触手の中に一本だけ、毒性のある爪が生えてるものがあるので、それに触れないよう気をつけて下さい」

「こいつは、ヒトを襲うのか」

「そういう話は聞きません。基本的には小動物が主食ですね」


 ディスターとライザの会話を聞きつつ、俺はタコを調べてみる。

 木の間を跳んで移動する習性だからか、見た目よりもかなり軽い。

 頭からナイフを引き抜くと、傷口から体液が溢れて軽くしぼむ。

 その血は青っぽいが、所々に黒いダマみたいなものが混ざっている。

 これが毒霧の素なのだろうか。


「これも、異常行動とやらの一環かな」

「だろうな。こうも立て続けにイレギュラーな新生物ヴィズに遭遇するのは、さすがにおかしい」


 俺が問うと、ライザは同意を返してくる。

 この一帯で異常が起きている、というのはどうやら確実なようだ。

 短い相談の後、俺とライザはこの先にあるノーデンホッブの街で情報を集め、ディスターは周辺をもう少し探索してから街で合流する、ということに決まった。


「では姫様、御無事で」

「ああ……お前は心配ないだろうが、何かあれば早めに街に向かうようにしてくれ」


 ディスターは俺にも目礼を送ってきたので、軽く頭を下げて応じる。

 こういう曖昧な仕草は、東方から伝わって来たとされるが、その起源はハッキリしていない。

 ディスターが森の奥へと消えるのを見送りつつ、俺とライザは獣道を進む。


 今回の旅の出発点はレウスティ連合王国の首都リュタシアで、目指すノーデンホッブはレウスティの南西に位置するガッツェーラ王国との国境に近い小さな街だ。

 首都から延びる街道の一本はノーデンホッブまで通じていて、昨日までは馬車での移動だった。

 しかし今朝からは、調査と近道を兼ねて森の中を突っ切っている。


 ちなみに、ディスターがライザを姫様と呼ぶのは、渾名ではなく単なる事実だ。

 ライザ――エリザベート・ド・レウスティは、ここレウスティ連合王国の第二王女で、王位継承権第五位の歴とした王族だ。

 何故にそんな立場の人間が求綻者に、と以前本人に訊いたことがあるが、どうやら国としての思惑やら何やらの事情が絡んでいるらしく、適当に誤魔化されてしまった。


 ライザは、伸び放題の枝葉を短刀で払いながら先導してくれている。

 男としては情けない気もするが、余計なことをして迷惑をかけるのも気まずい。

 そんなわけで俺は周囲への警戒を怠らないようにしつつ、肩の辺りで揃えられたライザのくすんだ金髪が揺れるのを眺めて歩く。


「随分と野放しの森だ。新生物ヴィズを警戒してヒトが入らないのかな」

「それもあるだろうが、普通の動物は少なそうだし、材木にも薪にも適さない木ばかり。これなら何をするにしても他の森に行くだろう」


 言われてみれば確かにその通りで、ここは森としてかなり貧しい。

 鳥の声や動物の声もまばらにしか耳にしないし、夏場のレウスティ南部地域では風物詩となっている、セミの鳴き声もやけに大人しい気がする。

 そんなことをボンヤリと考えながら、思い浮かんだ言葉を口にしてみる。


「生き物が唐突に凶暴化するのは、いかにも世界の綻びって感じだ」

「発生してるのが田舎なのも、怪しいといえば怪しいな」

「住民の飼っている犬や馬には特に変化がないんだっけか」

「そうらしい。知れば知るほど、どうにも掴み所のない話だ」

「意味不明だからこそ、訝に認定されたんだろうけど……」


 それを調査する検訝は、基本的には求綻者とレゾナだけで行うものだ。

 場合によっては複数の求綻者が協力したり、軍や傭兵のサポートを受けたりすることもあるらしいが、そういう状況は稀にしかない。

 では何故に俺がこの検訝に参加しているのかと言えば、現在の自分の微妙極まりない立場が関係してくる。


 俺はライザと同じリュタシアの求綻者養成所、通称【センター】で訓練を受けていた。

 訓練期間は多少の個人差はあるがおよそ三年で、俺もそのくらいで修了を認められた。

 その後は、共鳴を起こしてレゾナとなるべき相手を見つけ、いくつかの儀式を経て求綻者に正式任命される、というコースが待っている。


 どういう仕組みなのか、レゾナとは不思議な出会い方をするらしく、街の中ですれ違いざまに亜人デミと共鳴を起こしたり、普通ならばそんな場所にいない新生物ヴィズに遭遇して共鳴が起きた、というような話も聞いたことがある。


 そんなこんなで、レゾナは訓練修了から二月もすれば大抵見つかる。

 これまでに自分が見知っている範囲だと、最も時間がかかったケースで三月と二週(百十日)くらいだろうか。

 なのに俺は、修了から一年以上も経つのに、未だに共鳴を起こせずにいる。

 別にその間を自室に引きこもり続けていたのでも、地下牢にブチ込まれていたのでもない。

 むしろ積極的に各地でレゾナを探しているのに、一向に共鳴が起こらないのだ。


 リュタシア近辺でレゾナが見つからないので、思い切って遠出をしてみようか、と考えていたところで養成所に久々に顔を出したライザと再会し、ノーデンホッブまで検訝に行くと聞いて参加させてもらった、というのがザックリとした流れだ。

 養成所にも落ちこぼれぶりを心配されているのか、参加に関しては簡単に許可が下りたし旅費も支給された。

 どうにかして、今回の旅でレゾナを見つけられるといいんだが――


「どこか調子悪いのか」

「……いや、ちょっと考え事」

「もうすぐ森から出るだろうが、油断するなよ」

 

 無口になっている俺が気になったのか、ライザがそんな言葉をかけてくる。

 方向を間違っていなければ、森を抜ければノーデンホッブはもう目と鼻の先だ。

 そういえば、政情の不安定なガッツェーラから大勢の難民が流れてきているとの噂も耳にしているが、治安はどうなっているのだろう。

 

「あのさぁ――」


 話しかけようとすると、立ち止まったライザが振り向かずに手で制してくる。

 近くに何かいるのか――しかし、俺にはそれらしき気配は感じ取れない。

 息を詰めて周囲を窺って十数秒、一定のペースで草が深い中を移動する音を捉えた。


 ライザの手振りに従い、俺は木陰へと身を隠して気配を殺す。

 得意武器の投げナイフの効力を高めるため、隠密行動に関しても訓練を重ねている。

 待つこと三十秒弱、草叢を移動する音が獣道を進む足音へと変わった。

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