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鬼の行く涯て 竜の往く果て  作者: 長篠金泥
第2章 (リム 鐘後217年5月)
19/82

017 圧倒

 唐突な大音量の発生源は、半円形の左端にいた三十手前くらいの長髪の男だった。

 叫び声を上げた男は、近くの岩に立て掛けてある槍のような武器を掴む。

 確か、パルチザンと呼ばれているものだ。


「おおおっ、おおおおおおおおおっ!」


 もう一度吼えると刺突の構えをとり、地面を蹴ってファズに突進する。

 そんな動きに呼応して、他の連中もそれぞれの得物を手にし始めた。


 両刃剣、サーベル、戦斧、山刀、戦鎚、その他諸々。

 統一性の見当たらない装備だが、各人の得意とする武器なのだろう。

 いくら鬼人とは言え、荒事に慣れた連中が十人相手ではどうなることか――

 ファズに加勢しようと、俺はベルトに吊るした投げナイフを抜き出した。


『問題ない』


 直後にそんな言葉が届き、俺はナイフのグリップを握った状態で動きを止めた。

 どう考えても大問題が進行中なのに、どうしてそんな余裕の発言が。

 戸惑う俺の視界の先で、状況は慌しく動き始める。


「どぅぶぁっ!」


 濁った気合と共に、パルチザンの穂先がファズに迫る。

 半秒後には首を刎ね飛ばされる、そんなタイミングでファズの右手が反応した。

 薄暗がりの中、焚き火を照り返してオレンジ色に染まった杖がはしる。

 鈍い金属音が響き、パルチザンが叩き折られた。

 木製の柄ではなく、鋼鉄製の刃が。


「なっ――」

『遅い』


 信じ難い光景に苦情を述べようとしたパルチザンの持ち主は、ファズの二撃目で強制的に沈黙させられた。

 側頭部を殴られて首が妙な方向に曲がっているので、きっと今後も永遠に黙ったままだろう。

 続いて、大型の戦斧を担いで駆け寄ってきた額に傷のある男の腹に、杖のヘッドが真っ直ぐ突き入れられる。


「おぶっ」


 呻き声を上げて倒れかけた男の顔面を、ファズは軽やかな蜻蛉返とんぼがえりをしながら右のかかとで蹴り上げた。

 歯の欠片と血煙を吐き散らし、斧男は仰向けに崩れる。

 後頭部を強かに打ち付けた音の直後、半端な硬さの何かが砕ける音が続く。

 ファズの振り下ろした杖を額で受け止めた斧男は、新たに刻まれた致命傷から頭蓋の内容物を弾け飛ばしていた。


 これが鬼人なのか。

 話に聞いてはいたが、このデタラメな強さは何事だ。

 これなら確かに、問題ないと言いたくもなる。

 俺が盗賊団の一員だったら、全速力でこの場から逃げ出すのは間違いない。


 しかしながら、男達にその選択肢はないらしい。

 いや、一番若そうな奴はファズの非常識な強さに腰が抜けているのか、広刃の短剣を傍らに放り出してへたり込んでいる。

 残る連中は一騎打ちでは敵わないのを悟ったか、輪になってファズとの間合いを詰めようとしていた。


 ナールは言葉を発さず、身振り手振りで部下に指示を与えている。 

 それに反応する部下達の動きは機敏だ。

 ファズを囲む輪はジワジワと狭まり、ナールの口の端は余裕の笑みで歪む。

 こいつらは想像以上に訓練の行き届いた、統率の取れている集団らしい。

 ファズの戦闘能力が尋常の遥か上を行くにしても、この人数に同時に襲って来られては流石に――


『大丈夫。そこで見てて』


 参戦しようと再び投げナイフのグリップを掴むと、また間髪を入れずにファズの声が響く。

 そして――鬼が跳んだ。

 

 髪をなびかせながら、影がフワリと宙を舞う。

 比喩表現などではなく、文字通りに。

 自分の身長の三倍半ほどの高さまで跳躍したファズは、攻囲の輪の外側へと静かに着地した。

 背後を取られた薄手のコートを羽織った男は、素早く身を翻してサーベルで薙ぎ払う。

 瞬時に気配を捉えたまでは見事だが、そこにはもうファズ本人はいない。


 無人の空間を裂いたサーベルは、地面に突き立った杖に弾かれて刃を毀つ。

 そして杖を支点に空中へと身を躍らせたファズは、男の顔面に右膝を衝突させて、その容貌の凹凸おうとつを一つの陥没へとまとめ上げた。

 戦鎚を握った坊主頭の肥満体は、すぐ隣にいたのにファズの敏捷性びんしょうせいに対応できず、棒立ちで仲間が絶命する瞬間を眺めている。


 顔面を潰された仲間が取り落としたサーベルが足元に突き刺さり、それで我に返ったらしい坊主頭は、五キン(二十五キロ)はありそうな鉄塊を振りかぶる。

 対するファズは、こめかみに青筋を浮かせた男の方を見もせずに、その攻撃が届く範囲内に無造作に佇んでいた。


「あぶ――」


 ない避けろ、と思わず叫びかけて、その声を呑む。

 渾身の力で振り下ろされた、猛スピードの一撃だった。

 しかしそれはファズの首ではなく、攻撃を繰り出した当人であるデブ坊主の左脛をヘシ折っていた。

 巨漢の前にいたはずのファズは、いつの間にかその左斜め後ろに回り込んでいる。

 支えを失い、巨体が崩れ落ちる。


「――げぁあああああああああああふぁ!」


 数拍の間を置いてから、濁った絶叫が上がる。

 目で追いきれなかったので自信はないが、戦鎚が下降を始めると同時に坊主の方へ突進したファズは、擦れ違うのと同時にヒジに一発入れたようだ。

 戦鎚を放り出した丸坊主の右ヒジ関節は、本来の可動範囲を大幅に超えて捻れている。

 耳障りに響いていた表音困難な喚き声は、髪のない後頭部に向けた杖のフルスイングで停止された。


 既に四人、いや五人が戦闘不能だというのに、ナール達に怯んだ様子はない。

 蛮勇なのか狂奔きょうほんなのか、それともここから逆転する成算があるというのか。

 スケイルメイルを着た男がファズの正面に立ち、見慣れぬ構えで長剣の切先を向けた。

 ファズの背後には、山刀を提げた細身の男が回り込んでいる。

 右側には手槍を振り回すアバタ面の男がいて、左側ではナールが不思議なシルエットの短刀を握っている。


 普通ならば絶体絶命だが、ファズならば――いや待て、何かがオカシいぞ。

 その俺の警戒心が伝わったのか、自分で異変を察知したのか、ファズがサッと身を屈める。

 半瞬後、金属製の短矢が飛来し、青髪が十数本散ったのが見えた。

 慎重に距離をとって隙を窺っていた男達は、ファズが体勢を崩したと見ると、四方から一斉に攻撃に転じた。


 最も速かったのは手槍の男だ。

 中腰に近い低めの姿勢から、掬い上げるようにして穂先を繰り出す。

 だがファズはそれを軽々といなし、必殺の刺突を回避され愕然とするアバタ面の後頭部に乗っかると、そこを足場に跳躍して再び包囲網から脱出する。


「あん――だとっ?」


 状況を把握できていない、うろたえた声が汚い踏み台から発せられる。

 着地した所を再び短矢が襲うが、ファズは杖を一振りして弾き返した。

 所々で違和感があったのは、敵の人数が足りなかったからか。

 隠れている射手の武器は、直線的な軌道からしてクロスボウだろう。

 大した腕ではないようなので、ファズなら致命傷を受ける心配はないだろうが、毒を使われていたらカスリ傷でも厄介だ。


 日は暮れかけて辺りはかなり暗くなり、焚き火の明かりだけでは視界の確保が難しい。

 俺は目を凝らし、矢が飛んできた方向を睨む。

 木の上か――葉の繁った大ぶりの枝が邪魔して、居場所を特定できない。

 仕方ない、行くか。


『動かないで』

 いやだね。

『危ないから』


 ファズから届く制止の声を無視して、俺は七シャク(約二メートル)の段差を飛び下りた。

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